ADSL(非対称ディジタル加入者回線)サービスの高速化が進んでいる。2001年1月にガーネットコネクションズ企画が最高6Mビット/秒を目指す試験サービスを開始。東京めたりっく通信は3月に,最高3Mビット/秒の高速接続メニューを追加する。しかし,これらの高速接続サービスの能力を享受できるのは,NTT収容局から近いユーザーだけなどと相変わらずユーザー限定となりそうだ。

(実森 仁志=hjitsumo@nikkeibp.co.jp)

 一般の電話回線を使ってディジタル伝送を実現するADSL(非対称ディジタル加入者回線)サービスに,高速メニューが相次いで登場している。ガーネットコネクションズ企画(以下,ガーネット)は,下り方向(NTT収容局からユーザー方向)で最高6Mビット/秒の試験サービスを2001年1月17日に開始,4月にも商用化に踏み切る。東京めたりっく通信は3月にも,下りが最高3Mビット/秒の高速接続サービスを月額1万円程度で提供を開始する。

1.5Mの壁を越えるG.dmt

 このところADSLサービスでは,「下りの伝送速度が最高1.5Mビット/秒」を事実上の“標準”とする動きが目立っていた。NTT東日本/西日本(地域会社)が2000年12月26日に,ADSLを試験サービスから本サービスへの切り替えに合わせて,下り512kビット/秒を1.5Mビット/秒に引き上げた。これを受けてイー・アクセスは,2月1日から下り伝送速度を従来の640kビット/秒から1.5Mビット/秒に引き上げた。東京めたりっく通信は,2月1日から1.6Mビット/秒のサービスと640kビット/秒のサービスとを一本化し,料金は640kビット/秒のサービスに合わせた。

表1●ADSL接続事業者が提供中または提供予定のサービス
 
図1●Annex Cにおける距離と伝送速度の関係(東京めたりっく通信の調査データ)
ADSLは高周波数帯を使うため,信号の減退とノイズの影響を受けやすい。距離に対する伝送速度は,G.dmtとG.liteでは異なる。G.dmtの下り伝送速度が仕様書に定められた6Mビット/秒に達していないのは,試験環境で利用されているADSLモデムの制限による
 
写真1●住友電気工業のADSLモデム「MegaBit Gear TE4000シリーズ」(左)とNECのADSLモデム「ATU-R32J」(右)
 
表2●おもなDSL規格
 ところが,ここにきて1.5Mビット/秒を超えるサービスが登場してきた。東京めたりっく通信の下り3Mビット/秒やガーネットの下り6Mビット/秒のサービスである(表1[拡大表示])。これらのサービスは,従来NTT地域会社などによる最高1.5Mビット/秒のサービスとは異なる伝送方式を採用する。NTT地域会社や東京めたりっく通信自身などが1.5Mビット/秒クラスのサービスで利用している方式は「G.992.2(G.lite) Annex C」。これに対して,ガーネットと東京めたりっく通信は,「G.992.1(G.dmt) Annex C」を採用する。
 もともとADSLの規格には,ITU-T(国際電気通信連合の電気通信標準化部門)が1997年7月に勧告した「G.dmt」と「G.lite」の2種類がある。G.dmtは,下りの最高速度が6Mビット/秒と,G.liteの同1.5Mビット/秒と比べて4倍の速度である。G.dmtは,G.liteの2倍の周波数帯域を使用することで,高速伝送を実現する。

ユーザー宅との距離が問題に

 しかし,1.5Mビット/秒のADSLサービスで問題となっていた信号の減衰やノイズの影響は,G.dmtでも同様である。伝送距離が伸びるにつれて信号の損失は激しくなり,実効伝送速度は低下する。むしろ,G.dmtのほうがG.liteよりも高い周波数を使うため,その影響は大きくなる。理論計算では,伝送距離が2kmを超えると,G.dmtの伝送速度が急激に低下する。東京めたりっく通信が実施したフィールド・テストでも,距離が伸びるにつれてG.dmtの伝送速度は急落している(図1[拡大表示])。

 とはいえ,東京めたりっく通信などにも計算はある。東京23区内に限れば,NTT局間の平均距離は約2.3km。単純計算すれば,NTT局とユーザー宅の間は,遠くても1kmちょっと。「23区内の95%程度は3Mビット/秒でカバーできる」(広報室マネージャの平田 佳世氏)と見る。

 いずれにせよ,G.dmtの能力を十分に発揮するには,「伝送距離が短くノイズが少ない」という条件を満たさなければならない。

モデムのチューン・アップが必要

 G.dmtには,ADSLモデムのチップ・セットが十分にチューン・アップされていないという課題もある。ガーネットは,最高6Mビット/秒の伝送速度を目指してG.dmtを採用したが,試験サービス中の平均伝送速度は「3Mビット/秒程度」(ガーネット代表取締役の鴨下 隆一氏)――という。

 ADSLモデムに原因があるならば,別のモデムを採用するのが通常の手段である。ところが,日本国内向けの仕様であるG.dmt Annex Cに対応したADSLチップ・セットを開発しているのは,実質的に米グローブスパンと米センチリュウムのみ。日本で採用されているISDNの独自転送方式との干渉を避けるために作られたAnnex Cは,日本専用仕様であり,ほかのメーカーの参入はあまり望めない。2社の製品の性能向上を待つしかない。

 現在,ガーネットでは,グローブスパンから毎週のように送付されてくるADSLモデムのファームウエアを試している。グローブスパンが日本の回線などに合わせて,チューン・アップ作業を進めているからだ。「G.dmtを検証している事業者は,どこも似たような状況だろう」(鴨下氏)。

 ただし,こうしたチューン・アップ作業自体は,1.5Mビット/秒のG.liteでも実施されてきた経緯がある(写真1[拡大表示])。つまり,ADSLモデムの性能自体は,いずれ向上すると考えられる。

上りの伝送速度向上も

 DSL技術には,ほかにもいろいろな規格がある。そのうちのいくつかは,日本でも採用される可能性がある(表2[拡大表示])。たとえば,最高1.6Mビット/秒のSSDSL(同期式対称ディジタル加入者回線)を実現する「G.992.1(G.dmt)Annex H」の採用には,NTT地域会社,イー・アクセス,アッカ・ネットワークス,ガーネットが前向きだ。

 しかし,新たな伝送技術が既存のサービスと干渉するおそれもある。G.dmt Annex Hは,東京めたりっく通信などが使用するAnnex Aと干渉する。また,東京めたりっく通信が提供を検討しているVDSL(超高速ディジタル加入者線)は,ISDNやADSLなどに大きく影響を与える可能性もある。VDSLは,非対称型の場合下りが最高52Mビット/秒の伝送速度を実現する規格で,今後標準化が進むと予想される。東京めたりっく通信などが1104kHz以下の周波数帯を使用する規格を採用してしまうと,ISDNやADSLなどへの干渉が大きくなる。このような問題の発生を避けるため,接続事業者や通信機器ベンダーは,スペクトラムを管理しようと動いている。すでにTTC(電信電話技術委員会)は,DSLのスペクトラム管理規定策定に乗り出した。この規定は秋にも正式策定される見込みだが,運用面など実効性を伴うものになるかどうかは,まだ不明である。