NTT電話番号をはじめ,メールやインスタント・メッセージ(IM),IP電話などのアドレスを一元管理する標準技術が「ENUM」。実用化に向け,国内の通信事業者やメーカーが動作検証の組織「ENUMトライアルジャパン」を立ち上げた。電話番号一つで,多様な通信手段を使えるようにする。IP電話事業者間の接続も容易になる。

(福田 崇男)

図1●ENUMを使うと,電話番号だけで通信相手のメール・アドレスやFAX番号などを入手できる
電話番号をENUM用のドメイン名に変換し,ENUMサーバーに問い合わせる。ENUMサーバーはSIP(セッション開始プロトコル)アドレス,メール・アドレス,WebサイトのURLなどを返信する。仕組みそのものは,DNSとほぼ同じ。
図2●ENUMを利用すると,IP電話サービス事業者間の相互接続が容易になる
現状では,相互接続の際にIP電話サービスごとに,互いのSIPサーバーのアドレス情報などを登録しておく必要がある。相互接続するサービスが増えると,登録・更新作業は熕雑になる。ENUMではIP電話番号やSIPサーバーのアドレスを一元管理できるため,設定作業は容易で,管理しやすい。
図3●ENUMの実用化には,まだ課題が多い
個人情報などを守るためのセキュリティ対策や,ENUM DNSサーバーの運用体制など,検討しなければならない点が多い。ENUMトライアルジャパンはこれらの解決を目指して設立された。
 「電話番号しか知らない相手に電話がつながらない。メールやFAX,インスタント・メッセージ(IM)など連絡方法はいろいろあるのに。なんとか番号やアドレスを調べられないか」――。 各種の通信アドレスの一元管理を実現する「ENUM」の実用化に向け,国内の通信事業者やネットワーク機器メーカーが動き出した。

 日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC),日本レジストリサービス(JPRS),WIDEプロジェクト,東西NTT,シスコシステムズなどは9月10日,ENUM対応の製品やサービスを開発/検証するための実験環境を提供する「ENUMトライアルジャパン(ETJP)」を設立した。会員は10月10日時点で33組織。KDDIやソフトバンクBB,フュージョン・コミュニケーションズ,NEC,沖電気工業,日本ベリサインなども名を連ねる。2004年4月には,エンドユーザーを巻き込んだ利用実験を展開する計画だ。

 実用化されれば,複数の通信手段で共通に利用できる“世界規模のアドレス帳”が作れる。相手の電話番号一つで,IP電話,携帯電話,FAX,メールの中から適切な手段を選んで連絡を取り合えるようになる(図1[拡大表示])。

 うまく使えば,メール・アドレスなどが変わっても,「個人の代表アドレス」となる電話番号がそのままなら,連絡手段を確保できる。地域や通信事業者の垣根を越えたアドレス帳になるため,現在のIP電話の課題の一つである事業者間の相互接続も容易になる。「IP電話普及のカギになる可能性を秘めている」(沖電気工業 IPソリューションカンパニーIPシステム企画開発本部課長の後藤 雅徳氏)。

IP電話やネット家電でニーズ

 ENUMは新しい技術ではない。2000年にRFC化され,一部ベンダーは製品への実装を進めてきた。例えばシスコシステムズは,IOSのバージョン12.2(11)T以降に搭載済みだ。

 従来は,ほとんどのユーザーにとって主要な通信手段が電話,FAX,メールくらいだったこともあり,実用化への積極的な動きには結び付いていなかった。しかし,ブロードバンドの普及とともに,IP電話やIMといった新しい通信手段が急速に広がり始めた。

 さらに今後は,家電を始め,さまざまな機器がインターネットにつながり,それぞれにアドレス(識別子)が付く。このため,「ENUMのように,さまざまなアドレスを一元管理する仕組みの必要性が高まっている」(富士通 ネットワークサービス事業部IPテレフォニーサービス統括部長の岡田 昭広氏)。

仕組みはDNSと同じ

 電話番号とSIP(セッション開始プロトコル)アドレス(IP電話やIM),メール・アドレスは,DNS(ドメイン名システム)とほぼ同じ仕組みを使って管理する。

 ユーザーのクライアント上で,通信相手の電話番号(81-3-5210-abcd)を「d.c.b.a.0.1.2.5.3.1.8.e164.arpa」というENUMのクエリーに変換。それを基にENUM DNSサーバーに問い合わせると,あらかじめ登録されたアドレスが返信される。

 利用場面は,大きく分けて「ユーザーENUM」と「オペレータENUM」の2つが考えられている。

 ユーザーENUMは,まさにDNSと同様の使い方。連絡を取りたい相手のアドレスを,ブラウザやデスクトップ・アプリケーションに実装したENUM機能を使って取得し,通信する。

IP電話の相互接続を後押し

 一方,「現状で最もニーズがありそうなのが,IP電話での利用」(シスコシステムズ AVVIDソリューションエンジニアリング本部シニア・システムエンジニアの安田 哲氏)。特に,IP電話事業者同士が相互接続する際に使うオペレータENUMである。ほかの事業者のユーザーに発信する際に,相手のIP電話番号を基に,ENUMを使ってSIPサーバーのアドレスを入手し,接続できる(図2[拡大表示])。

 現状では,IP電話サービスを相互接続する場合,相手事業者ごとに番号体系とSIPサーバー情報を入手し,自社のSIPサーバーに対応表を登録しておかなければならない。この方式では,「IP電話サービス事業者の数が増えるたびにすべての事業者に新たな設定作業が発生し,負担は雪だるま式に膨らむ」(富士通の岡田氏)。相互接続するIP電話事業者が現状で10社程度の国内だけならともかく,今後海外の事業者が増えてくると,2事業者間での個別対応は非現実的だ。

 ENUMなら,世界中の電話番号を一元管理するため,事業者ごとにSIPサーバーのアドレスを交換する必要はない。「国や事業者を問わず,相互接続が可能になる」(ソフトフロント CTOの阪口 克彦氏)。

セキュリティなど課題は山積

 ただ,技術面だけでも課題は山積している(図3[拡大表示])。例えば「電話番号やメール・アドレスなどの個人情報を扱うため,不正利用を防ぐ仕組みが必要になる」(沖電気工業 IP電話普及推進センタ長の千村 保文氏)。

 具体的には,認証やアクセス制御の機能である。ENUMで公開される情報の正当性を証明する仕組みも必要だ。これらは,現状のENUMでは規定されていない。