損保業界第2位の安田火災海上保険が1999年10~12月の自動車保険増収額で,2位以下に大差を付けてトップに立った。大手損保の先陣を切って,1999年10月から発売したリスク細分型の自動車保険「ONE」が大ヒットしたためだ。わずか1年あまりで「ONE」向けの関連システムを開発した情報システム部門は社長賞の栄誉に輝いた。既存のプログラムを部品化・再利用する仕組みを用意,俊敏な開発体制を確立した。

図1●損害保険上位5社の1999年第3四半期(10~12月)における自動車保険の増収額。安田火災は1999年10月に発売したリスク細分型保険「ONE」(図中の写真)のヒットで首位にたった
 安田火災海上保険の平野浩志社長は1999年11月,同社の情報システム部と,システム子会社の安田火災システム開発(東京都新宿区)に対し,「社長賞」を出した。表彰の理由は,同社が10月から発売した新しい自動車保険「ONE」向けの情報システムを,わずか11カ月で開発したこと。もちろん現場である商品開発部門との共同作業だったが,今回はシステム側にスポットライトが当たった。システム関連の案件が受賞したのは2度目,実に10数年ぶりの快挙だった。

 安田火災の情報システム部門(情報システム部と安田火災システム開発)が「ONE」のために開発したシステムは主要なものだけでも6種類ある。まず契約内容を登録(計上)する「契約管理システム」を新たに構築した。さらに代理店の販売活動を支援する「代理店システム」や,既存顧客に保険の切り替えを案内する「満期システム」に大きく手を入れた。社内で利用する実績管理システムなどにも,「ONE」向けの機能を盛り込む必要があった。

 多種多様なシステムを効率良く開発するため,安田火災の情報システム部門は「ONE」の開発を契機に,これまで商品別に縦割りだったプログラムの構造を見直して,各商品で共通するプログラムは「部品」として再利用することを本格的に始めた。部品化したプログラムは,メインフレーム用システムだけでなく,パソコン用システムにも流用する。こうした仕組みの整備により,安田火災は「新商品向けシステムの開発期間を3割程度短縮できる」(真縣まがた明人情報システム部長)という。

 安田火災の情報システム部門を統括する北村必勝常務は,「他の大手損保も同様の新商品を企画しているはずだが,いまだに発売できていない。システムの開発が追いつかないためだろう」と言い切る(196~198ページのインタビュー欄参照)。

 早期投入が功を奏し,「ONE」は広く市場に受け入れられ,1999年10月の発売以降3カ月足らずで,50万件以上の契約を獲得するヒット商品となった。この結果,安田火災は1999年度第3四半期(10~12月)における自動車保険の増収額で2位以下を大きく引き離してトップに立った(図1[拡大表示])。

スピード向上と顧客志向を徹底

図2●安田火災の中期経営計画「ACE21」のポイントと,情報システム部門の取り組み
 「ONE」のプロジェクトは,安田火災が1999年4月から打ち出した中期計画「ACE21」で掲げた,三つの経営目標をすべて包含している(図2[拡大表示])。「スピードの向上」,「優先順位の明確化」,「顧客志向の徹底」である。

 「ONE」はまさに経営上,最優先の開発案件だった。「極端に言えば開発費がいくらかかってもいいから,とにかく早く作れ,という感じだった」(北村常務)。同社は自動車の使用目的や契約者の年齢などによって,保険料に大きな差を付ける「リスク細分型保険」を大手損保の中で最初に投入することで,大幅なシェア拡大を狙った。1998年7月の料率自由化以降,外資系や異業種からの新規参入組,いわゆる「カタカナ損保」がリスク細分型保険を前面に押し出して,攻勢をかけてきたことへの対抗策でもあった。

 「ONE」の開発にあたって安田火災は,カタカナ損保の商品を模倣するのではなく,独自の工夫を随所に盛り込んだ。顧客の要望に応じて保障内容をきめ細かく変更できるようにするなど,顧客志向を徹底したという。「ONE」の商品内容を決定する際には,過去3年分の契約と事故のデータ,合わせて5000万件を蓄えたデータベースを分析し,顧客ニーズと事業採算の均衡点を探ったほどだ。

技術面でも積極果敢に挑戦

図3●安田火災が開発した,プログラムの部品化の仕組みと適用事例。入力データの整合性をチェックしたり,保険料を算出するCOBOLソース・コードを再利用することで,新商品向けのシステム開発効率を3割程度向上させた。異なる販売チャネル向けのシステムを開発する作業も楽になった
 「ONE」の成功に甘んじることなく,安田火災の情報システム部門は,ACE 21の三つの経営目標を,情報システムにおいても具体化するために積極的に活動していく。

