「安い」、「速い」、「上手い」がシステムの開発や運用に求められ始めた。コストを抑えながら、競合他社に負けないスピードで開発する。ユーザーの利用率を上げるような魅力も欠かせない、というものだ。「信頼性」や「安全性」を優先してきた情報システム部門は、その必要性を認識しても、なかなか対応できない。しかし、実はこのキーワードを実践している企業群がある。楽天やヤフー、グーグルといった勝ち組ネット企業である。非常識にも見えるネット勝ち組のやり方に、学ぶべきことは多い。

(中村 建助、坂口 裕一)

 「われわれ新参者に比べて、はるかに高いレベルでシステムを運用していると思っていただけに意外だった」――ここ1~2年、東京証券取引所、大阪証券取引所、ジャスダックのシステムが取引量の急増などに対応できず、相次いでダウンしてしまった件に、ネット証券最大手である松井証券の中村明常務取締役システム部長は驚きを隠さない。

 もちろん、ネット企業のシステムが完ぺきなわけではない。不特定多数を対象としたビジネスを展開しているだけに、大量のアクセスに耐え切れずにシステムがダウンした事例は少なくない。アプリケーションの不具合が原因で、顧客に迷惑をかけたケースもある。

 ベンチャーが多いネット企業には、システム構築や運用についてのノウハウの蓄積はない。それでも、システム投資に対する姿勢は、一般企業に比べてシビアである。

図1●勝ち組のネット企業の共通項
 あるジャンルでトップを走っていたとしても、市場が流動的で、顧客がえてして移り気なインターネット社会では、いつ何どき競合他社に後れを取ることになるか分からない。一度離れた顧客は、なかなか戻ってこないと言われる。一方で、経費の大半をシステム投資や運用費で占めるため、システム関連費用の増加は、そのまま利益減少に直結する(図1[拡大表示])。

 そのためネット企業各社は、いかにシステムに対する投資効率を上げるかに心血を注ぎ、業績が上がっても手綱を緩めない。むしろ業績が好調なときこそ、システム・コストの削減や開発期間の短縮を推し進めている。常識にとらわれず、良いと思えば新しい試みにも果敢に挑む。

 システム投資にシビアにならなければならないという状況は、もはやネット企業に特有のものではない。一般企業でも同様だ。その意味で、ネット企業に学ぶべき点は多い。

コスト削減のためにIT要員を3倍に

 “勝ち組”と言われるネット企業を数多く取材した結果、三つのキーワードが浮き彫りになってきた。「安い」、「速い」、「上手い」――である。具体的には、システムのコスト、開発のスピード、だれでもが使いたくなる魅力のあるシステムをつくるという三つの面で、一見、非常識とも思えるアイデアを実行している。

 例えば楽天。わずか13店舗が利用する電子商取引サービスだった「楽天市場」には、いまや1万3000社が参加している。

 楽天市場を利用して売買される商品の取引総額は2003年12月期で1283億円と、設立7年目にして1000億円を超えた。さらに三木谷浩史代表取締役会長兼社長は、「1兆円規模にまで拡大させたい」と公言する。

 ただ、取引総額が増えれば利益も増えるとは限らない。楽天の売り上げは、楽天市場に出店した企業の手数料で決まる。手数料は基本料金プラス売り上げに対する従量課金制。売り上げと取引総額が比例して伸びる同社の場合、取引総額が増えれば売り上げも増える。しかし、出店社が増え、取引が活発になればシステムを増強しなければならない。

図2●楽天の現在のシステム・コストと将来の計画。三木谷社長の掲げるハードルは高い
 実は2002年、同社のシステム投資額は楽天市場の取引総額の3%に近づいてしまった(図2[拡大表示])。この数字だけではピンとこないが、前述した利用者からの手数料を合計すると、取引総額の2~3%になる。すなわち、システム・コストが手数料をすべて食い尽くしかねない状況だった。

 同社は矢継ぎ早に対策を採った。2002年7月にCIO(最高情報責任者)に就任したばかりの吉田敬システムインテグレーション本部長は、開発体制を見直して開発要員を従来の3倍に当たる180人にした。

 一見すると、コスト削減とは矛盾した、非常識な対策に見える。しかし、「作業環境を充実させることで、システムの品質が上げる。そうすれば、不具合やトラブルが減少し、結果としてシステム・コストを削減できる」(楽天)と判断した。まさに、一つ目のキーワード「安い」の実践である。

さらに0.6%まで下げる

 この判断は正しかった。開発案件の一元管理やハード、ソフトウエアの見直しなどもあって昨年のシステム・コストは2%前半まで低下。楽天単体で見れば、今年のシステム・コストは昨年を絶対額で下回る可能性が出てきた。

 楽天の内情を知るあるベンダー幹部は、「素人集団に近かったベンチャーが、一人前になった。設立当初は? と思うようなことも多々あったようだが、外部に任せずにシステムを開発できるようになった」と話す。

