「ADSL(非対称ディジタル加入者線)移行時の伝送速度は,実際に移行してみなければわからない」――そんな“定説”が覆される。アナログ電話回線をADSLに移行した場合に,どの程度の伝送速度になるのかを推測する実験システムが公開されるからだ。通信・放送機構(TAO)とNTT東日本が,2002年初頭にも公開する予定である。音声通話帯域で実測した回線上の信号損失値を基に,ADSL帯域での信号損失値を予測し,伝送速度を概算する。

(実森 仁志=hjitsumo@nikkeibp.co.jp)

 「家の電話回線をADSL(非対称ディジタル加入者線)に移行したら,伝送速度はどのくらいになるのだろう」――そんな疑問に答えてくれるWebサイトが登場する。総務省の認可団体である通信・放送機構(TAO)とNTT東日本は,アナログ電話回線のユーザーがADSLに移行した場合に,どの程度の伝送速度になるのかを推測してくれる実験サイト「DSL速度推定システム」(仮称)を2002年初頭に公開する。ユーザーは,テスト時にかかる電話代以外は,無料で実験のモニターとして参加できる。

移行前に伝送速度を予測可能に

 通常,ユーザーがADSLを導入する場合,どの程度の伝送速度になるのかは,実際にADSLを導入してみるまでわからない。このため,「最高8Mビット/秒のサービスに加入したのに,導入してみたら数百kビット/秒しか出なかった」などの不満が出る。TAOとNTT東日本が提供する実験システムを利用すれば,「ADSLを実際に導入する前に,どの程度の伝送速度になるのかを大まかに把握できる」(NTT東日本 技術部 技術部門長 成宮 憲一氏)。

 ユーザーの操作方法は簡単だ。アナログ・モデムを接続したPCに,TAOのWebサイト(http://www.shiba.tao.go.jp/)から専用プログラムをダウンロードし,実行するだけだ。プログラムは,アナログ電話回線を経由して専用のテスト・サイトに接続し,その後切断する――という作業を3回くり返す。全国どこからでも,同じ電話番号に接続すればいい。ADSLに移行した場合の推測結果は,ユーザーの指定した電子メール・アドレスに届く。

 推測結果は,国内で普及しているADSLの伝送方式ごとに,伝送速度を4~5個のレンジに分け,どのレンジになるのかで示す。例えば「G.992.2 Annex Cを導入した場合,下りは最低1Mビット/秒から最高1.5Mビット/秒までの間」など,ある程度の幅が設けられる。推測値がレンジの境界に近い場合や,何らかの理由で測定誤差が大きくなった場合,推測後に回線状況などが大きく変化した場合などは,移行後の実測値が推測とは異なる可能性もあるが,「9割程度は推測結果と一致する」(成宮氏)という。

信号損失値を利用する

図1●ADSL利用時の伝送速度を推測する実験システムの仕組み
アナログ電話回線のユーザーは,検証施設にダイヤルアップ接続するだけで,ADSL利用時の伝送速度を予測できる。音声帯域を使って実測した信号の損失量に基づいて予測する
図2●ADSLの伝送速度を下げる3大要因
一般的に「ADSLの伝送速度は距離で決まる」と言われるが,他にもケーブルの太さや収容状況/周辺環境が大きく影響する。すべての要因を加味した場合の信号損失をデシベル値で把握できれば,伝送速度の予測が可能になる
 システムの原理はこうだ。アナログ・モデムは,テスト・サイトとの接続時に音声通話帯域で信号(Probe信号)をやりとりする。信号の出力などは規格化されているため,アナログ・モデムのメーカーや機種が異なっても,大きな誤差が出るわけではない。この信号を使って,テスト・サイトとの接続時に何デシベルの信号が失われたかを実測する。NTTの収容局間や,NTT収容局とテスト・サイトとの間はディジタル回線で接続されているので,信号が損失することはない。そのため,実測した値は,ユーザー宅からNTT収容局までを結ぶアナログ電話回線上で損失した信号を示す。この測定結果を基に,ADSL帯域での信号損失率を推測し,伝送速度を概算する(図1[拡大表示])。

 一般にADSLの伝送速度は「NTT収容局からユーザー宅までの回線距離で決まる」と言われることが多い。しかし実際には,回線の物理的な太さ,近接回線からの漏話/干渉,周辺のノイズなどにも大きな影響を受ける(図2[拡大表示])。ADSL接続時の伝送速度の予測が難しいのは,こうした多くの要因が絡むからである。例えば,回線が太いほど信号は損失しづらい。,都心部では直径0.32mmのケーブルへの置き換えが進んでいるのに対して,地方では0.65mmや0.9mmのケーブルを使用していることもある。回線距離は同じでも,都市部では地方に比べて2~3倍も信号が損失しやすい。個別の要因だけを比較しても,伝送速度を予測することはできない。

 だが,最終的に伝送速度を決めているのは,「すべての要因を加味した上で,経路上でどれだけ信号が失われたのか」ということ。この値を把握できれば,回線距離や回線の太さ,近接回線からの漏話/干渉などの具体的な状況がいっさいわからなくても,ADSL接続時の伝送速度を概算できる。

複数の伝送方式に対応

 NTT東日本は,ADSL接続サービスを提供する他の事業者にも協力を求め,予測値と移行後の実測値をデータベースに蓄積し,推測の精度を高めていく考えだ。年内には関係者のみで試験を積み重ね,2002年初頭には実験システムとして公開する計画である。

 公開時点で予測可能なADSLの伝送方式は,NTT東日本/西日本が「フレッツ・ADSL」で採用する「G.992.2 Annex C」,アッカ・ネットワークスなどが採用する「G.992.1 Annex C」,Yahoo! BBなどが採用する「G.992.1 Annex A」である。今後SSDSL(同期対称DSL,G.992.1 Annex H準拠)などへの対応も検討する。

 なお,この実験システムは「スペクトラムマネージメントに関するシミュレーション評価手法の研究」というテーマでTAOが委託先を公募し,NTT東日本が落札したもの。あくまでも実験システムであるため,継続的に運用されるかどうかは未定である。