2次元コードやFeliCaを使った集客、GPSを使った配送管理、デジタル・カメラの写真を使った廃棄物処理の遠隔承認――。携帯電話がビジネスに根付き始めた。急速に進化し続ける携帯電話を使いこなせば、今までパソコンやPDA、専用業務端末では実現しづらかったことが、手軽に、そして低コストで可能になる。基幹システムの見直しや膨大な投資をしなくても、使い方次第で大きな効果が得られる。その底力と活用術を探った。

(河井 保博)

 「携帯の利用頻度が高い20代~30代を中心に、新規顧客を数万人規模で獲得できる」、「Edyユーザーが一気に広がり、Edy優待で顧客を囲い込むチャンス」、「自社開発すれば数十万円はかかる機能を数千円以下で手に入れて、コスト削減効果は年間数千万円」、「業務フローが根本から変わり、人件費を大幅圧縮」…。いずれも、最新の携帯電話を活用することで効果を見込んでいる、もしくは、すでに業務面で大きな効果を上げた企業の声だ。

 携帯電話の契約台数は8000万台を超え、一人1台に近付いた。そのうちインターネット接続機能を備える契約が約90%と、インターネット対応比率が主要国で最も高い。そのような状況にある携帯電話のビジネスへの活用が今、大きく飛躍しようとしている。

図1●パソコンやPDA、業務用端末などでは実現しづらいことも、携帯電話なら手軽かつ低コストで実現できる

 トリガーは、携帯電話が備え始めたさまざまな新機能である。2次元コードの読み取り機能や非接触型ICカード「FeliCa」、GPS(全地球測位システム)などを搭載。画面サイズの拡大や、アプリケーション処理能力の大幅向上、搭載カメラの画素数アップなどと併せて、これまでにない使い方が可能になった。多くの人が携帯電話を日常的に使っており、新たな教育なしに違和感なく利用できることも大きい。パソコンやPDA(携帯情報端末)では実現しづらいことが、携帯電話でなら手軽かつ低コストで実現できる(図1[拡大表示])。

 さらに昨年11月にKDDIが先鞭をつけた「パケット定額制」で、データ通信については料金を気にせずに利用できるようになったことが、携帯電話のビジネス活用を後押しする。

顧客囲い込みはもう始まっている

 携帯電話のビジネス活用は、大きく2種類に分けられる。一つは、携帯電話の所有者向けにサービスを展開することで集客力を高め、顧客を囲い込むというもの。もう一つは、社内業務で携帯電話を使うというものだ。

 冒頭のコメントの最初の二つは、顧客誘導/囲い込みの例である。8月中にも「ケータイアプリバンキング」という新サービスを始める東京三菱銀行の吉川 徹EC推進部門IT事業部事業第二グループ主任調査役は、「データ容量が拡大したり、2次元コード読み取り機能を備えた最新の携帯電話向けのバンキング・サービスを強化してサービス品質を高めれば、若い人たちを中心に数万人規模の新規顧客を獲得できる。取引量の増加も見込める」と、携帯電話の活用に期待を寄せる。

 全日本空輸(ANA)やエーエム・ピーエム・ジャパン(am/pm)などは、2次元コードやFeliCaといった携帯電話の機能を活用した顧客向けのサービスを提供し、顧客の囲い込みを狙う。am/pm広報部は、「今までICカードの形で発行されたEdyカードはざっと400万枚。FeliCa搭載の携帯電話が広がればEdyの潜在ユーザーは数千万に膨らむ。割引などのEdy優待で多くの顧客を囲い込める」と語る。携帯電話が顧客を引き寄せる武器になる。

新機能で業務効率向上とコスト削減

 社内システムでの携帯電話の利用は、1999年のiモードの登場で一躍脚光を浴びた。いつでもどこでも待ち受けることができ、必要に応じて即座に通信できるという機動性や、端末の安さが魅力的だったからだ。ただ、確かに一部のユーザーが有効活用したが、大ブレイクとまではいかなかった。

