カジュアル衣料品店「UNIQLO」を全国展開するファーストリテイリングは12期連続で増収増益を達成,1999年8月期決算の売上高は1000億円を突破した。ファーストフード店から着想を得て,商品の企画・開発から生産・販売まで一貫して取り組める事業システムを確立,商品の低価格化と大量出店を可能にした。さらに同社は,次世代の事業システムの検討に着手しており,2年後をめどに情報システムも大幅に作り直す計画だ。

図1●ファーストリテイリングの業績推移。1999年8月期の売上高は対前年同期比33.6%増になった
 ファーストリテイリングは1999年10月,「リテール開発センター」という新しい組織を東京都渋谷区に設置した。リテール開発センターの当面の役割は,情報システムの開発である。同社の情報システム部門である「業務システム部」は本社と同じ山口県山口市にある。このため,リテール開発センターは東京に本社を置く情報技術(IT)ベンダーとの窓口役も務める。

 しかし,リテール開発センターで「開発」するのは情報システムにとどまらない。近い将来,同社はこのセンターを核に,大学や外部のコンサルタント,システム・インテグレータなどと協力関係を築き,次世代の小売業が備えるべき新たな事業システム(事業の仕組み)を創り出す考えだ。例えば,データベース・マーケティングの手法や顧客が商品を買いやすい売り場を研究し,顧客の視覚に訴える効率的な商品の配置などを考えていくという。

 戦略的な役割を担うリテール開発センターを増強するため,同社は情報システム担当者を積極的に採用する考えだ。柳井正社長は,「最終的に本部に所属する社員の半分は情報システムが分かる社員にしたい」と言い切る。新しい事業システム作りを担当する人間は,情報システムの基本を理解していなければならないからだ。

図2●ファーストリテイリングの店舗数と1店舗当たりの売上高の推移。店舗が増加しても1店舗当たりの売上高は一定の値を維持している
 堂前宣夫常務経営企画本部長は,「情報システムの基礎知識に加えて,業務の仕組みを理解できる人材」を採用したいと語る。いきなり,情報システムを導入するのではなく,まず業務の理想像を頭に思い浮かべ,実際に業務を進める現場で細かい点を詰める。その上で最終的に情報システムを作る。こうしたアプローチができる社員を増やすという。

 「これまで情報システム関連の人材を採用しようとしても,勤務地が本社がある山口市になるため,優秀な人材をなかなか集めにくい面があった。リテール開発センターを東京においたことで,今後は情報システム関連で15~20人を採用する」(堂前常務)。

事業システムの改革にこだわる

 柳井社長や堂前常務は,「事業システム」や「業務の仕組み」といった表現をしばしば使う。事業システムを作り上げ,それを改善し続けることが同社の強さの源泉と確信しているからだ。

 実際,同社は幅広い年齢層に向けた安価な商品の供給と,大量出店を実現するために,商品の企画・開発・製造・販売までを一貫して手がけるユニークな事業システムを確立した。これはファーストフード店の経営手法を衣料販売に応用したもの。ファーストリテイリングの「ファースト」は,ファーストフードに由来している。この事業システムにより,アパレル業界が不況に苦しむ中にあって,ファーストリテイリングは急成長を続けている(図1[拡大表示],図2[拡大表示])。

 しかも,同社は大成功を収めた事業システムのさらなる改革に取り組んでいる。今後2年間をかけて事業システム全体を見直し,新しい事業システムに合わせて情報システムも再構築する計画だ。リテール開発センターは事業システムの改革を担う戦略組織というわけだ。

ファーストフード店の仕組みを導入

写真●東京都渋谷区にあるUNIQLO原宿店
 ファーストフードはだれでも,気軽に食べることができ,大抵の場所に店がある。UNIQLOが販売するカジュアルウエアは,ほかの衣料品に比べると日常的に着用するものばかり。しかも,若者だけでなく幅広い年齢層をターゲットにデザインしてある。男女関係なく着ることができる商品も数多くある。

 手ごろな価格の商品を大量販売するという点もファーストフード店と同じだ。この冬に発売したフリースは1900円という値ごろ感がうけて,たちまち品切れになった。店舗数は現在,ファーストフード店の出店を思わせる勢いで伸びている。2000年8月期までに65店舗,2001年末までに100店舗増やし,500店体制を実現する計画である。「これまで多かった郊外型店舗だけでなく,都心部,ショッピング・センターや駅ビル,量販店の中など,あらゆる立地に進出する」(柳井社長)。都心部進出の第一弾として,1998年11月に東京・原宿店をオープンした(126ページの写真[拡大表示])。

