トム・デマルコ氏は構造化分析手法を生み出し、著書『ピープルウエア』(日経BP社)でプロジェクトマネジメントの“人間系”にいち早く注目したソフトウエア分野の有名人である。近著『熊とワルツを』(同)では、IT分野のリスク・マネジメントを独特の語り口で解説している。

 今年1月の「ソフトウェアテストシンポジウム(主催はソフトウェアテストシンポジウム実行委員会)」に合わせて来日した同氏は、「これから成功するのはリスクを取る企業。そのためには企業が“大人”になる必要がある」ことを強調した。以下、日経コンピュータ3月8日号に掲載したインタビューの完全版をお届けする。

ソフトウエア分野でのリスク・マネジメントはまだ新しい

――リスク・マネジメントは古くからあるトピックだと思います。この時期に『熊とワルツを』というリスク・マネジメントに関する本を出した意図は何だったのでしょうか。

 ソフトウエア分野におけるリスク・マネジメントは、決して古いトピックではありません。

 確かに保険の世界では、リスク・マネジメントは以前から行われています。しかしその場合は、複数のプロジェクトをまとめて管理するポートフォリオ・レベルでのリスクを扱います。リスク・ポートフォリオに基づき、「ある物件が海の近くにあるなら、山に近い物件も探してみよう。そうすれば、同じ災害に同時に遭うことは防げる」などと考えるわけです。

 これに対し、ソフトウエアにおけるリスク・マネジメントは、1つのプロジェクト内でのリスク・マネジメントを指します。プロジェクトごとに、リスクの性質が異なるからです。このような形でのリスク・マネジメントは、新しい話なのです。

 ソフトウエア分野のリスク・マネジメントを実践するための手法が必要だというのは、ずいぶん前から分かっていました。しかし、私たちはその手法を持っていませんでした。この分野でのリスク・マネジメント手法は、明らかに最近の成果といえると考えています。

――これまでの本と比べると、エッセイというより入門書のイメージが強いですね。

 はい、そう思います。リスク・マネジメントという主題は、ある事柄が「起こりうる」可能性を扱います。しかもそれは、現状に対して「やや逆らうようなこと」になりがちです。なので、多少慎重に説明することが要求されるのです。

 また、組織内の「政治」によって、リスクに対して合理的に振る舞うことが難しくなるケースもよくあります。読者にリスク・マネジメントを行う能力を身に付けてほしいのはもちろんですが、ほかの人に対してリスク・マネジメントの必要性を説得できる能力を身に付けてもらうことも、この本の大きな目的なのです。

大人の態度をとる人は出世できない

――『熊とワルツを』に「リスク・マネジメントは大人のプロジェクトマネジメント」という印象的なフレーズが出てきます。欧米でも、大人になりきれていないプロジェクト・マネジャが多いということでしょうか。

 大人になりきれていないのは人ではなく、企業です。これらの企業は、大人が本来持つべき、ある基本的な特徴を備えていません。「『悪いことは往々にして起こる』ことを理解している」というのがそれです。私たちはこの前提を踏まえたうえで、万一に備えて準備する必要があるわけです。

 例えば、私たちは小さな子供に「世の中には悪い人がいる」、「戦争がある」、「動物虐待がある」といったことを伝える前に、まず彼らをそうした悪いことから守ろうとします。そのためには、悪いことは存在するという事実を理解しなければなりません。

 ところが、まだ子供の状態にある企業は、悪いことが起こるという現実から目をそらしがちです。「ポジティブな態度で臨めば、いずれ何とかなる」という考え方で、自分たちを正当化しようとする。しかし、例えばエイズのような問題は、そのようなポジティブさだけでは解決できません。ポジティブ主義(positivism)が常に何かを達成できるとは限らないのです。

――そういった企業は、なぜ大人になれないのでしょうか。

 それに関する興味深い話があります。社会学で「ネオテニー(neoteny:幼形成熟)」という用語があるのをご存じですか。例えば犬や猫が大人になってからも、子犬あるいは子猫のような性質を持ち続けることを指します。

 犬や猫にみられるネオテニーは、人間によるしつけのやり方が関係しています。犬や猫が子供っぽい振る舞いをみせると、私たちはその犬や猫が好きになり、いっそうかわいがる傾向があります。こうして少しずつ、犬や猫は大人になっても子供っぽい行動をとるようになるのです。

