情報システム

ITレポート(ユーザー事例)

日経コンピュータ

目標はグローバル企業への飛躍 情報システムで多面的に支援

武田薬品工業

医薬品業界最大手の武田薬品工業は,医療機関用医薬品のヒットと,市場成長率の高い米国への積極的な販売展開により,5期連続増収増益を達成。売上高で国内第1位の座を堅持している。次なる目標であるグローバル企業への飛躍を支援するために情報システム部門は,パッケージを使った迅速なシステム構築をはじめとして,グループ企業まで一体としての経営基盤の確立や新薬申請における手続きのスピード化に傾注する。

図1●武田薬品工業の業績推移。5期連続増収増益になる見込みで,輸出額も年々増大している
 10〜15年間の歳月と,200億〜300億円の費用―。これらは,一つの新薬を市場に投入するのにかかる期間とコストである。「研究・開発に着手したもののうち,新薬として実際に市場に投入できるのは6000分の1程度」(武田薬品工業の中嶌康広報室課長代理)。その中でも,他に類を見ない画期的な新薬として多大な収益源となるヒット商品を市場に投入できる確率は一層低い。だが,そうした商品を市場に投入できれば,「昨日まで中堅企業であったとしても業界トップに躍り出ることも可能だ」(同)。

 こうした厳しい競争にさらされている医薬品業界の中にあって,武田薬品工業は,国内市場における売り上げトップの座を,長きにわたって堅持し続けている。売り上げと経常利益ともに順調に伸ばしており,2000年3月期には5期連続で増収増益を達成する見込みだ(図1[拡大表示])。

グローバル化をITで支援する

 武田薬品工業の業績が好調なのは,ヒット商品を継続的に市場に投入していることに加えて,勝ち組であるという意識をまったく持たずにビジネスの強化を進めていることが大きい。「グローバル市場における位置は17位か18位程度で,まだまだ向上の余地がある」(佐藤良順情報システム部長)。

 さらなる飛躍を目指す武田國男社長の口癖は,「医薬品のグローバル企業になること」だという。国内市場はすでに,年間の売上高成長率が1〜2%と飽和状態に達しており,今後の大きな成長は見込めない。これに対して,特に米国市場はこれからも2ケタの高い成長が期待できるからだ。

 グローバル企業を目指す同社が掲げる,ビジネス上の目標は大きく二つある。一つはグローバル市場における販売力と経営基盤の強化である。そしてもう一つが,国内外において新薬の市場投入のスピードを高めることだ(178ページの図2[拡大表示])。

 IT(情報技術)はこれらの目標達成を支援する強力な武器と位置づける。佐藤部長は「もしグローバル化で他社に後れを取ることがあれば,それは情報システム部の責任」と自らを戒める。

パッケージ採用で開発期間を短縮

図2●武田薬品工業が掲げる今後のビジネス上の主な強化点と,システム部門の取り組み
 グローバル化を推進する武田薬品は,海外拠点の展開に力を入れる。同社は最近では1997年に,英国に販売拠点を,米国に研究・開発拠点の「武田アメリカ研究開発センター」を設立した。

 情報システム部の使命は,新しい拠点における業務を早急に立ち上げるため,できるだけ短期間に情報システムを導入することである。システムの企画をしてから,「できれば3〜4カ月,長くても1年以内にシステムを立ち上げなければ,グローバル市場で勝ち抜くためのスピード経営を実践できないだろう」(佐藤部長)。

 そこで打ち出した方針が,会社の業務から独自性をできるだけ排除し,市販のパッケージ・ソフトを積極的に活用することである。すでに武田薬品工業本体でも,この方針は実践されている。ERPパッケージ(統合業務パッケージ)である独SAPの「R/3」を製造,購買,在庫管理といった業務に適用し,99年1月から本格運用している。稼働プラットフォームはUNIXサーバーである。

 「欧米の医薬品メーカーの多くがR/ 3を導入しているのを見て,他社と差異化する必要のない基幹業務にはR/3を適用するのが効率がよいと判断し導入を決めた」(佐藤部長)。このときにも極力アドオンを抑えることで,1年間で稼働にこぎ着けた。ただし海外拠点については,「本体に合わせてR/3を展開するかどうかは決めていない。拠点の規模に応じて適用するパッケージを柔軟に決めていく」(同)。