 低価格商品と大量出店を実現した手法もファーストフード店から学んでいる。まず,商品を企画・開発してから生産・販売する一連の流れをすべて同社自身でコントロールしている。同社の業種は,「製造小売り業(SPA)」と呼ばれ,衣料メーカーが企画・製造した商品を仕入れて販売する,通常の小売業とは大きく異なる。

 商品の企画から製造,販売までを一貫して手がけることによって,顧客ニーズを迅速に商品に反映したり,徹底したコスト・ダウンを実現できる。商品を製造している中国の提携工場は自社のコントロール下にある。店舗も394店舗のうち9割以上が直営店で,フランチャイズ店はごくわずかだ。店舗レイアウトを全店で統一し,マニュアルを整備することによって業務の標準化を進めている。

 直営店の販売状況を基に柔軟な販売施策を採る点もファーストフード店と同様である。例えば,ある商品の売れ行きが不調で大量に在庫が余ると予想される場合は,価格を下げるシュミレーションを実施する。価格をいくら下げたらどれくらい売れるか,といったことを予測。これに基づいて各店舗に価格改定の指示を素早く出す。また,同社はPOSデータや各店舗の店長が現場で感じた意見を集約し,商品開発に反映させている。

図3●ファーストリテイリングが進める事業システム改革の二本柱
 柳井社長は同社を創業した当初から,ファーストフードの仕組みの応用を考えていたという。「顧客のニーズにこたえることを最優先に考えた結果,通常の小売業のスタイルでは不十分と分かった」(柳井社長)。

将来をにらんで業務改革を開始

 ファーストフード店に学んだ事業システムを確立したことで,ファーストリテイリングの業績は急伸した。だが,柳井社長は,「まだまだ課題は多い」と気をゆるめない。柳井社長は同社の最大の課題として,「商品が売れ過ぎて,物理的な生産が追いつかず欠品が多い」ことを挙げた。今シーズンを例にとると,大人気のフリースは生地があれば1カ月程度で追加発注できるものの,生地がなくなってしまった場合は2カ月程度かかるという。

 この課題を解決し,さらに発展を目指すために,同社は1998年6月から「ABC(オール・ベター・チェンジ)推進」と呼ぶ業務改革プロジェクトを実施している。ABC推進は,顧客のニーズの変化に応じて,「商品」,「売り場」,「プロモーション」などすべてを見直し,顧客に継続的に支持される革新的なビジネス・モデルを確立することが目的である。

 ABC推進は事業システムの改革と人事評価システムの変更からなる。人事評価システムは3カ月ごとに自己目標を立て,達成できたかどうかを上司と話し合うようにした。「目標が達成できない場合は,いつまでたっても給料が上がらないこともある」(堂前常務)。

図4●ファーストリテイリングが再構築を進めているサプライチェーンの概要。商品を自社で企画・製造・販売する強みを最大限に生かすため,需要予測を週次で修正するようにする
 事業システム改革は,「サプライチェーンの再構築」と新しい顧客接点の仕組みを考える「ニュー・プロトタイプの創造」が2本柱である(図3[拡大表示],図4[拡大表示])。情報システムもこれに合わせて再構築を進めていく。1年後をめどにサプライチェーン関連の情報システムを再構築し,2年後には店舗関連システムなど顧客の接点に関する情報システムを作り替える考えだ。

 同社は基本的な業務を処理する一通りの情報システムを持っている。だが,「サプライチェーン全体を見わたした場合,既存システムは人手に頼っている部分が多い。再構築を通じて,手作業の部分をシステムに載せていき,サプライチェーンの業務プロセスから手作業をなくしていく」(堂前常務)。

生産管理システムを強化

 同社が目指すサプライチェーンの最終目標は,「商品の形・色・サイズといった最小単位ごとに販売数と生産数を一致させること」(堂前常務)だ。この先1年でまず取り組むのは生産管理システムである。