 基幹系システムの分野では,部品化の仕組みをフル活用し,さらなるスピードの向上を目指す。「ONE」のヒットに象徴されるように,競合他社よりも素早くシステムを開発できれば,それだけ競争で優位に立てるからだ。

 「顧客志向の徹底」に向けた新たな取り組みの目玉としては,2000年4月に動かす顧客データベースがある。このデータベースには各種損保の契約データに加えて,投資信託やローン商品の契約データ,保険金の支払いデータ,事故情報といった幅広い情報を集め,顧客ごとに名寄せをした上で蓄える。

 顧客にとっては,将来,複数の金融商品を一つの「総合口座」で管理できるようになるといったメリットがありそうだ。データ件数は約4000万件,データ量は当初600GB程度だが,早い時期に1TBを超える見通しだ。

 グループの生保子会社や証券子会社の力を結集した「総合金融機関」への脱皮を目指す安田火災にとって,顧客の行動を詳細に把握することは,重要な意味を持つ。この顧客データを現場部門や代理店などが閲覧・分析することで,新商品の開発や営業活動に活用できる。

 つまり,新顧客データベースを分析して詳細な顧客ニーズを把握し,それに基づいて企画した新商品向けのシステムを,プログラム部品を使って迅速に開発する。これが安田火災が考える,今後のシステム戦略だ。

 安田火災は,新顧客データベースを動かす基盤としてマイクロソフトのWindows NTとSQL Serverを全面採用するなど,技術面でも挑戦していく。「既成概念を捨て去って次々と登場する新技術を取り入れなくては,経営が要求するスピードやコストにこたえるシステムを提案できない」(真縣部長)との考えに基づき,実績の乏しい新技術でも積極果敢に取り入れている。

図4●安田火災がメインフレームのソース・コードを流用して開発したパソコン用システムの画面例。左はWebページ(http://www.yasuda.co.jp/one/)上で提供している「ONE」の保険料試算画面。右は1999年10月から展開を進めている,代理店システム「ひまわりNetWork」のメニュー画面
 「感覚的には,以前の10倍のスピードで開発作業は進んでいった」。1998年10月,「ONE」の開発プロジェクトがスタートしたのを機に,7年半ぶりに古巣の情報システム部に復帰した源内良課長は,当時の状況をこう振り返る。「経営陣からは『一刻も早く発売せよ』と檄が飛んでいた。しかも『単に新商品を開発するだけでなく,それを販売するのに必要なシステム群もすべてきちんと整備せよ』という注文がついていた」(源内課長)。

 安田火災の情報システム部門は短期間で,これら複数のシステム整備をやり抜いた。1999年7月には「ONE」関連の最初のシステムである「満期システム」をカットオーバー。続いて9月16日には,システムセンターを訪れた平野社長が見守るなか,中核の「契約管理システム」を無事稼働させた。残るシステムも1999年10月の「ONE」発売と前後して,順次動き出した。

プログラム部品の利用を前倒し

 同じ自動車保険といっても,「ONE」と従来型の保険は似て非なるものだ。「ONE」の商品内容は従来型の保険に比べて,格段に複雑になっている。運転者の年齢による保険料区分が4段階から6段階に増えただけでなく,自動車の使用目的や,臨時運転者の有無,人身障害や車両損傷の際の保障金額によっても保険料が細かく変化する。自動車の評価額とは別に,修理保障限度額を設定することも可能になった。

 「『ONE』のような複雑な保険商品向けの契約管理システムを短期間に構築するためには,新規に開発するプログラムを極力減らすしかない」。こう考えた源内課長は,「似て非なる」従来型保険向けシステムのCOBOLプログラムから,「ONE」に流用できる部分を抽出し,それを部品として再利用する方針を固めた。

 「ONE」の開発よりはるか以前から,安田火災の情報システム部門は基幹系メインフレームのベンダーである日本アイ・ビー・エムと共同で,プログラムを部品化する研究を進めていた。開発・保守効率の向上を目指した研究で,その成果を本番システムに適用するのは2000年以降になるはずだった。しかし源内課長らは,「ONE」の短期開発という緊急事態に際して,部品化の手法を投入する時期を前倒しすることにした。

部品管理システムを新たに構築

 プログラムの部品化は,IBMメインフレーム上にある既存の契約管理システムのCOBOLプログラムから,保険内容を定義するロジックや,契約データの整合性をチェックするロジック,保険料を計算するロジックなどを抜き出して,それを単機能の部品として整理することから始めた。その結果,既存のプログラム資産には,少し手直しすれば「ONE」に流用できる部分がかなりあることが分かった。