 営業部隊であるMR(医薬情報担当者)の活動を支援する「MR支援システム」の構築でも,パッケージを利用した。米デンドライト・インターナショナル製の営業支援ソフト「Dendrite」の導入にあたっては,仕様を固めてから稼働まで3カ月という短期間ですませた。1350人のMRにノート・パソコンと携帯電話を配布し,1998年4月にシステムを稼働させた。

グループ経営管理システムを整備へ

図3●武田薬品工業の「付加価値創生プロセス」を支える情報システムの概要。将来は厚生省に提出する書類などを電子データ化し,新薬の申請スピードを向上させることなどを考えている
 佐藤部長が,グローバルな経営基盤を確立するために挙げる最優先の課題は,「経営トップがグループ企業全体の視点から迅速に経営判断を下せるようにすること。そのためには,グループ経営管理システムの導入が不可欠」(佐藤部長)だ。武田薬品本体とグループ企業がそれぞれもっている会計システムや販売システムなどをネットワークで結び,グループ共通の管理評価基準に基づいて経営指標データを迅速に収集できる基盤を早急に整備する。

 情報システム部門では,経営トップと一丸となって,グループ経営管理システムの企画段階から検討を進めている。例えば,グループ全体としてどのような経営指標や評価基準を用いるべきかといったことから,どのようなデータをどんなタイミングでグループ会社から収集するのか,ネットワーク・インフラをどうするのか,どんなツールを活用するのか,といったことを決めていく。

 こうした検討と並行して,グループ企業全体の情報システム・レベルを底上げしていくことも忘れない。グループ会社の中には,情報システムの整備が遅れていて,経営指標データを迅速にやりとりできない企業もあるからだ。そこで「全世界の各拠点で動いている情報システムが保持するデータ項目を統一したり,共通コード体系を整備する」(佐藤部長)。国内外での情報システムの整合性を取ることで,情報共有のスピードを高めたり,世界規模でのビジネス環境の変化に柔軟に対応できるようにする。

新薬の申請手続きを短縮する

写真1●医薬営業本部のMR(医薬情報担当者)による医師への販売活動の様子
 グローバル戦略を進めていくうえでは,国内外を問わず新薬を迅速に市場に投入できる体制を整えることも欠かせない。これに関しては,新薬の研究・開発から臨床試験,新薬の申請,販売までの一連の業務プロセス(同社は「付加価値創生プロセス」と呼んでいる)を支援する情報システムを強化していく(図3[拡大表示])。例えば,新薬の研究・開発を支援する一環として,国内外の特許情報や,化学実験情報,安全性試験情報などを蓄積するデータベースを整備し,研究者が必要な情報をいつでも参照できるようにしている。

 今後は,新薬を市場に投入する際の申請手続きに要する期間を,情報システムを活用して短縮することにも力を入れていく。現在,新薬の認可を得るために,厚生省や海外の申請機関に申請書類を紙で提出している。申請書類のフォーマットが共通化されていないこともあって,申請機関ごとに申請書類を作成しているのが現状で,「申請手続き業務の効率は決してよいとはいえない」(佐藤部長)。

 この課題をクリアするため,武田薬品は,開発した新薬に関する情報を一元管理すると同時に,申請書類をすべて電子データ化し,複数の部門にまたがる申請手続きを速めるためのワークフロー・システムを構築する計画だ。電子データを回覧するためのワークフロー・システムは,すでに社内の情報共有ツールとして実績のあるグループウエア・ソフトのロータス ノーツを使うことを検討している。

 武田薬品がこうした手を打っている背景には,業界で現在,申請書類を電子データ化する動きが始まっていることがある。厚生省や欧米の申請機関が,共通の申請手続きの文書フォーマット仕様「CTD(コモン・テクニカル・ドキュメント)」を策定しようとしているのがそれだ。

 早ければ2001年か2002年にも,CTDを用いた申請制度が運用されることをにらんで,「制度が施行されたらすぐさま対応できるように,情報体系の一元化を進めている」(佐藤部長)わけだ。研究所や新薬開発部門がそれぞれ個別に蓄積している特許情報や化学反応情報,安全性試験情報,臨床試験情報などのデータ・フォーマットを統一していく計画である。例えば「薬の効き具合などの臨床データを記録する際の用語や,コードについて共通の定義を規定する」(同)。

 佐藤部長は,CTDで交換する電子データのフォーマットは,インターネット上での次世代の記述言語と目されているXML(エクステンシブル・マークアップ・ランゲージ)になるとみている。だが,「XMLにするかどうかは単に出力形式の問題。現時点で情報体系の一元化を進めるにあたっては,さほど気にしていない」(同)という。

