一丸 智司 エヌ・エス・アイ 専務 ネットワーク・コンサルタント

通信事業者各社が相次いでIP-VPNサービスを始めています。IP-VPNサービスを利用すると,信頼性・拡張性の高いメッシュ型の企業ネットワークを容易に構築できるだけでなく,以前よりも低いコストで数倍もの帯域が手に入ります。企業ネットワークの構築手法が大きく変わり始めました。

 イントラネットの導入などにより,企業の拠点間でやり取りされるプロトコルのIP化が急速に進んでいます。これに伴い,ネットワークに流れるトラフィックも急増中です。こうした動きを受けて,通信事業者各社がIPをベースにした全く新しいサービスの提供を始めました。これがIP-VPNサービスです。今回はこのIP-VPNサービスの概要と選択方法を解説します。

高信頼性ネットを実現

IP-VPNサービスの料金は,距離に関係ない全国一律の体系で,拠点間を直接結ぶパスの本数によっても金額が変わりません。このため,完全なメッシュ型企業ネットワークを容易に構築できます。メッシュ型ネットワークには,拡張性が高く障害に強いという利点があります。

 NTTコミュニケーションズ(NTTコム)の「Arcstar21」や日本テレコムの「SOLTERIA」,クロスウェイブコミュニケーションズ(CWC)の「広域LANプラットフォームサービス」など,99年後半からIP-VPNサービスの提供が続々と始まっています。2000年中には,DDIが「IP-VPNサービス」(仮称),地域系NCC(新規第一種電気通信事業者)が設立したPNJコミュニケーションズ(PNJ-C)が「高速IP接続サービス」(仮称)を開始し,NTTコムも「MPLS-VPN」(仮称)を追加する予定です。

図1 IP-VPNサービスの特徴
IP-VPNサービスには,(1)サービス・ネットワークをIPの転送に最適化している,(2)距離や仮想パスの本数に関係のない料金体系――という二つの特徴がある。
 これらのサービスに共通するのは,(1)IP専用あるいは,IPの利用を前提としている,(2)通信相手との距離とパスの本数によらない料金体系――の2点です(図1[拡大表示])。

 料金体系は,企業が構築する社内ネットワークのトポロジと密接に関係します。距離とパスという概念がないため,すべての拠点を相互に直接接続する「メッシュ型」の企業ネットワークを容易に構築できます。また,通信事業者各社がIP専用あるいはIPの利用を前提としているのは,安い通信サービスを実現するためです。各社は,IP-VPNサービスを提供するに当たり,IP向けの割安な機器でサービス・ネットワークを構築して低料金を実現しました。

 ここでは,従来,企業ネットワークに使われてきた専用線サービス,フレーム・リレー(FR)・サービス,セル・リレー(CR)・サービスと比較することで,IP-VPNサービスの特徴を浮かび上がらせてみましょう。

専用線,FR/CRでは信頼性の劣るトポロジに

図2 各種通信サービスと企業ネットワークのトポロジIP-VPNサービスは,メッシュ型の企業ネットワークの構築が容易である。メッシュ型ネットワークは,信頼性,拡張性に優れる。
 WAN回線に専用線サービスを使った企業ネットワークは,一般に「階層型」トポロジとなります(図2[拡大表示]の上)。専用線サービスの料金が距離に応じて高くなるため,近くの拠点同士を順次接続する方がコストを低く抑えられるからです。しかし階層型ネットワークには,拡張性と信頼性に劣るという問題点があります。

 例えば,ある拠点間のトラフィックが増えて帯域を増強しなければならなくなった場合は,中継拠点も含めて帯域を見直す必要があります。階層が増えれば,見直しの手間とコストも増えます。また,コンピュータ・センターの新設や移転によるトラフィック傾向の変動にも柔軟に対応できません。

 信頼性に劣るという点も,この拠点中継が要因です。中継拠点で停電や災害などの大規模障害が発生した場合は,その中継拠点を経由するすべての通信が不能となる危険性があります。また,ネットワーク管理も複雑になります。2拠点間の通信に何らかの障害が発生した場合は,その間のすべての中継拠点を疑わなければなりません。ネットワーク担当者を企業の全拠点に常駐させることは困難なため,障害の実態把握に時間がかかる可能性があります。

 階層型ネットワークの問題点をある程度解決できるのが「スター型」のトポロジです。スター型にはFRサービスやCRサービスが向いています(図2[拡大表示]の中)。多重効果により,コンピュータ・センターなど中心になる拠点のアクセス回線の帯域を効率的に使って料金を抑えられるからです。距離に関係のない全国一律の料金体系を採用する通信事業者もあります。

 しかし,スター型ネットワークにも信頼性に欠ける面があります。スターの中心となる拠点に全トラフィックが集中するため,この拠点に障害が発生すると全拠点に影響が及びます。

接続するだけでメッシュ型が実現するIP-VPN

 階層型,スター型に比べて,拡張性や信頼性で優れるのがメッシュ型ネットワークです(図2[拡大表示]の下)。例えば二つの拠点間で新しいアプリケーション・データのやり取りを始め,帯域を拡張する必要に迫られたとします。この場合,そのアプリケーションを使う拠点のアクセス回線の帯域だけを拡張すれば対応できます。ほかの拠点には影響を与えません。コンピュータ・センターの移転,新設などにも即応できます。

 通信障害が発生した際も,該当する2拠点のみで対応が可能です。ある拠点で停電などの大規模な障害が発生したときも,ほかの拠点間の通信には影響しません。

 IP-VPNサービスを使うと,こうしたメリットの多いメッシュ型ネットワークを容易に構築できます。ユーザーが最寄りのアクセス・ポイントにアクセス回線をつなぎ込むだけで,同様に接続するほかの全拠点との直接通信が可能になります。そのまま完全なメッシュ型ネットワークが完成します。

 もちろん,専用線サービスやFR/CRサービスでもメッシュ型ネットワークを構築できます。しかし,これらのサービスは,一般に拠点間をつなぐパスが多くなるほど料金が加算されるため,完全なメッシュ型ネットワークを構築すると多大なコストがかかります。また,FR/CRサービスではルーターのパス設定が煩雑になるという事情も,メッシュ型ネットの構築の妨げになっています。