JTBは、ライバルであるエイチ・アイ・エスとの一騎打ちに出る。今春から海外個人旅行商品の販売戦略を刷新。30億円を投じた新システムを武器に、「自由旅行」市場に切り込む。

新システムを導入する拠点の一つJTB丸の内支店
●専門機関がIT投資を精査する
●起案時には定量的な投資対効果の提示を義務付けている
 取扱人数220万人、取扱額3500億円――。JTBが2006年度に見込む海外個人旅行の取り扱い規模である。2004年度の見込み実績と比べると、それぞれ132.5%と140.0%で大幅アップとなる。

 強気とも取れるこの数字の根拠は、販売戦略の刷新にある。顧客が自由に航空券や宿泊先を組み合わせられる「自由旅行」商品の販売を強化。従来、取り扱い窓口を分けていたパッケージツアー商品と自由旅行商品の販売を一本化するとともに、航空券やホテルといった品ぞろえを拡充する。

 JTBの海外旅行商品の主力は、「ルックJTB」というパッケージツアー商品。現在、販売実績のおよそ9割を占める。一方の自由旅行市場は、格安航空券を売りにするエイチ・アイ・エスが大きな存在感を持っており、JTBはなかなか食い込めずにいた。

全商品を横並びで比較

 JTBの新体制を支えるのが、30億円を投じて構築した海外旅行予約販売システムである。パッケージツアー商品から航空券、ホテルといった商材を一元管理する。販売員は今年5月から、1つの端末で商品の内容や価格を容易に検索できるようになる。

 「国際的にも他に類を見ないシステム」。総合企画部の野々垣典男・IT企画担当部長は胸を張る。

 従来、パッケージツアー商品以外は、航空会社がそれぞれ提供するシステムで別々に予約しなければならず、横並びに商品を比較・検討するのが難しかった。

 新システムは、「ここ数年はIT(情報技術)投資を控える傾向にあった」(野々垣IT企画担当部長)なかでの攻めの投資である。

 顧客がパッケージツアー離れしてきたうえ、ライバル会社の攻勢が強まってきた。この状況に経営陣が危機感を持ち、通常の手続きをすっ飛ばして決断した。JTBではIT投資のほとんどが利用部門からの提案で実施するボトムアップであるが、この案件はトップダウンだったわけである。

コスト削減で限度額が5分の1に

 JTBでは、年間約250件のIT投資案件を審議する。このうち、承認するのは約95%。

 「最近は利用部門で精査が進み、だれが見ても必要と思える案件しか上がらなくなってきた」。かなり高い確率で案件が認められる理由を、野々垣IT企画担当部長はこう話す。2000年ごろと比べて申請件数が半減したのは、10年以上前に導入した意思決定プロセスによるところが大きい。

 1994年に、「システム投資委員会」と呼ぶ専門機関を設置。メンバーは、CIO(情報戦略統括役員)と営業企画本部統括役員、IT企画担当部長、経営企画室長など。委員会事務局は、情報システムの開発・運用を担うシステム子会社に置いた。

 承認までの流れはおおよそ次の通りだ。利用部門はまず、システム投資委員会事務局に案件を申請する。そこから先は、投資額によって決裁機関が変わる仕組みである。前述した海外旅行予約販売システムはこの手続きに従わず、いきなり常務会で審議するという異例のケースだった。

 全社システムのような大規模な案件を除いて、現場に近いところで素早く意思決定できるようになっている。システム投資委員会は1億円未満までの決裁権限があるうえ、1000万円未満の案件であれば委員会事務局の承認をもって実行できる。

 実は、2001年10月から決裁限度額が一部変更になっている。従来、システム投資委員会に諮るのは5000万円以上だったが、現在は1000万円以上に下げている。社内でコスト削減の要求が厳しくなり、大きな投資を絞り込もうという考えがある。2001年9月に米国で起きた同時テロ以来、SARS(重症急性呼吸器症候群)やスマトラ沖地震の津波など、相次ぐ事件や天災で大打撃を受けている業界事情が背景にある。

投資対効果を数字で提示

 起案時に必ず定量的な投資対効果を示す点も大きな特徴である。起案部門には、売り上げ増とコスト削減、機会損失額の大きく3つのいずれかで金額換算するよう義務付けている。

 現在取り組んでいる基幹システム「TRIPS」の再構築プロジェクトでは、年間30億円という運用コストの削減効果を提示した。ただし、投資額も150億円と膨大である。

 常務会で1つの案件を審議するのは通常20~30分。だが、TRIPSの再構築プロジェクトはその時間内で結論を出すのは難しいと判断し、事前に役員が集まって2泊3日の合宿を開いた。

 合宿では、CIOの佐藤正史取締役と野々垣IT企画担当部長が半年以上続けていた再構築のシミュレーション結果を役員に提示。その1カ月後、常務会にかけて承認に至った。

相馬 隆宏