乗車券の「Suica」や電子マネーの「Edy」を携帯電話に内蔵する――。NTTドコモとソニーは,携帯電話への非接触型ICカード機能の搭載に向けて動き始めた。一方,電子マネーのサービス事業者各社も,携帯への対応を進める。携帯電話を使えば,いつでもどこでも入金や残高確認が可能になり,電子マネーが理想の形に近付く。本格普及への突破口になりそうだ。

(河井 保博)

写真1●NTTドコモはICカード内蔵の携帯電話を使ったサービスを予定
携帯電話に内蔵したICカードには,乗車券や電子マネーを載せられる。写真は,試作機「SO505iC」で駅の自動改札を通っている様子。ICカードは,ソニーの「FeliCa」がベース。2004年1月にドコモとソニーが合弁で設立する「フェリカネットワークス」がチップを開発する。
写真2●JR東日本(東日本旅客鉄道)の「Suica電子マネー」もFeliCaを使う
プリペイド型の乗車券カード「Suica」は電子マネーとしても利用できるようになる。写真はSuica電子マネーを使って商品を購入するデモ。SuicaはFeliCaをベースにしているため,ドコモのICカード内蔵の携帯電話にも搭載しやすい。
図1●携帯電話に搭載すると電子マネーの利便性は大きく向上する
携帯電話だけあれば,実店舗,ECサイトのどちらでも決済できる。また,電子マネーの課題の一つである入金や残高の確認が,いつでもどこでも可能になる。
表1●携帯電話と電子マネーの最近の主な動き
図2●異なる電子マネー間の“両替”が普及のカギを握る
図はBitCashをEdyに変換して支払う様子。技術的にはすでに実現可能だが,現状では,こうしたサービスは提供されていない。
 NTTドコモとソニーは,合弁会社「フェリカネットワークス」を2004年1月に設立する。ソニーの非接触型ICカード技術「FeliCa」を携帯電話に搭載し,電子マネーや電子チケットなどのサービスを展開するためだ。

 フェリカネットワークスは,携帯電話に実装するためのチップや,専用のリーダー/ライターを開発する。ドコモは,FeliCaを搭載した携帯電話の試作機「SO504iC」(ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ製)と「N504iC」(NEC製)を合計6000台用い,12月に試行サービスを開始。2004年夏にも,製品に実装し,商用サービスを始める計画である。

実店舗やECサイトで財布代わりに

 FeliCaは,JR東日本のプリペイド・カード型乗車券「Suicaイオカード」や,コンビニエンスストアのam/pmなどで使える電子マネー「Edy」の基盤。ドコモの試行サービスは,具体的な参加企業やサービス内容は決まっていないものの,同じFeliCaを基盤とするSuicaやEdyなら,すぐにでもICカード搭載携帯電話で利用できるようになるはずだ(写真1[拡大表示])。

 そうなれば,実店舗ではレジのICカード・リーダーに携帯電話をかざすことで,携帯向けECサイトでは電子マネー・アプリを操作することで決済できる。Suica搭載携帯電話なら,駅の改札を通れるだけでなく,JR東日本が11月16日に駅構内の売店を中心に実証実験を始めた「Suica電子マネー」も使えることになる(写真2[拡大表示])。

 非接触型ICカード機能の搭載は,ドコモにとっては「赤外線通信や2次元コード読み取りと同様に,外部インタフェース強化の一環」(iモード企画部ECサービス担当部長の沢井 孝一郎氏)。携帯電話の用途を広げる狙いがある。一方,FeliCaの普及を狙うソニーには,4000万以上のユーザーを抱えるドコモは強力な援軍となる。

専用の入金端末やリーダーは不要

 携帯電話にICカードを搭載することで,電子マネーは“理想”の形に近付く。「特定の場所でしか入金できない」「残高を確認できない」「専用リーダーが必要」といった課題を,携帯の力を借りて解消できるからだ。

 例えば入金方法。現状のSuicaやEdyでは,専用の入金端末を利用する。設置場所は広がりつつあるものの,Edyではコンビニエンスストアのam/pmなど,Suica電子マネーではJR駅の券売機などと限られる。