 「生産管理の部分はシステム化がしやすいとみている。販売戦略の決定や需要予測などに比べて,人手が入る部分が少ないからだ」(堂前常務)。新しい生産システムでは,生地の在庫量や加工が始まった商品の量,完成品の在庫などを逐一把握する。さらに,物流面についても,荷受や検品処理を商品の最小単位で管理できるようにする。

 生産管理と物流システムを再構築することで,同社はより一層の販売と生産の一体化を目指す。「たとえるなら,店舗で商品を販売していて,その裏では商品を作っている感じにしたい」と堂前常務は説明する。

「顧客接点」の改革も開始

 さらに,同社はサプライチェーンに加え,顧客と接する業務についても改革に取り組む。「ニュープロトタイプの創造」と呼ぶもう一つの柱では,顧客に継続的に支持を得られるビジネス・モデルを確立することを目標にしている。

 具体的には,顧客との接点となる,「商品」,「店舗担当者の販売行動」,「売り場」,「各種のプロモーション」といった要素をすべて見直していく。おそらくリテール開発センターで,より効率的でかつ顧客のためになる販売行動などを研究していくことになる。

 今後の予定としては,店舗の発注システムにも変更を加え,店舗が指定した色やサイズの商品を入荷する仕組みを取り入れていく。「店舗側は顧客が必ず欲しいと思う色とサイズが分かっている。これを必ず店に置けるようにする」(堂前常務)。現行では商品の補充で,ここまで細かい指定をすることができない。

データ・ウエアハウスを最初に構築

 現在進めているサプライチェーンの再構築に先だって1999年6月に大規模なデータ・ウエアハウスを構築した。「店舗ごとに,サイズ・色別の商品の最小単位で,販売量が分かるシステムが絶対必要。このため,まず最初に構築した」(堂前常務)。従来もPOSデータを分析するデータ・ウエアハウスを持っていたが,大量のデータが扱えない,検索速度が遅くさまざまな切り口でデータを分析するには使い勝手が悪いといった問題点があった。

 各店舗のPOSレジから本部へ毎日送信される売り上げ情報などをデータベースに蓄積し,商品企画や経理などの部門の担当者がパソコンを使って検索・分析することが可能である。

 このデータ・ウエアハウスは,新しい商品の企画を練るときにもフル活用されている。「前年同時期の商品の売れ行きなどを参考にすることが多い。さらに,週単位・月単位などの時間別や,店舗・県などの地域別に分析をすることもある」(岡田章二業務システム部長)。店舗側ではさまざまな視点から分析のニーズが出ており,こういった場合も簡単に対応できる。さまざまな分析を繰り返すことで「商品の形・色・サイズといった最小単位ごとに販売数と生産数を一致させる」という最終目標に近づける努力をしている。

 サーバーにはデルコンピュータのWindows NTサーバーを,データベースにはOracle8を採用。ハードディスク容量は1テラ・バイトで,この中に約3年分のPOSデータを蓄積できる。各店舗向けには,前日の売り上げ実績など定型的な分析結果をWWWページとして提供し,店舗の担当者がWWWブラウザで閲覧できるようにした。

業務の仕組みの確立を優先

 システムを導入するにあたって,ファーストリテイリングは常に業務を第一に考えている点に強いこだわりがある。「“こうしたい”という将来の業務の理想を思い描いて,業務の革新のためにシステムを導入していかなければだめだ」(堂前常務)という。

 事業システム改革における,同社の情報システムの導入にはまず業務を固めることから始める。最初は表計算ソフトのExcelなどを駆使しながら,現状の業務をこなすことから始まる。例えば商品の売れ行きが不調なために価格を下げる計算をするシステムでも,「Excelに複雑なマクロを組み合わせたものでシュミレーションをしている」(堂前常務)。

 同社ではこういった苦労を経たのちに,ようやくシステム化となる。システム導入前に試行錯誤を重ねているため,システムが入るころには問題点も全て出る。業務の最終形を決めて,その後にシステムを構築するので「システム開発における手戻りはほとんど発生しない」(岡田部長)と胸を張る。

開発の丸投げは絶対にしない

図5●ファーストリテイリングの店舗「UNIQLO」と山口市の本部を結ぶネットワーク構成。NTT PC コミュニケーションズのVPNサービス「NNCS」を利用して通信コストを削減した。POSデータの送信やイントラネットを使った店舗向けの情報提供,電子メールなどに利用している
 ファーストリテイリングのシステム開発でもう一つの特徴的なのが,システムを展開するときに必ず自社の業務システム部がシステム・インテグレーションを担当することだ。「どこかに丸投げをするようなことは絶対しない」(岡田部長)。これには関連するベンダーを自社のコントロール下に置くことで,手戻りや不明なコストの発生を抑さえるねらいがある。