 もちろん,「ONE」向けに新たに作成しなければならない部品も数多くあった。それでも「ゼロから開発する場合に比べて,開発工数が激減した」と源内課長は語る。契約管理システムの場合,プログラムの作成にかかる工数以上に,テストに要する工数が大きいため,「すでに正常動作が検証されている,既存システムのプログラムを流用できたメリットは大きかった」(源内課長)。

 こうして整備した部品群は,独自に構築した部品管理用の「保険商品管理システム」のリポジトリに登録していった。この管理システムはWindows NT上で動作するもので,部品の登録作業や定義作業が,対話形式で簡単にできるようになっている。

 登録したプログラム部品の数は,契約内容のチェック用部品だけでも,2000種類に及ぶ。保険商品管理システムには,膨大な数の部品同士の関係も定義されており,ある部品を変更する際に,他の部品に悪影響を及ぼさないかどうかを自動的に確認してくれる。複数部品の連携を制御するプログラムも,保険商品管理システムが自動的に引き出す(図3[拡大表示])。

作成した部品はパソコン上でも活用

 安田火災は,この保険商品管理システムに登録したプログラム部品を,インターネットや代理店,コール・センターといった各種販売チャネルで使うパソコン版の契約管理システムに流用した(図3参照)。

 その第一弾は,インターネットを使った「ONE」の保険料試算システムである(194ページの図4[拡大表示]左)。1999年10月の「ONE」発売と同時に,顧客がこのシステムを利用できるようにした。Webサーバーのパソコン(OSはNT4.0)上に置いた保険料の試算エンジンの開発に,メインフレームの契約管理システムで使ったCOBOLのソース・コードを流用し,わずか4カ月で作り上げた。

 1999年12月から本格的に稼働させた代理店向けの保険料試算システムも,メインフレーム用のソース・コードをほぼそのまま使って開発した(図4右)。2000年夏には,コール・センターの担当者が,顧客からの電話問い

合わせに応じて試算した保険料を回答するシステムも,同様の仕組みで構築する予定である。

 安田火災は「ONE」における部品化の効果について正確には測定していないが,一連の取り組みが大きな役割を果たしたことは間違いない。

 しかも「ONE」の開発を契機に,部品化の仕組みを一気に整備できた。「ONE」に続く新商品を発売したり,料率を変更する場合でも,最小限の手直しでシステムを開発できるようになった。

 安田火災は「今後投入する新商品向けのシステムは,開発期間を少なくとも3割は短縮できる」(情報システム部の井戸潔課長)と期待している。

保守コストを10分の1に低減へ

 プログラムの部品化には,システムの保守コストを劇的に減らす狙いもある。安田火災は今後,「既存システムの保守にかかる工数が,これまでの10分の1程度になる」と見込んでいる。これから激化が予想される大手損保間の価格引き下げ競争を考えると,システム・コストを含む間接費の多寡は,企業競争力に直結する。それだけに無駄なシステム・コストの削減は,情報システム部門にとって避けて通れない。

 真縣部長は「今後,システムの保守コストに見合った収益を期待できないような古い保険商品については,情報システム部門から現場部門に発売中止を要請することもあり得る」と明言する。「インターネット分野をはじめとする戦略的な新規システム開発に当てる投資を確保するためには,無駄なコストを徹底的に削減しなければならない」からだ。これは中期計画のACE21の二つ目の経営目標である「優先順位の明確化」に対する情報システム部門の取り組みの一つと言えよう。

 情報システム部門は現場部門に対してもコスト削減策を積極的に提案している。「ONE」では,保険期間中に自動車の買い換えなどによって生じた追加保険料が1000円未満の場合は,追加請求をしない設計になっている。これは情報システム部門が現場部門に提案して,実現したものだ。「追加請求で得られる保険料の総額と,少額の保険料を取り扱う事務処理コストを我々が試算して,1000円未満なら追加請求をしないほうが収益が向上することを現場部門に示した」(源内課長)という。

事前の徹底評価に基づいて最新技術を積極的に導入

 情報システム部門が今,最も力を入れている新顧客データベースの開発プロジェクトは,2000年4月の本番稼働に向けて,大詰めを迎えている。

 新顧客データベースは,蓄積する情報の量がこれまでよりも格段に増える。さらに基幹系で更新されたデータが翌朝には顧客データベースに反映される。メインフレームのオンライン稼働時間(午前9時から午後8時)とは無関係に24時間データを参照することが可能になり,使い勝手も向上する。「将来は顧客データベースの内容を,インターネット経由でお客様や代理店に公開することも,検討課題として挙がっている」と情報システム部の末広利明課長は打ち明ける。

