あらゆるモノにICタグという超小型のチップを埋め込み,コンピュータでモノの位置や状態を自動的に管理する。この壮大な“夢”に向けて,研究開発とフィールド実験が本格化しつつある。オートIDセンター,ユビキタスIDセンターは,それぞれが設計した基盤の仕組みを開発。サプライ・チェーンをはじめ,さまざまな分野に応用できそうだ。
(河井 保博=kawai@nikkeibp.co.jp)

 コンピュータで,モノの位置や状態を自動的に把握し,その情報をサプライ・チェーンや医療,福祉のほか日常生活にも生かす――。「ICタグ」または「RFID(無線周波数)タグ」と呼ばれる小さなチップをさまざまなモノに埋め込むことで実現される。その仕組み作りが,日本で活発化してきた。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)に本部を置くオートIDセンターは,2003年1月,第4の研究拠点を日本に開設した。一方,ユビキタス・コンピューティング向けアーキテクチャの規格化・開発を進めるT-engineフォーラム(会長:東京大学の坂村 健教授)は,2003年3月にユビキタスIDセンターを発足させる。

 どちらも,ICタグを使ってモノの位置や状態を把握するための枠組みを作ると同時に,スポンサ企業とのフィールド実験を通じて技術をさらに発展させようとしている。オートIDセンターのエグゼクティブ・ディレクタであるケビン・アシュトン氏は,「日本はサプライ・チェーンなどへの取り組みが盛ん。技術面では,IPv6などの開発に積極的だ。こうした環境で研究やフィールド実験を進めることで,オートIDの実利用に向けたフィードバックを得ることを期待している」という。

IDを自動読み取り

 ICタグはメモリーなどの電子回路とアンテナを内蔵したチップ。このチップに識別番号(ID)などを登録しておいて,リーダーでIDを読み取る。電波で電力を給電するため,基本的にICタグに電池は不要である。タグとリーダーとの距離は,数十センチ~数メートル。ICタグは,メモリーとアンテナだけを内蔵したシンプルなものなら,0.4ミリ角のチップに実装され,さまざまなモノに組み込みやすくなっている。

 実は,ICタグは古くからある技術で,最近登場したわけではない。非接触型のICカードに内蔵されているチップも,一種のICタグである。ただ,従来は,在庫を管理する倉庫内,あるいは駅の改札口というように,特定の狭い範囲内での利用しか想定していなかった。

図1●ICタグの利用例
さまざまなモノにICタグを埋め込み,ICタグを使って商品管理や情報提供などを実現する。例えば,小売店などで商品の有効期限などを定期的に自動チェックする。期限が近づいたら商品を自動発注するといったアプリケーションと連携させれば,商品管理が容易になる。図はオートIDセンターが考案した仕組みを利用した場合。

 これに対して,オートIDセンターやユビキタスIDセンターが考えている用途は,サプライ・チェーンのほか,医療や福祉と幅広い。もっとさまざまなモノにICタグを埋め込んだユビキタス・コンピューティングである。

 在庫管理を例に仕組みを見てみよう。食品のパッケージなどにICタグを埋め込み,商品の近くに設置したリーダー(Savant)で定期的にIDを読み出す(図1[拡大表示])。リーダーは,メーカーがIDを一元管理するサーバー(PMLサーバー:PMLは物質マークアップ言語)に問い合わせ,そのIDを割り当てたモノの属性情報を取得する。食品の場合なら,種類,製造元,製造年月日,賞味期限といった情報である。

 ここで,リーダーに賞味期限をチェックするアプリケーションを稼働させる。こうすれば,たとえ在庫の数が十分でも,賞味期限が近づいた商品が多ければ自動的にオーダーするような仕組みを構築できる。リーダー側のアプリケーション次第で,ほかにもさまざまな使い方が可能だ。

 この例はオートIDセンターの場合だが,ユビキタスIDセンターでは,CPUや電池を搭載したICタグまでを視野に入れる。このため,リーダーが情報を読み取らなくても,ICタグから情報を発信できる。例えばICタグ上でタイマーを稼働させておいて,ICタグに登録されている賞味期限が切れそうになったら自動的に通知するといった使い方が可能になる。

情報をネットワーク側で管理

 基盤になる仕組みは,すでに両センターともに開発済みである。オートIDセンターは,ePCと呼ぶ96ビットのID,ID情報を管理するPMLサーバー,PMLサーバーの所在を見つけ出すONS(オブジェクト名サービス)サーバーといった仕組みを提案している。

 ユビキタスIDセンターは,T-engine向けの技術を応用する。128ビットのID,ETP(エンティティ転送プロトコル)という専用プロトコルなどである。ICタグやサーバーの所在を探し出すアドレス解決サーバー(ARS)もある。

 プライバシ保護のための配慮もある。特にユビキタスIDセンターの場合は,ICタグにさまざまなアプリケーションやデータを持たせることを想定しているため,プライバシ保護は重大な問題。対策として,ICタグにPKI(公開カギ暗号基盤)ベースの認証機能を持たせてセキュリティを強化する。また,ICタグから電気的に信号を読み出すなどの問題も考えられるため,ICタグには耐タンパーに優れたチップを使うことが前提になっている。

 オートIDセンターの場合は,ICタグに含まれるのはモノの識別番号だけで,多くの場合はプライバシ情報にはなりにくい。ただ,最小限の仕組みは持たせる。IDの読み取りを拒否するように,ユーザーがICタグに設定できるようにする。

 ただ,実際の用途を考えると,不十分な点がいくつもある。物流で使うなら,商品が海外に出たときにどう管理するかといったデータの管理方法は決まっていない。世界各地で利用できる電波帯域が異なる場合にどう対処するかなどのルールも模索段階。そこで,実証実験を通じて,仕様開発を進める。