多くの読者の方が,現在係争中の米SCOグループの事件をご存知だと思う。SCOが米IBMを相手取って,2003年3月に巨額の損害賠償を求める訴えを起こした事件だ。SCOに属するUNIX技術が,IBMによってLinuxへと不正流用され,知的財産権の侵害を受けたとする訴訟である。SCOはLinuxユーザー向けのUNIXライセンス条件も発表した。

 ここでは,この問題がどのような形で決着するのかはひとまず置いておく。今回の訴訟で再認識されつつある,フリーソフト/オープンソースが内包するもう一つの大きな問題について語ってみたいと思う。

Linuxの最大の脅威は特許?

 それは「特許に対するぜい弱性」についてだ。

 Linuxは,フリーソフトウエア財団(FSF)が提供するライセンス条項「GPL」に基づいて開発・頒布されている。ソース・コードの共有を,初めて法的に整備された形態へと昇華させたのは,リチャード・ストールマン氏主宰のフリーソフトウエア運動「GNUプロジェクト」である。FSFはその運動の推進母体だ。

 GPLは「copyleft」という仕組みによって,巧みに著作権問題をクリアしている。しかし,組み込まれたコードが第三者の特許に抵触する場合,それを回避する手段は講じられていない。今回の一連のSCO訴訟の中で,この問題が表面化した。SCOに対して提起した反訴の中で,IBMが「自社の複数の特許をSCOが侵害している」と主張したのだ。

 ニュース・サイトZDNetに寄せたジョン・キャロル氏のコメント『特許は核兵器』が,この問題の大きさを表している。「IBMの反撃はアルゴリズムやビジネス・プロセスを誰かの所有物とすることを許す特許制度の危うさをあからさまにしている」「IBMが特許という核兵器をSCOに向けて発射できるという事実は,IBMがこれをほかの誰にでも向けられることを意味している」「IBMは今オープンソースの代弁者として戦っているかもしれないが,未来もそうだという保証があるのか」。実際,ストールマン氏自身も「ソフトウエア特許こそが最大の脅威」と述べている。Linuxコミュニティの中心人物ブルース・ペレンス氏も同様だ。

 フリーソフト/オープンソースの未来を決するものとして注目を集めているSCO事件だが,こうして考えてみると,著作権という「前門の虎」だけでなく,特許という「後門の狼」があらためて浮き彫りになった状況なのかもしれない。これからの長い歴史の中で,今回のSCO訴訟がどのような意味で,大きな転機として位置付けられるか見守り続ける必要があるようだ。

英知法律事務所・代表弁護士 岡村 久道

集団自殺,ネット詐欺,出会い系サイト,掲示板での誹謗・中傷,ウイルス,迷惑メール――。暴走するインターネットを誰も止められない。何を裁き,誰が罰せられるべきなのか。「迷宮」と呼ぶにふさわしいネット紛争を,「法律」をキーワードに描写した書籍『迷宮のインターネット事件』(岡村久道著)。ネット事件の背景を解明し,岡村氏の眼から見えるサイバー社会の「真実」をつづる。

岡村 久道

弁護士法人・英知法律事務所の代表弁護士。大阪弁護士会所属。専門分野はコンピュータ法と知的財産権法。ネットワーク・セキュリティに詳しい。IT関連の法律に関係した総務省および経済産業省の各種委員を歴任。近畿大学および奈良先端科学技術大学院大学で兼任講師も務める。