一丸 智司 エヌ・エス・アイ 専務 ネットワーク・コンサルタント

メッシュ型ネットはVoIPに向く

IP-VPNサービスで実現する企業ネットワークは,遅延時間が小さくなるメッシュ型のトポロジになります。このためリアルタイム性が要求される音声通話との親和性は高いと言えます。ただし,全体の帯域に占める音声の割合が大きくなると,他のトラフィックの影響を受け,通話に支障が出る場合があります。

 IP-VPNサービスのメッシュ型トポロジは,音声通話に向いています。一般にVoIPゲートウエイ間の遅延時間が150ミリ秒を超えると話しづらくなると言われていますが,IP-VPNサービスではすべての拠点間が直接つながるため,遅延時間を数十ミリ秒に抑えられます。

ルーター台数に左右される遅延時間

 遅延時間は,経由するルーターが多いほど大きくなります。通信事業者のサービス・ネットワーク内にもルーターまたはレイヤー2スイッチが設置されています。これらは通信事業者向けの高速機器なので,遅延は大きくありません。例えば日本テレコムは,同社のネットワーク内にあるエッジ・ルーター間における往復遅延時間が,1カ月平均で40ミリ秒以内になるように品質を維持しています。

図5 VoIPに向くメッシュ型ネットワーク
メッシュ型のトポロジはどの拠点とも実質的に2ホップ(2台のルーター経由)で通信できる。遅延時間は数十ミリ秒と小さく,VoIPとの親和性が高い。IP-VPNサービス網内にもルーターあるいはスイッチがあるが,高速の機器を利用しているので影響は無視できる。
 問題となるのは,通信事業者向けの製品ほどは高速に処理できない,ユーザー自身が設置するルーターです。メッシュ型ネットワークにおいては,経由するユーザーのルーターの数は,自分と通話相手の拠点に設置する計2台だけです。アクセス回線とユーザー宅のルーター内の遅延時間がそれぞれ5ミリ秒とすれば,VoIPゲートウエイ間の遅延時間は片道40ミリ秒程度で済む計算です(図5[拡大表示])。

 しかし,企業ネットワークのトポロジが「階層型」であれば,中継拠点のルーターを経由しなければなりません。遅延時間は長くなります。専用線サービスを利用する企業ネットワークの多くは階層型です。「スター型」であっても,スターの中心となる拠点のルーターを経由する通話があります。またスター型のネットワークを構築するために一般に使われるフレーム・リレー・サービスは,網内遅延やゆらぎが大きく,音声通話向きとは言えません。

帯域制御装置を設置すれば良好に通話できる

 IP-VPNサービスを実際に利用する際は,当然,音声以外のデータも伝送します。このため音声は,ほかのデータの影響を受けて,途切れることがあります。安定した通話を実現するには,帯域制御装置の利用が不可欠です。

図6 クロスウェイブコミュニケーションズの広域LANプラットフォームサービスを利用した通話実験帯域制御装置を使って,音声用の帯域を確保し,さらに音声パケットを最優先で送出するように設定した。 FTPにより大きな負荷をかけても,問題なく通話できた。
 実際に音声通話の品質を検証するために,IP- VPNサービスを使った通話テストを実施しました(図6[拡大表示])。実験環境は次の通りです。まず,1.5Mビット/秒のアクセス回線で2拠点をCWCの広域LANプラットフォームサービスにつなぎ込みます。拠点にはVoIPゲートウエイと負荷を与えるためのサーバーを設置しました。

 音声以外の負荷をかけない状態では問題なく通話が可能でした。

 次に,サーバー間でFTPセションを3本双方向に張り,1.5Mビット/秒を使い切る負荷をかけました。すると通話の接続に時間がかかったり,切断や途切れが起こり,通話品質は実用には耐えられないレベルまで落ちました。

 最後に,VoIPゲートウエイとルーターの間に帯域制御装置を置いて実験しました。帯域制御装置に使ったのは,アロット・コミュニケーションズの「AC201」です。音声パケット用の帯域を確保した上に,最優先で送出するように設定しました。その結果,無負荷と同じ状態で通話が可能になりました。

VoIPをあきらめるという選択肢も

 IP-VPNサービスのアクセス回線に64kビット/秒や128kビット/秒の低速品目を使う場合は,音声以外のパケットを短く分割して送る「フラグメンテーション」機能が必要です。この機能はルーターに搭載します。長いままだと,低速のアクセス回線上で転送されている間,音声パケットがルーターのバッファの中で待たされ,遅延が大きくなってしまうからです。

 アクセス回線が1.5Mビット/秒などの高速回線であれば,長いIPパケットでもすぐに送り出すので,フラグメンテーションは不要です。

 ただ高速の回線でも,帯域に占める音声の割合が一定以上になると,他の通信データの影響を受け,通話できなくなることがあります。一般に2割がその目安と言われています。全体の帯域を増やしたり,通話用のチャネル数を制限するなどの工夫が必要です。

 ただし帯域を増やすには追加のコストが必要です。また,通話用のチャネルを制限すると,エンドユーザーの使い勝手は悪くなります。このため,場合によってはVoIP化をあきらめ,通常の電話サービス(外線)で通話するという選択肢もあります。電話会社各社は,一般の電話網をあたかも内線網のように使える電話VPNサービスを提供しており,外線であっても内線番号で呼び出すことは可能です。

 市外と国際の電話通話料は急速に下がっています。このことで,内線網のコスト・メリットは急激に低下しました。拠点間は,内線網を構築して通話するのが当たり前という時代ではなくなっています。コストの計算をした上で,比較検討する必要があります。