 IBMメインフレーム上にある現行の顧客データベースは損保の契約データしか蓄積しておらず,「多様化する顧客ニーズを把握するには,情報量が不足していた」(末広課長)。データベースを利用できる時間や,最新の契約データが翌々日まで反映されないなど,データの鮮度の面でも問題があった。

 ここで目を引くのは,新技術に対する積極的な取り組みである。マイクロソフト日本法人の大三川おおみかわ彰彦エンタープライズ第一営業本部長によると,「安田火災のシステムは,NT4.0とSQL Server7.0を使った構築例としては世界でも有数の規模になる」(図5[拡大表示])。

 安田火災は,この顧客データベースを核に,分析系システムを順次整備していく計画だ。2000年9月には,やはりマイクロソフト製品を使って,顧客データの照会システムを稼働させる。現在,顧客データベースを稼働させているIBMメインフレームは,2001年秋をメドに撤去する。

 マイクロソフト製品とパソコン・サーバーを採用することで,ハードとソフトの購入費はメインフレームに比べて大幅に下がる。このため新顧客データベースの開発コストは,メインフレームを使った場合の半額程度ですむと試算している。保守コストも,メインフレームで構築した場合の4割程度になる見通しだ。「メインフレーム上にある現行の顧客データベースは,データベース・ソフトの保守料だけで年間数千万円のコストがかかっていた」(末広課長)。安田火災は,パソコンサーバーの利用で浮いたコストで,分析系システムを充実させる考えだ。

事前検証を1年かけて実施

図5●安田火災が開発中の顧客情報データベースの概要。名寄せシステムを2000年4月から,照会システムを2000年9月から,それぞれ稼働させる予定
 約4000万件の契約データを蓄える新顧客データベースは,通常ならばメインフレームか大型UNIXサーバーを使う規模のシステムだ。しかし安田火災は事前に1年間にわたって検証を続けた結果,NTとSQL Serverの組み合わせでも,「必要な処理性能と信頼性を確保できる」(末広課長)と判断した。つまり,「挑戦はするが,冒険はしない」(同)というわけだ。

 安田火災はインテルが主催するユーザー団体「ECA」に1998年5月の設立当初から参加して,パソコン・サーバーの可能性を探っていた。1998年夏からはECAの実証プロジェクトに協力する形で,当時利用していたIBMメインフレーム上の顧客データベースの名寄せ処理を,NTとSQL Serverの組み合わせで実現できるかどうかの検証を開始。できるだけ現実と同じ構造のデータベースを使ってテストとチューニングを繰り返した。その結果1998年末にはNTを使ったほうが,メインフレームよりも処理性能が向上する可能性が高いという検証結果を得ていた。

 その後も安田火災は野村総合研究所(NRI)やマイクロソフトと協力して,検証作業を続けた。そして1999年半ばに本番環境とほぼ同じデータ量やバッチ処理量でも,要求する性能を実現できることを確認し,今回の本格的な開発作業に入った。

 安田火災は,今後も前例にとらわれずに,どんどん新しい技術やプラットフォームを採用していく方針だ。1999年4月には,新技術の評価を専門に行う部署として「新技術開発グループ」を発足させた。安田火災の情報システム部と安田火災システム開発のスタッフの合計30人が,兼務で同グループにおいてインターネット関連の技術研究に従事している。

 新技術開発グループを発足させた狙いは,ベンダーに頼らずに,グループ内部で新技術を検証することにある。真縣部長は「技術ノウハウを内部に蓄積しなければ,情報システム部門の存在価値がなくなってしまう」と語る。

(星野 友彦)


企業概要●安田火災海上保険

 損害保険業界第2位。本業の収益力を示す指標「収支残率」は,2期連続で損保業界トップ。

1999年10月に大手損保の先陣を切って発売したリスク細分型の自動車保険「ONE」がヒットし,シェアを大きく伸ばしつつある。今後は,生保子会社の「アイ・エヌ・エスひまわり生命」や証券子会社「安田火災シグナ証券」などの力を結集した「安田火災グループ」として,損保を軸とした総合金融機関への脱皮を目指す。

1999年3月期の正味保険料(一般企業の売上高に相当)は9015億9900万円,経常利益は308億8100万円(いずれも単独)。2000年3月期は「ONE」のヒットもあり,大幅増益になる見通し。

環境問題や社会貢献,文化活動への積極的な取り組みでも知られており,本社ビル(写真[拡大表示]右)の42階にある「安田火災東郷青児美術館」は内外で有名。

本社所在地は東京都新宿区西新宿1-26-1。社長は平野浩志氏。1999年3月末時点の従業員は1万1319名,登録代理店は6万9843店。URLはhttp://www.yasuda.co.jp