 1999年11月から本格稼働させた店舗向けのイントラネットを支えるネットワークも,業務システム部がすべてインテグレーションを担当した(図5[拡大表示])。

 このネットワーク構築ではNTT PCコミュニケーションズ(NTT PC,東京都港区)が提供するVPNサービス「NNCS」を利用するため,全国の店舗で利用していたTA(ターミナル・アダプタ)をNAT(ネットワーク・アドレス・トランスレータ)機能付きのものに変換する必要があった。この作業を担当した業務システム部の恒元陽一郎氏は,まず各店舗での作業マニュアルを作成し,実際の作業をNECフィールドサービス(東京都港区)に依頼した。

 自社でインテグレーションを担当するには苦労がある。今回のネットワークの構築でも「実際に作業をする業者が店舗でスムーズに作業を進められるようにマニュアルを作成した。これには細心の注意を払った」(恒元氏)。

 TAを入れ替えた店舗は,建築した時期によって店内のネットワーク構成が微妙に異なる。こういった違いをあらかじめ把握して,それぞれに指示を出す必要があった。最終的には最初にNTTに依頼し店内の配線を整理した後で,NECフィールドサービスの担当者がTAの導入作業やパソコンの設定をすることで解決した。

 新しいネットワークによりコストは同じままで従来の約5倍のデータ量を店舗間で流せるようになった。

(坂口 裕一)


企業概要●ファーストリテイリング

 カジュアル衣料販売店「UNIQLO」を全国に展開する。商品の企画,製造,販売を一貫して手がける手法が成功し,12期連続で増収増益を達成。1999年8月期の売上高は1110億8100万円,経常利益は141億6500万円。1999年12月時点の店舗数は394店,9割以上が直営店である。

 本社は山口県山口市にあり,東京ドームの約2倍ある敷地内に事務棟のほか,宿泊棟やテニスコートなどを備える(写真[拡大表示])。

 商品デザインを担当する事務所を東京都渋谷区原宿に持つほか,1999年10月に情報システムの開発を担当する「リテール開発センター」を渋谷区青山に開設した。1999年2月に東京証券取引所市場第一部に株式を上場。社長は柳井正氏。従業員数は757人。URLはhttp://www.uni-qlo.co.jp/


会社は情報システムそのもの

柳井 正 社長

問 経営に情報システムをどう位置づけているか。

 会社は物ではなく,情報を流すことによって成り立っている。言ってみれば会社自体が情報システムそのものだ。広い意味のシステム,つまり会社の仕組みを作ることができる社員を増やしていきたい。情報システムの基本が分かっていない人とは,一緒に仕事ができない。

 ただ,情報システムが万能とはまったく思わない。情報システムは人間がすると時間がかかる大量処理をやってくれるにすぎない。情報システムを入れたから仕事ができるようになると考えるのは間違っている。まず業務をきちんと固め,それから業務処理を情報システムに置き換えていく。

問 ERPパッケージ(統合業務パッケージ)は使わないのか。

 我々のように今後さらに成長しようとしている企業が,よそのビジネス・モデルを参考にしてどうするのか。企業の将来は自分たちで切り開くものだ。卓越した企業を目指すなら,ERPパッケージなど利用すべきではないと思う。もっとも,企業全体をコントロールしにくい大企業にはERPパッケージは役立つかもしれない。

問 システム投資の方針はあるか。

 カネをかければ,いい情報システムができる,というのは間違いだ。「売上高の何パーセントをシステム投資に回すべき」などと考えては,ベンダーの思うつぼ。むやみに金をかけず,3~5年で償却して,それを上回る利益を出せるように努力すべきだ。現在,結果として売上高の0.5~1%をシステム投資に回している。

問 エレクトロニック・コマースをどう見ているか。

 当社の店舗が近所にないという方から,エレクトロニック・コマースに対する要望は確かに来ている。ただ,他社のインターネット・ビジネスを見ていると投資ばかりで利益が上がっていないものもある。費用対効果を考え,顧客のためになり,なおかつ利益が出る形で実施することを検討している。