 同じことが企業でも起こっているのだと思います。例を挙げましょう。いま、マネジャがあなたに対して課題を与え、「今年の初めまでにできますか」と言ったとします。

 もしもあなたが「こういうリスクがあるので、たぶん無理です」と答えたとしたら、マネジャはあなたにその仕事を任せないでしょう。「ええ、やってみせますよ」ととてもポジティブに返答した、だれか別の人に仕事は奪われてしまいます。結果的に、こうした子供っぽい態度を示す人が出世し、大人の態度を示す人が企業のなかで沈んでしまう。こうしたことの繰り返しで、大人になりきれない企業文化が作られていくのだと思います。

――ネオテニーの状態にある企業はどうすれば大人になれますか。

 リスクを取ることが非常に重要な時代になりつつあることを認識するのが、その第一歩だと思います。成功する企業とは、「積極的にリスクを取る」会社となるでしょう。

 マイクロソフトが「.NET」を立ち上げたことは、その一例です。これにはとても大きなリスクが伴います。彼らは「自分たちはOSとアプリケーションを作る会社だ。今後永遠にそれだけをやっていく」と宣言することだってできたわけです。そのほうが計画としては安全です。

 ただ、現在はひと昔前とは状況が違います。同じ策をとり続けることが安全だとは、もはや言えません。なので、マイクロソフトのようにマネジメントが優れている会社は、どん欲にリスクを引き受けようとします。これに対し、競合他社は保守的でリスクをあまり取りたがらない。

 成功を収める会社は自ら「リスク・テイカー」になる必要性に気づいています。リスク・マネジメントが重要であり、そのためにはリスクに関して「正直に」ならなければいけない、という認識をますます深めているのです。

組織で実行しないと成功しない

――リスク・マネジメントの重要さは、何より経営層が理解しなければいけないわけですね。

 その通りです。リスク・マネジメントは組織全体で取り組まないと成功しない、まれな例の一つだと思います。個人のレベルだけで実践しても、あまりうまくいきません。例えば、あるマネジャが率直にリスクを見ていたとしても、別のマネジャがポジティブな態度をとり、リスクを無視していたら、それは安全な状態といえません。

――しかし、IT部門が「リスクがある」と経営層に訴えても、その声が届かないケースがあります。

 特に、大きくて古い企業は自ら変革するのが難しいものです。いま、アメリカでは平均的な企業規模がどんどん小さくなっています。この傾向はより加速するでしょう。アメリカ経済の実質的な成長は、「マイクロキャップ(micro cap)」、すなわち従業員数で数百人程度の小企業が支えています。

 私のみる限り、日本とドイツはこうした状況になっていません。大企業が依然として支配的で、かつ「大きいまま」でとどまっています。それがフレキシビリティあるいはアジリティ(敏しょう性)をより低くしているのです。

 その反対の例もあります。ドイツのシーメンスです。150年の歴史があり、従業員30万人規模の非常に大きな会社ですが、極めて高い敏しょう性を備えています。私にはその理由は分からないのですが、こういった例外もたまにはあります。それでも、一般的には大きいこと、古いことはアジャイル(敏しょう)になる妨げになることが多いものです。

――日本では2年前に、三つの銀行が統合した際に大規模なシステム・トラブルが発生しました。経営陣の無理解がその大きな要因だったようです。

 日本の銀行について言えば、彼らがリスク・マネジメントの文化を身に付けるかどうかに関して、あまり楽観できないのではないかと思います。彼らは「目をそらしてしまい」がちになるからです。持っている資産の大きさから、目をそらす。「たかだかこの程度の大きさではないか」と考える。

 さらに、リスクの大きさからも目をそらしてしまう。小さいリスクをどれだけ一生懸命管理しても、大きなリスクを無視している以上、意味はありません。

失敗プロジェクトの多くはそもそも“無意味”

――我々の調査では、システム開発プロジェクトの成功率は3割でした。リスク・マネジメントを実践すると、成功率は改善するのでしょうか。

 いいえ、そうは思いません。リスク・マネジメントの目的は「リスクから身を守る」という防御ではないのです。より大きなリスクを取ることを可能にするものです。リスク・マネジメントを実践する企業は、より多くのリスクを取るようになる以上、時には失敗することもあります。ただ、それは価値のある失敗です。

 その調査では、プロジェクトが持つ価値は「すべて同程度である」という前提に立っているのではないでしょうか。しかし実際には、企業に大きな価値をもたらすプロジェクトもあれば、あまり価値をもたらさないプロジェクトもあります。このことを考慮に入れると、成功したかどうかのプロフィールが少し違ってくると思います。

 私たちは、大量のソフトウエアを作っています。例えばGE(ゼネラル・エレクトリック)と東芝を合わせると、年間に何百億行ものプログラム・コードを書いているわけです。そのなかには、あまり意味のないものも当然含まれています。企業は、よりリスクを取ることで、価値をもたらすソフトにもっと注力すべきだと思います。

