米ヒューレット・パッカード(HP)のe-speakが,実用に近づいてきた。e-speakはHPが進めるEサービスの中核となる技術だが,具体的な応用の姿が見えなかった。これに対しHPは,6月に最新版のe-speak3.0を発表,10月にはHP-UXの新版にバンドルすることを明らかにした。e-speakを用いた応用プロジェクトは現在全世界で50前後が進んでいるという。国内では,NTTコムウェアがe-speakを用いたシステムのプロトタイプを開発,今年10月には製品化する計画を立てている。

図1 e-speak開発・製品化の流れ
99年5月に米国本社で大々的に発表。その後,開発向けバージョンを次々にリリースしてきたが,99年末にe-speakの開発をオープン・ソースへ移行したことと,今年6月に最新版のバージョン3.0をリリースしたことが重要なポイントとなる。今年10月にはHP-UXに標準バンドルすることで,サポート付きの製品(英語版)となる。
 「e-speak3.0をベースに今年10月に製品をリリースする。実システムにe-speakを利用する環境が整ってきた」―こう語るのは,米ヒューレット・パッカード(HP)でe-speak関連のマーケティング・ディレクタを務めるカール・デコスタ氏である。

 HPは99年5月,インターネット分野の新ビジネスとして「Eサービス」に注力することを打ち出し,その核となる技術として「e-speak」を発表した(図1[拡大表示])。その後,相次ぐ開発者向けバージョンのリリースやソース・コードの公開などを続けてきたが,e-speakの実用化や応用に関しては,あいまいなままだった。それが,ここへきて固まってきた。

 冒頭のコメントにあるように,製品化をにらんだ新バージョンのe-speak3.0を2000年6月に発表,今後,実用化への取り組みを本格化する。

 e-speakを利用した開発プロジェクトは,「現在,全世界で50前後が進んでいる」(日本ヒューレット・パッカード エンタープライズ事業統括本部E-service推進室 ビジネス・ディベロップメント・マネージャの谷川 拓司氏)。それらがこの半年から1年の間に実サービスとして立ち上がる可能性がある。日本でも,NTTコミュニケーションウェア(NTTコムウェア)がe-speakを利用した新サービスのプロトタイプを公開,今年10月にも製品化する計画である。

Eサービスの核となるe-speak

図2 e-speakを用いたサービスのやり取りの例
くつの小売店が,くつを供給してくれる会社を探し,条件をすり合わせる流れを示している。各社がe-speakをプラットフォームとして利用することで,こうした企業間取引きが可能になる。
 HPは,インターネット上にいろいろなサービスが生まれ,それらが互いに連携してユーザーの望む作業をしてくれるという世界を,インターネットの次世代像として描いている。サービスというのは,所望のWebサイトを探してくれる検索サイトでもいいし,ホテルの予約システムでもいい。

 これまでユーザーは,インターネットやコンピュータを使ってやりたいことを自分でやっていた(“Do it yourself”)。これに対してHPが目指しているのは,ネットワーク上の各種サービスがユーザーのために働いてくれる世界である(“Do it for me”)。そのためには,いろいろなサービスがユーザーの要求に応じて連携し,動作しなければならない。そうしたサービス連携を行うためのプラットフォームがe-speakである。

 EC(電子商取引) 分野などが主なターゲットとなる。例えば,e-speakを利用して企業同士が受発注を行うマーケット・プレイスを構築したり,航空会社やホテル,旅行代理店が協力して旅行計画のためのポータル・サイトを作るといった応用を狙っている。

 e-speakを使わなくても,こうしたECサイトを作ることはできる。e-speakを使うメリットは,e-speakがサービス連携の基本機能を提供してくれるため,開発が容易になること。サービスを提供する異なる企業グループが共にe-speakを採用していれば,その間の連携もとりやすい。

XMLでサービス同士がやりとり

図3 NTTコミュニケーションウェアがJavaOne2000で行ったデモ
HPのe-speakと自社開発したモバイル・エージェント技術を組み合わせて,旅行の予約をする作業をシステム化した。
 それでは,e-speakを使ったECはどのような姿なのか。「くつ業界」を例に見てみよう(図2[拡大表示])。

 登場人物は「くつの小売店」「くつ会社」,くつ業界のマッチング・サービスを提供する「トレーディング・コミュニティ」などである。小売店が商品(23センチの青いスエードのくつを1000足)を仕入れようとしたときの流れを示している。

 小売店の「シューズ.com」がトレーディング・コミュニティの「シューズワールド.com」にリクエストを出し,シューズワールド.comが,リクエストに答えられる会社を紹介する。トレーディング・コミュニティが仲介しながら,小売店とくつ会社が交渉を進め,最終的に取引が成立する。こうしたやりとりのベースになるのがe-speakである。