情報武装をインターネットで強化

 医薬品を病院に売り込んだり,医師の意見を新薬開発などにフィードバックするMR(医薬情報担当者)の支援も,情報システム部門の重要な役割である。すでに同社の1350人のMRは全員,ノート・パソコンと携帯電話を携行して営業活動に取り組んでいる。ノート・パソコンに搭載したMR支援システムを使って,医薬品に関する有効性・安全性情報,副作用情報,医薬品の販売情報を参照したり,スケジュール管理,経費精算などの業務を行う(写真1[拡大表示])。MRが本部に報告した営業の成功事例を,ノーツ上に掲示して参照できるようにすることでノウハウを共有する体制も整えた。

 同社がMRの情報武装をさらに推し進めるために,注目しているのがインターネットである。「インターネットの世界中のサイトに散在している,業界に関する情報,武田薬品やライバル他社の医薬品に関する評価情報などを収集して整理し,マルチメディア・データなどを使ってMRに提供できるようにしたい」(佐藤部長)。

 現在は,同社の医薬情報部門の担当者が,MRに提供する情報を収集して,手作業でデータベースを更新したり,MRが活用しやすい形にするようメンテナンスしている。インターネット上での情報収集から加工までの一連の作業を自動化するシステムを構築できないかどうかの検討を進めている。ただし,「現時点ではこうした目的に見合った製品はまだ見つかっていない」(同)。

ビジネスの視点でITを活用へ

 佐藤部長は,情報システム部門自らのあり方についても真剣に考えている。今後は,「ITに関する専門家という地位に甘んじるのではなく,ビジネスの視点からITを活用できる『ビジネス・エンジニア』としてのスキルを備えた人材が必要になる」と強調する(図4[拡大表示])。「従来のように利用部門からの要望に対応するだけの受け身的な姿勢ではなく,武田グループ全体の経営状況やビジネス課題を理解して,それをITという武器を使ってどう構築すべきかを考え,提案できる集団にしたい」(佐藤部長)。

図4●今後の武田薬品工業の情報システム部門が進むべき道。ユーザー企業のシステム部門として,IT(情報技術)だけでなく,業務知識も備えた人材を育成することを重視している
 ビジネス・エンジニアの育成に不可欠な業務知識を身に付けさせるための手も打ち始めた。「現場の仕事ぶりを直接肌で感じてもらうために,システム担当者を経理部門や医薬情報部門などほぼすべての現場に送り込んで,実際に担当者と机を並べて,システム企画などの仕事をさせている」(佐藤部長)。こうした策が功を奏して「ビジネス・エンジニアとしての素養がある優秀な人材が何人か出てきた」(同)という。こうした人材は,プロジェクト・リーダーを任せ,利用部門との交渉,システム企画,開発などで責任の重い仕事を任せるようにして,飛躍のチャンスを与えている。

 技術面のスキルに関しては,システム・インテグレータ(SI)やベンダーとのパートナシップを強化していくことで対応する考えだ。現在は大小含めて約30社と取引があるが,今後はこの数を絞ることも検討している。1社に任せる仕事を増やすことで「深く長くつきあうようにする」(佐藤部長)。場合によっては,情報システム部門とSIの間で「相互に出向を受け入れるような人事交流を行って,ITスキルや業務知識に関するノウハウを共有するなど互いにメリットを生み出していきたい」(同)。

(戸川 尚樹)


企業概要●武田薬品工業

 医薬品業界の国内最大手。国際競争力の高い医療機関用医薬品を市場に投入している。特に,前立腺ガン・子宮内膜症などの治療剤「リュープリン」や抗かいよう剤「タケプロン」などの「国際戦略製品」を国内外の市場に投入し,好調を持続させている。

 海外の販売拠点は,1978年のフランスを皮切りに,85年に米国,97年に英国などに設置。海外における初の研究・開発拠点として88年に「武田欧州研究開発センター」を,97年には「武田アメリカ研究開発センター」を設立した。

 業績は単体,連結それぞれの売上高,経常利益が順調に推移。2000年3月期にも増収増益を見込む。経常利益率は23.7%と過去5年間で最高になる見通し。

 本社所在地は大阪市中央区道修町4丁目1番1号。社長は武田國男氏。1999年3月期の社員数は9139人。2005年末までに,7500人にまで人員を削減する計画である。

 [2000/01/31]
出典:2000年1月31日号  176-179
(記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

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