イーサネットや無線LANのアクセス・ポイントといったネットワーク・インフラを使わずに、端末同士が直接接続して構成するネットワークのこと。アドホックとは「その場限り」の意味である。事前にインフラを用意しなくても、まさにその場でネットワークを作り上げることができる。無線通信を使ってデータを端末から端末へバケツ・リレーのように手渡すことから、「マルチホップ・ネットワーク」とも呼ぶ。無線LANの普及に伴って注目を集め、今年に入って標準化の動きが活発化してきた。

 アドホック・ネットワークの応用分野は実に幅広い。例えば社内の会議室で、外部の人たちのノート・パソコンを接続してファイル共有をしたい場合。社内LANとは別に一時的なネットワークを構築することが容易にできる。イーサネットを敷設できないためにアクセス・ポイントが置けない場所でも、無線LAN端末で中継すれば、通信エリアを広げられる。

 オフィス以外では、複数の携帯ゲーム機を接続して多人数プレイを実現する、自動車同士が通信してブレーキ信号を次々に伝え、渋滞状況を後方に知らせるなどの使い方が考えられる。

 防災関係者は、通信インフラが途絶した場合の代替手段として注目している。米セルラー通信工業会(CTIA)と欧州電気通信標準化協会(ETSI)の共同研究「Project MESA」がその一例だ。消防士は、トランシーバの電波が届かない地下の火災現場で、こぶし大の無線LAN端末を一定間隔で置きながら進む。端末同士が自律的にネットワークを構築し、地上との間でIP電話用回線を確保する。この回線は消防士の心拍データを地上に伝える“命綱”にもなる。

 日本では、神戸大学工学部の高森研究室が国際電気通信基礎技術研究所(ATR)と共同で、無線LANによるアドホック通信機能を搭載した災害救助用ロボットを試作した。

 無線LANなどの規格策定を手掛けている米国電気電子技術者協会(IEEE)は、今年3月後半に「IEEE802.11s」タスク・グループを結成。「メッシュ・ネットワーク」の名でこの分野の規格策定作業を本格化する予定だ。インターネット関連の標準化団体、IETF(Internet Engneering Task Force)も、「MANET(Mobile Ad-Hoc Network)」委員会で関連規格の策定に取り組んでいる。

 標準化におけるテーマは主に三つある。一つ目は、伝送経路(ルーティング・テーブル)をダイナミックに組み替える技術。端末が頻繁に接続と切断を繰り返す環境を想定している。二つ目は干渉制御技術。多くの端末が参加したネットワークほど実効転送レートが落ちるため、2.4G/ 5GHzの無線帯域を併用して干渉を防ぐことを検討している。最後がプライバシ保護やフィルタリングなどのコンテンツ関連技術である。不特定多数の端末が参加するネットワークで必要となる。

(本間)