 注目したいのは,異なるECサービス同士がXML(拡張可能マークアップ言語)を使って取引しているところ。HPは企業間取引でXMLの人気が高まってきたことを受けて,XMLを全面的に採用した。XMLは,サービスの仕様を定義したり,サービス同士がやりとりするデータに利用する。なお,XML文書の中では業界が取引に使う用語(ボキャブラリ)を使うが,図2の例では「くつの業界団体」が定めた用語を利用している。

 国内で進んでいるe-speakの応用プロジェクトは,5つ程度あるという。その中の一つが,NTTコムウェアが開発し,2000年6月にJavaOne2000で展示したシステムである。

図4 e-speakのソフトウエア構成
サービスの発見や連携を可能にするe-speakエンジン,各業界でのサービス記述方法を定めるe-speakサービス・フレームワーク,実際にサービスを連携させるためのe-speakサービス・バスが主要な要素となる。e-speakエンジンを利用するには,Webブラウザからアクセスする方法とネットワーク・オブジェクト・モデル(NOM)を利用した方法を用意している。
 図3[拡大表示]に示すように,NTTコムウェアはインターネット上のサービスを利用して旅行の予約をするサービスをデモした。ユーザーは,出発日や目的地,ホテルのタイプなどを記述したリクエストを旅行予約用のポータルに投げる。後は,ネットワーク上を移動する「モバイル・エージェント」がユーザーに代わって処理を続ける。

 航空会社やホテルのサイトは,あらかじめe-speakとモバイル・エージェントが稼働するように作ってある。モバイル・エージェントは,どの順番でサービスを調べるか,予約が取れなかったときにどうするか,似た条件があったらどちらを優先するかなどを記述したシナリオに沿って動作する。

 NTTコムウェアでは,ここで開発したシステムをベースに,PDA(携帯型情報機器)や携帯電話などからでも利用できる新しいサービスを開発し,事業化する計画である。

セキュリティ機能を追加

 こうしたサービス同士の連携を可能にするe-speakは,図4[拡大表示]のような構成になっている。この中で最も重要な部分が「e-speakエンジン」である。バージョン3.0では,EC分野での利用などを意識して,この部分にセキュリティ機能を新たに加えた。

 e-speakエンジンは,サービスを検索したり,それらを連携させるためのプラットフォームである。ECサイトやポータル・サイトのサーバー上で動作する。e-speakを利用する場合,個々のサービスはあらかじめe-speakエンジンに登録しておく。e-speakエンジンは他のサイトのe-speakエンジンと通信し,どのようなサービスが登録されているかを互いに交換する。図には示していないが,利用可能なサービスはe-speakエンジン中のデータベース(リポジトリ)に登録する。ユーザーからリクエストが来ると,e-speakエンジンは対応するサービスへリクエストを渡す。

 e-speak3.0で追加してセキュリティ機能は「SLS(セッション・レイヤー・セキュリティ)」と呼ぶ。SLSは,安全なWebアクセスのために広く利用されているSSL(セキュア・ソケッツ・レイヤー)と同様に,公開かぎ暗号方式を利用したセキュリティ通信の方式である。特徴は,SSLのようにトランスポート層でセキュリティを保つのではなく,暗号通信にセッション層を使う点。トランスポート層の違う多種のネットワークで利用できるようにするためである。

 図4の上部にある「e-speakサービス・フレームワーク」も重要な要素だ。e-speakに対応させるためにサービスをXMLを使ってどのように定義するかを定めている。XMLをベースにした企業間取引の仕様としては,米マイクロソフトの「BizTalkフレームワーク」や米コマースネットの「eCoインターオペラビリティ・フレームワーク」などがあるが,e-speakではそれらのフレームワークと共存することが可能だという。

HP-UXの新版にバンドル

写真1 オープン・ソース開発のベースとなるサイト
 HPは99年12月にe-speak2.2のソース・コードを公開し,開発をオープン・ソース環境へ移行した。オープン・ソースの開発サイトからe-speakエンジンのソース・コードをダウンロードすることが可能である(写真1[拡大表示]参照)。現在までに,1万3000のダウンロードがあったという。オープン・ソース・ベースの開発は今後も続け,2001年2月にはe-speak4.0をリリースする計画である。

 冒頭で示したように,製品化も進める。今年10月に出荷予定のHP-UX(UNIX)に,バージョン3.0ベースのe-speak(英語版)を標準でバンドルする。この時点で,e-speakはHPからサポートが受けられる製品という位置づけになる。日本語版については今年末から2001年初めにリリースする予定である(図1参照)。

 e-speakの製品版が登場するのは秋以降。ただし,前述したような応用システムの開発は6月にリリースされたe-speak3.0をベースに進んでいる。今後はアプリケーション分野で新しい動きが出てくるだろう。

(稲葉 則夫=ninaba@nikkeibp.co.jp)