 EdyはECサイトでの決済,インターネット経由での入金や残高確認も可能だが,これはパソコンからだけ。しかも,パソコンにつなぐ専用リーダーが不可欠。価格は3000円程度だ。

 携帯電話にICカードが搭載されれば,入金端末の束縛から解放される。携帯電話網経由のインターネット接続とICカード固有の微弱無線による近距離通信を使い分けることで,ECサイトでも実店舗でも決済に使える。ICカード・リーダーのような付加装置がなくても,携帯電話から電子マネーを利用できるわけだ(図1[拡大表示])。

 JR東日本の鉄道事業本部Suicaビジネスグループリーダーである鈴木 秀範氏は,「通信機能と表示画面を備えた携帯電話は,Suicaにはピッタリ。すでに2000年から搭載する構想を練っていた」と,期待をかける。

スクラッチ・カード型の対応も進展

 一方,非接触ICカード型以外の電子マネーでも携帯電話への対応が進んでいる(表1[拡大表示])。例えばスクラッチ・カード型の電子マネー「BitCash」を提供するビットキャッシュは9月,以前から対応していたNTTドコモのiモード端末に加え,KDDIやボーダフォンの携帯電話からも利用できるようにした。「セキュリティを確保できるSSL対応機種が増えるにつれ,ニーズが高まってきたためだ」(林 兼市社長)。

 NTTコミュニケーションズも10月,チケット販売大手のぴあと共同で展開している電子チケット・サービスで利用できるように,ネット専用型電子マネー「Pちょコム」をiモードに対応させた。携帯電話で電子チケットを購入する場合の決済手段である。

面倒なID入力を省ける

 これらの電子マネーも,ICカード搭載の携帯電話に対応することになりそう。特にスクラッチ・カード型の電子マネーは可能性が高い。利便性を高められるからだ。

 スクラッチ・カード型の電子マネーは,決済時に,スクラッチ・カードに記載されているID(BitCashの場合は16文字のひらがな)を入力する必要がある。このIDは,電子マネー・サーバー上の仮想口座と対応付けられている。IDを指定することで,その仮想口座から支払い先の仮想口座へバリューを移す仕組みである。だが入力作業はユーザーにとっては面倒。普及を阻む要因の一つである。

 ICカード搭載携帯の登場で,EdyはICカード・リーダーという足かせが外れる。スクラッチ・カード型は,ID入力作業という課題を抱えたままでは競争力を失いかねない。ICカード搭載携帯電話への対応は必至だ。実際,ビットキャッシュの林社長は,「ICカード搭載の携帯電話への対応を前向きに検討している」という。

 ICカードへの対応はそれほど難しくない。スクラッチ・カードのIDをICカードにディジタル・データとして書き込めばよい。ICカード搭載の携帯電話を使えば,ID入力は不要。入金/残高確認もいつでもその場でできる。

電子マネー間の互換性問題が浮上

 ただし,電子マネーには,ほかにもまだ課題が残る。各社が提供する電子マネーに互換性がないことがその一つ。携帯電話へのICカード搭載に伴って電子マネーが普及すると,問題が顕在化しそうだ。

 電子マネーは,現実の通貨のようにどこででも使えるわけではない。利用できるのは,基本的にはそれぞれの加盟店だけである。

 しかも,Edyのように実店舗でもネットでも利用できる電子マネーは少ない。BitCashはネット決済専用だし,Suica電子マネーは「当面,実店舗しか想定していない」(JR東日本の鈴木氏)。

 このため,どこで商品を購入するかによって電子マネーを使い分けなければならない。携帯電話を使ってさまざまな場面で決済するようになると,使い分ける電子マネーの種類が増え,ユーザーの利便性が下がる。

 そこで考えられるのが,電子マネー同士の“両替”。まだ具体的なサービスは登場していないが,取り組みは始まっている。ビットキャッシュの林社長は,「Edyを提供するビットワレットとは議論を進めていて,すでにBitCashからEdyへの両替は,技術的には可能な状態」という(図2[拡大表示])。「ビットワレットから技術情報の提供を受け,EdyからBitCashへの両替を実現できれば,すぐにでもサービスとして提供する方針」である。