 しかし、三木谷社長は満足していない。今年2月19日に東京証券取引所で行った決算説明会で本誌の質問に対して三木谷社長は、「(システム・コストの対取引総額の比率を)0.6%まで引き下げる」と宣言した。

 楽天以外にも、勝ち組ネット企業が採る非常識なコスト削減策は数多くある。複数のベンダーを徹底して競わせたり、広帯域の通信回線を確保しやすい東京にあったデータセンターを、あえて地方に移転したり、などだ。

3分の1がエンジニアでも開発遅い

 二つ目のキーワード「速い」は、企画や開発のスピードである。ネット・ビジネスは同じ分野で複数の勝ち組が存在することは少ない。最近では他の分野もその傾向にあるが、特にインターネットの世界では、先行者利益が大きい。そのため他社よりも早く新しいサービスを提供するために、開発の効率化を進めている。

 楽天と並んでネット企業の勝ち組として挙げることができるヤフー日本法人も、楽天同様に社内にエンジニアを数多く抱えている。その理由は、コスト削減よりも開発の効率化だ。

 ヤフーの井上雅博代表取締役社長は、「とにかくページビューを増やすこと。金は後からついてくるというのがヤフーの信念。これはずっと変わらない」と語る。大量のエンジニアを内部に抱えているのは、それがページビューを増やす上で、最良の策だと判断しているからだ。

 同社は会社設立時から、内部のエンジニアがシステムを開発する体制を貫いてきた。現在も、850人の社員の約3分の1に当たる300人弱がエンジニアである。それでも西牧哲也システム統括部長は「エンジニアは常に不足している」と嘆く。そのため、ヤフーは今年4月から、初めて約100人の新卒学生をエンジニアとして採用することを決定した。

 最近では、日本だけでなく、世界のヤフーのエンジニアと交流を深めて、開発の効率化を進めている。例えば昨年10月には日本で、全ヤフーの開発者会議を開催。アジア地区を中心に世界の10の国と地域から約50人が集まり、新たな技術や最新の技術動向について、2日間にわたって議論した。

図3●Yahoo!JAPANの月間ページビューとハードの購入代金を中心とする工具器具備品資産額の推移。2003年末には1日のページビューが6億9000万を超えた。こうした状況の中でサービス品質を上げている
 こうした開発体制でヤフーは、毎年2倍のペースでページビューを増やしてきた(図3[拡大表示])。現在のYahoo! JAPANのページビューは1日6億9000万と国内のサイトでは最多。提供するサービスは70種類に達する。

 インターネットのWebサイトのディレクトリだけでなく、オークション、掲示板、電子商店街、インスタント・メッセージ、無料ホームページ作成、最新ニュースの提供まで、その分野は幅広い。運用するサーバーの合計は5000台弱である。

 スピード体制という点では、検索サービスで世界を制したグーグルも興味深い。同社日本法人の佐藤康夫セールス&オペレーションディレクターによれば同社では、「社内の開発者のほぼ全員が個人で社内Webサイトを持ち、好きなときに情報を発信・交換。さらにメーリング・リストや社内掲示板などをフル活用している」という。これらの手段でフェース・ツー・フェースのコミュニケーションを大幅に省略。開発をスピードアップしている。一般企業では見かけない仕組みだ。

使いたくなるシステムが求められる

 Webサイトを訪れた人間に、いかに自らのサービスを利用させるかが、ネット・ビジネスの成功のカギになる。いかに自分たちのWebサイトを使わせる「上手い」方法を見つけるかに、ネット企業は頭をひねっている。

 不特定多数の人間を相手にするネット企業の手法は、社員が使うことが前提の業務システムに応用できる点は少ないと思うかもしれない。しかし、それは違う。「操作が面倒」という理由でエンドユーザーにそっぽを向かれる情報系システムや、誤操作・誤入力の多発する基幹系システムに悩んだ経験のある企業は少なくないはずだ。システムは活用してこそ、その効果が出るもの。ネット企業の集客術には、問題を解決するヒントが潜んでいる。

 例えば、パソコンやインターネットに対する知識の乏しい人間にいかにWebサイトを利用させるか。文具を中心としたカタログ販売で成長したアスクルは、この点に悩んだ末、アスクル・インターネットショップと呼ぶWebサイトに昨年7月、新しいユーザー・インタフェースを用意した。カタログの手触りをネット上で再現したのだ。

 「検索がしやすい」や、「必要に応じて情報を簡単に更新できる」といったインターネットの利点をあえて捨てたところが注目に値する。同社の川村勝宏Webショップ ネットワーク・リーダーは、「パソコンの使い方に詳しくない人に、インターネットで商品を買ってもらうためにはどうすればいいかを考えていくうちに、このインタフェースにたどり着いた」と語る。

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 システムの投資対効果を高めることが強く求められる今こそ、「安い」、「速い」、「上手い」を徹底するネット企業のシステム構築術は光り輝いている。非常識と思われる手法も、発想の転換さえできれば、一般企業が応用できるものは少なくない。