 それが、携帯電話の新しい機能によって、当時は思いもよらなかった使い方のアイデアが生まれ、業績アップやコスト削減への突破口を開いた企業が相次ぎ登場している。

 今年5月、GPS対応の携帯電話を活用したタンクローリーの勤怠管理システムを構築した昭和シェル石油は、その1社だ。携帯電話で動くBREWアプリケーション、GPSなど、最新の携帯電話だからこそ実現できた。販売業務部運輸企画課の清水哲郎氏は、「新システムの活用で配送スケジュールを見直せば、年間で数千万円ものコストを削れる可能性がある」と、効果の大きさを語る。

 リフォーム工事などを手掛ける前田建設工業は今年6月、カメラ付き携帯電話を産業廃棄物の遠隔承認に活用し始めた。大竹利幸 土木本部土木技術部建設環境グループ課長によれば、「廃棄物回収のたびにわざわざ人が現場に出向く必要がなくなり、人件費を大幅に圧縮できる」という。

 医療機器メーカーのテルモは今年2月、MR(医薬情報担当者)が携帯電話からサンプル品の注文を申請できる仕組みを構築し、「納品までのリードタイムを半分に短縮できた」(三戸靖浩 営業統括部管理部IT推進チーム主任)。ここでは携帯電話の従来の機能しか使っていないが、病院に貸し出した医療機器の返却処理に、携帯電話の2次元コードを活用した。機器番号入力の間違いが減り、MRは空いた時間を営業に充てられるようになった。

失敗しても損失はない

 携帯電話のビジネス活用で注目すべきは、投資が少ない点である。基本的にユーザー・インタフェースを変えるだけで、バックエンドの仕組みにはほとんど手を入れずに済む。端末コストも安い。

 昭和シェルの清水氏は、「GPSに対応した専用端末の開発も検討したが、1台当たり数十万円は下らない。携帯電話なら1台数千円。機種によってはタダ同然だ」と、携帯電話の端末コスト面のメリットを強調する。

 オーディオ/ビジュアル事業の業績が2ケタ成長に転じたという、ヤマハの販売子会社ヤマハエレクトロニクスマーケティング(YMEJ)。その原動力の一つは、営業スタッフへの指示や連絡、スタッフからの報告を、携帯電話を使って行うようにしたシステムだ。開発コストは、「比較的単純な仕組みを目指したこともあって、0.5人月」(ヤマハの日原直洋 情報システム部情報システムサポートセンター主任)にすぎない。それでも、YMEJの永井春夫 営業統括部長は、「営業にとっては、本社で進んでいる基幹システムの刷新よりよほど大きな効果がある」と有用性を認める。

図2●携帯電話は高機能化が進み、ビジネスのさまざまな場面で利用できるようになった

期待かかる、さらなる機能拡張

 携帯電話の進化は目覚ましい。ビジネス活用の新しいアイデアがわきそうな新機能が、これからも登場してくる。例えばパソコンに搭載されているのとほぼ同等の機能を持つフルブラウザ、携帯電話を企業内での端末として利用できる無線LAN、携帯電話のデータをネット上のアプリケーションと連動させられる言語SyncMLを使ったデータ同期、携帯パケット網を使って広域のトランシーバを実現できるPush-To-Talk(PTT)などだ(図2[拡大表示])。

 フルブラウザを使えば、既存の社内Webシステムすべてを自由に利用できる。携帯電話向けシステムの高機能化が、今まで以上に容易になる。無線LANは、NTTドコモが企業向け端末としてFOMA/無線LANデュアル端末「N900iL」(NEC製)に実装し、9月にも発売する。IP電話機能を併せ持ち、企業の内部では無線LANを介して、無料のIP電話を内線として使える。社内のWebサーバーにも無線LAN経由で高速アクセスできる。ユーザーの在席状況(プレゼンス)と組み合わせた活用も可能になる。

 前述したように、携帯電話のビジネス活用は低コストで大きなリターンが期待できる。今、どのような活用をすれば、どんな効果が得られるか。今後登場する機能にはどのようなものがあるのか。そこに、競合他社との差異化のヒントが隠されている。