●ノーリツがERPシステム廃棄に至った経緯
 給湯器の大手メーカー、ノーリツは2000年12月期の決算において忘れがたい傷跡を残した。連結売上高1402億円の1%を優に超える16億円の特別損失をシステムの廃棄により計上したのだ。

 1996年から4年がかりで進めた独SAP社の大型ERP(統合基幹業務)パッケージのシステムを、丸々廃棄してしまったのである。

 しかも、システムは外付けのシステムも含めていったん完成していた。にもかかわらず廃棄を決めた理由は、メーカー製パッケージを採用したがゆえの高額な保守費用の発生にあった。数年ごとにバージョンアップに迫られ、外付けしたソフトの動作確認や改修作業が発生してしまう。そして数億円の保守費用が発生することに気づいたのだ。

 96年にプロジェクトを開始した同社は、プロジェクト開始当初からERPパッケージ最大手の独SAP社のR/3を前提にした。そしてR/3の97年当時のバージョンをベースに外付けシステムの開発を進めた。

 当初の予定であった99年1月から1年半ほど過ぎた2000年半ばにシステムが完成した。

 ところが実は1997年のバージョンは2000年秋でメーカー・サポートを打ち切ると独SAP日本法人から通告されていた。「SAPのパッケージの横には、生産指示や受注管理など二十数システムを独自開発していた。この外付けシステムの多さが仇となって、R/3をバージョンアップすれば、動作検証や修正にさらに数億円の追加費用が予想された」と当時ERP導入プロジェクトに参画していた同社のe-NORITZ推進本部情報化推進グループの角谷俊郎リーダーは振り返る。

大胆過ぎた挑戦的プロジェクト

 プロジェクトを開始した1996年当時、ERPパッケージの選択肢は乏しかった。それだけに「世界標準の業務の仕組みを導入できるだろう」との期待を込めて当初からノーリツはR/3を前提に導入を進めた。しかも、財務会計、管理会計、在庫・購買管理、販売管理、生産管理を一気に導入しようという、挑戦的な取り組みだった。だが非常に相性の悪い選択だったことが徐々に露見していく。

 そもそもノーリツが当初、ERPパッケージ導入に意欲的だったのは、95~96年ごろから業績がやや下降気味で、ブレークスルーの手段を求めていたためだ。

 ノーリツは80年代から現場主導で強い会社を目指していた。「86年からトヨタ流生産方式の研究会に入会し、ジャスト・イン・タイム(JIT)の生産管理を実践していた。しかし、95年から業績が下り坂になると、JITから違う角度でノウハウを導入する必要を感じた。そこで海外のERPパッケージを導入して、業務を見直そうと考えた」(角谷リーダー)

 トヨタ流生産管理とR/3が前提にする生産管理とが相入れるものかどうか、プロジェクト開始前に慎重に検討する姿勢がノーリツにあれば、その後の展開は全く違っていただろう。

 だが、96年当時ではR/3の導入事例が極めて少ない。ノーリツが開発委託した日立製作所にも、そして独SAP日本法人にも、JITの実践企業がR/3を全面導入する案件をサポートするノウハウは不足していた。

 「検討を進めるにつれ、JITとR/3の大きなギャップが露見した。そもそもERPパッケージの主要機能であるMRP(資材所要量計画)という業務自体が、JITとは相容れない。生産指示や電子カンバンのソフトは結局、独自開発が必要になった」(角谷リーダー)

 ほかにも、ノーリツは有償支給の機能を独自開発した。有償支給の外注管理機能は、独SAP日本法人がその後、R/3の標準機能に取り込んだが当時のR/3は有償支給をサポートしていなかった。

 さらに、受注管理や原価管理においても、「受注の取り消し処理がR/3は面倒。簡便にできるようにしてほしい」といった要望が営業担当者から出るなどして、外付けソフトの開発は膨れ上がった。

業務ありきの姿勢で最高益更新

 「R/3導入の失敗で得た教訓は、システムありきで業務を変えようとするのでなく、業務ありきの発想に立ち返るべきということだ」(角谷リーダー)

 R/3を廃棄した2000年秋以後、ノーリツは業務見直しを徹底的に進める姿勢に立ち返った。そして、2003年12月期の決算は、連結経常利益が前年度比21%増の94億円と過去最高を更新するなど、絶好調だ。

 トヨタ流生産方式の研究会は1998年にいったん退会したが、2001年に再入会してJITを再追求した。さらに、2003年には原価低減のため下請け会社の部材をノーリツ側で一括調達して支給するといった業務改革でコスト削減に効果を上げている。

 一方、ERP導入プロジェクトも全くの無駄ではなかった。電子帳票や電子カンバンの機能などを、大型コンピュータと連携する独自システムの開発要件に引き継ぎ、実現した。

 ただし問題も残った。財務、販売管理、輸送手配、生産指示など、各種データが40ほどのシステムに分散している。業務改善のたびに、関連システムだけでなく、各種データをつなぐインタフェース・ツールの手直しが必要になることもある。

 「R/3の肩を持つつもりはないが、データ統合の意義は大きかった。R/3の廃棄は残念との思いもある」と角谷リーダーは複雑な胸の内を明かす。だが、海外で実績のあるパッケージだからといって同社が飛びつき買いするようなことは2度とないだろう。

井上健太郎 kinoue@nikkeibp.co.jp