LANの代名詞ともいえる通信規格「イーサネット」。企業のLANだけでなく家庭でも,ADSLやFTTHなどのブロードバンド・サービスを利用するときにパソコンと接続するインタフェースとして欠かせない存在になっている。このイーサネットに今,大きな変化の波が押し寄せているのをご存知だろうか。イーサネットの「ココロ」ともいえるCSMA/CD(carrier sense multiple access with collision detection)が消えようとしているのである。

 CSMA/CDというのは,イーサネットが登場したときから受け継がれてきた通信の制御方式。「LANセグメント上でほかの端末がデータ送信をしていなければ自分がデータを送信できる。もし,ほかの端末と送信がかち合ったら送信を直ちに止め,しばらく待ってから送り直す」というものである。一つの伝送媒体(1本のケーブル)を複数の端末で共用する初期のLANでは不可欠な技術である。

 米ゼロックスがイーサネット技術を開発したのが1973年。このイーサネット技術をベースに,米国電子電気技術者協会(IEEE)の802.3ワーキング・グループが10BASE5や10BASE2といったLAN規格を標準化した。このIEEE802.3ワーキング・グループの規格書には,「イーサネット仕様」ではなく「CSMA/CDを使ったアクセスの方法と物理的仕様」と書かれている。つまり,IEEE802.3はもともと,CSMA/CDを使うLANの規格を決めるためのワーキング・グループ。言い換えれば,CSMA/CDはまさに「イーサネット」と同義だったのである。

 しかし,LANスイッチを使って全2重で通信できる10BASE-Tが登場し,LANスイッチで100Mイーサネットを使うのが当たり前になったことで,CSMA/CDの重要性は失われつつある。この流れを加速するのが,低価格なギガビット・イーサネット製品の台頭である。

 より対線を使うギガビット・イーサネット規格「1000BASE-T」もCSMA/CDをサポートしている。IEEE802.3で標準化したのだから,当然と言えば当然である。ただし,100Mイーサネットと同じ100mのケーブルを使えるようにするために,かなりの無理をした規格になったのも事実。速度が10倍になることで,データの衝突(コリジョン)を検出するのが難しくなったのである。1000BASE-Tでは,512バイトに満たない短いフレームを送る際に,うしろにまったく意味のない「ごみデータ」(キャリア・エクステンション)を加え,伝送時間を稼ぐことで,なんとかCSMA/CDをサポートした。

 ただし,「規格がある」ことと「使える」ことは別の話。実際に店頭で1000BASE-T用のリピータ・ハブを見かけることはない。つまり,苦労してCSMA/CDを規格化しても,まったく無駄になっているわけである。1000BASE-Tを使うにはLANスイッチを買って全2重通信するしか選択はない。さらに,標準化作業中の「10ギガビット・イーサネット」(IEEE P802.3ae)では,ついに規格上からCSMA/CDが完全に消え去る。IEEE802.3は結局,CSMA/CDを捨てて,さらなる高速化を目指すという進化の道を選んだわけだ。

 これまで「CSMA/CD」がイーサネットの共通技術だった。規格書からその言葉が消えるとなると,イーサネットの「定義」とはいったい何になるのか。それは,最初の10Mイーサネットから最新の10ギガビット・イーサネットまで唯一変わっていないもの--『最小64バイト,最大1518バイトのMACフレームを使う』ということ。現時点ではこれこそがイーサネットの正体といえるのである。

斉藤 栄太郎