オフィスのルーターがレイヤー3スイッチに置き換わるケースが増えている。レイヤー3スイッチの特徴は,IPパケットの中継処理をソフトウエアからハードウエアに変えて,中継処理能力を高めたことにある。「いっそのことTCP/IPをまるごとハードウエア化すればよいのでは?」--。こう考える人がいるかもしれない。実は,そうしたチップはすでにある。

 TCP/IPをまるごとハードウエア化したチップ,いわば「TCP/IPチップ」を企画したのは,米国のアイレディ社(iReady Corp.)というベンチャー企業。同社は,ソフトウエアをハードウエア化する独自のノウハウを駆使し,TCP/IPチップ「インターネット・チューナー」を開発中。この6月には,TCP/IPソフト処理をLSIの回路にする設計方法の米国特許を取得したと発表した。

 チップのしくみはどうなっているのだろうか。まず,PPP,IP,TCP,UDPを処理する回路を備える。下位層プロトコルとしては,イーサネット,ISDN,モデムの処理回路を選べる。上位層プロトコルとしてはSMTP,POP3,IMAP4,HTTPの処理回路を持つ。つまり,Webや電子メールの機能もハードウエア化しているのだ。このほか,JPEGデコーダ,GIFデコーダ,JAVAバイト・コード・インタプリタの回路もある。

 このTCP/IPチップを使えば,例えば約3.3×3.8cmという小さなサイズのWebサーバーが作れてしまう。アイレディのWebページには,この小さなWebサーバーの実例が(しかも日本語で!)示してある。TCP/IPチップのほかに,8ビット・マイコン,水晶発振器,ダイオード,抵抗といった安価な部品を20個程度組み合わせたものである。

 ハードウエア化と言うものの,この会社は自分ではハードウエアを作らない。LSIを設計をして,その設計データを使うためのライセンスを提供するのだ。設計データは,LSIの設計のための標準言語で記述されている。このため,前述のプロトコル処理回路は,必要なものだけ選んでLSIに実装できる。日本では今のところ,セイコーインスツルメンツ(SII)と東芝がライセンスを取得している。

 TCP/IPチップによって,どのような変化が起こるのだろうか。考えられるのは,(1)パソコン以外の機器のTCP/IP化が進む,(2)携帯情報端末の高速通信への対応が容易になる,(3)通信機器の低価格化を促進する--の三つである。

 まず(1)について。SIIによれば,TCP/IPチップは産業機器向けには少しずつ使われ始めている。例えば,従来からあるセンサーにこのチップを組み込むだけで,インターネットを利用した監視システムが簡単に構築できる。将来は冷蔵庫などの「白物家電」を含めた,ディジタル情報家電もターゲットになる。こうした製品には,高価な汎用プロセッサは搭載しにくいからだ。

 (2)はどうだろうか。現在のPDAに使われているマイクロプロセッサの処理速度はかなり速いので,TCP/IPをソフトウエア処理する余裕は十分にある。ただし,それはデータ転送速度が遅い場合の話。次世代携帯電話の規格「IMT-2000」がスタートすれば,データ通信速度は384k~2Mビット/秒へと一気に高速化する。こうした状況になると,「ハードウエアによってTCP/IPを処理して,プロセッサの負担を軽くすることが必要になるのではないか」(SII)という見方がある。

 (3)についてSIIは,「全体のシステムで考えた場合は絶対に安くなる」という。「高価なプロセッサは使わずに済むし,TCP/IPソフトを開発する必要もない」(SII)。

 SIIはすでに,1999年6月からサンプル品を出荷し始めている。今では量産も可能である。同社が実際に製品化したチップは,POP3やHTTPなどの上位のプロトコル層のための回路は設けず,PPP,IP,TCP,UDPまでの回路を内蔵する。同社は,イーサネットをハードウエア化してLANにも簡単に使えるようにした製品も企画している。

 もう一つのライセンス先である東芝は,上位のプロトコルであるSMTP,POP3,MIME,HTTPまでをハードウエア化した製品を開発している。「具体的な企業名は公表できないが,大口顧客を獲得できたので,今年に入って量産を開始した」(東芝)という。

高橋 健太郎=日経NETWORK)
関連リンク

このベンチャーがTCP/IPのハードウエア化を実現した。日本語ページもある
TCP/IPチップの仕様