 現在IT業界でよく見受けられる症状に、「失敗プロジェクトの多くは、もともとあまり意味のないものだった」というのがあります。プロジェクトが失敗する主要な理由は「そもそもそのシステムがいらなかったので、時間と金をほとんど割り当てなかった」ことにあるのです。そのプロジェクトが失敗したところで、だれも気にしません。

 エドワード・ヨードンの『デスマーチ』という本で、プロジェクトは「デスマーチ(死に向かう行進)」だと書かれています。それにかかわっている人たちの人生が、プロジェクトによって破壊されてしまうからです。

 彼はこの本で、デスマーチ・プロジェクトはあるポジティブで筋の通ったやり方で対処できると結論づけています。私自身はこの本を読んで全く違う結論を思い浮かべました。これらのプロジェクトは、その成果の意味のなさが際立っていると感じたからです。

女性的なものの考え方がマネジメントを変える

――『ピープルウエア』を出されてから、非常に長いことプロジェクトマネジメントの、特に人間的な側面を追求されてきました。まだ「ここのところは分からない、掘り下げてみたい」という部分は多く残っているのでしょうか。

 まず、『ピープルウエア』は私ひとりで書いたわけではありません。共著者で優れたプランナーのティム(ティモシー)・リスターがいます。彼は私の30年来の友人で、過去30年彼から受けた影響というのは非常に大きいんです。彼のこともぜひ触れてください。

 私は、今後とも人間に関する謎の解明に、残りの人生をあてていくつもりです。それが私の仕事です。――実は、そうした私の振る舞いこそが、最い深い謎なのです。なぜ人間はそんなふうに信じ込んでしまうのか、ということです。

 なぜ、そんな間違いをしたか。何かを学べない場合、どうしてそれが学べないのか。なぜ、同じ間違いを何度も何度も繰り返すのか、というのもあります。奥さんと同じことでケンカを20回も繰り返す。なぜそういうことが起こるのかは、極めて大きな人間行動の謎だと思います。このようなことが、いろんな分野であるわけです。

――現時点で、特に追求したいと考えている人間的な側面はありますか。

 私の人生の中で起こった最も興味深かったことの一つに、女性が技術系の仕事に進出したというのが挙げられます。それは私の職業人生のごく初期の段階で始まりました。

 それからかなり経ってから、女性が上級マネジメントのレベルまで進出してきました。私は、女性としてのものの考え方が、女性のものの考え方がマネジメントにどう関係するかを学ぶのは、とても興味深い作業になると信じています。それが私の関心です。

 私自身、それについて決して詳しいわけではありませんが、例えばAT&Tのベッツィー・バーナードのような人たちについて、興味深くウォッチしています。

 AT&Tは過去10年、非常に経営に苦労しており、優れたマネジメントを渇望していました。そこで、これまでと全く違うやり方をする経営者をトップに持ってきたのです。私は彼女に関しては、楽観的に見ています。とても優れたマネジャですよ。(編集部注:バーナード氏は2003年12月、AT&Tのトップの座を退いた)。

――『デッドライン』にも非常に優秀な女性マネジャが出てきたことを思い出します。そういう優秀な女性プロジェクト・マネジャがいっぱい出てくると、IT業界もよい方向に向かうのでしょうか。

 ええ、そうですね。同時に、男性のマネジャが、女性が主導するこれまでとは違ったマネジメント方法を習得することが重要だと思います。過去を振り返ると、マネジメントにおける「よくない要素」は、男性支配的なものがもたらしていました。だからこそ、異なる考え方によって、物事を変えていくことが大切なのです。

 ところで、『デッドライン』に出てきた女性マネジャにはモデルがいます。アップルコンピュータの人で、私は彼女が世界で最も優れたプロジェクト・マネジャだと思っています。ですから、本の中では彼女が登場する章のタイトルは、「世界最強のプロジェクト管理者(The World's Greatest Project Manager)」としました。仮に、心臓にソフトウエアのかけらを埋め込むような手術が必要になった場合には、ぜひ彼女にプロジェクト・マネジャをやってほしいですね(笑)。

聞き手=田中 淳(日経コンピュータ副編集長)
写真=的野 弘路

Tom DeMarco
ニューヨークとロンドンに拠点を置くコンサルティング会社、アトランティック・システムズ・ギルド(http://www.systemsguild.com/)の会長・共同経営者。主にプロジェクトマネジメントや手法に関するコンサルティング活動や講演、執筆を展開。著書に『ピープルウエア』、『デッドライン』、『ゆとりの法則』、『熊とワルツを』(いずれも日経BP社)などがある。