プロジェクトマネジメントの重要性が国内で喧伝され始めてから数年たった。だが、赤字プロジェクトの数はいっこうに減らない。問題はどこにあるのか。どうすれば改善できるのか。組織と人の両面から、プロジェクトマネジメント定着に必要な取り組みを再点検する。

(矢口 竜太郎、戸川 尚樹)

 「今年が正念場だ」。中堅システム・インテグレータ、アルゴ21の佐藤雄二朗会長は決意を語る。「プロジェクトマネジメントを立て直さなければ、会社が行き詰まってしまう」。

 佐藤会長が顔を引き締めるのも無理はない。このところ同社は赤字プロジェクトが原因で業績が低迷している。昨年度(2003年3月期)は全プロジェクトのうちの10%以上が赤字となった。その結果、営業利益は1億9400万円と前年度より84.5%減った。

 今年度も回復の兆しは見えない。2003年9月期中間決算の営業利益は前年同期(2002年9月期)比77.4%減の3200万円。中間純損益は4900万円の赤字だ。

 ユーザー企業のIT投資の抑制と競争激化による受注価格の低下が、不振の一因であることは否定できない。だが、問題の本質は、プロジェクトマネジメントの未熟さにあった。

 アルゴ21では、ここ数年、手戻りやリスクの読み間違いが頻発。コスト超過や納期の遅れを来すプロジェクトが後を絶たないでいる。

 例えば昨年9月までに終わる予定だった複数の大規模プロジェクトが相次ぎ破綻した。顧客への納品が一部来年度(2004年度)以降にずれ込み、今年度の営業利益見通しを期初の9億7000万円の黒字から6億3000万円の赤字へ下方修正する一因となった。

 「破綻したプロジェクトはカットオーバーまでコストだけが積み上がっていく」(原田朝夫執行役員PMOセンター長)。今年度第3四半期(2003年9~12月)だけ見ても、4億円のコスト・アップを招いた。現在抱えている、いくつかの赤字プロジェクトの悪影響は、来年度以降も続く。

強化に取り組んできたはずが…

 こうした事態に陥るまでアルゴ21が手をこまねいていたわけではない。同社は7~8年前からプロジェクトマネジメント力の強化に継続して取り組んできた。1998年には品質管理・品質保証の国際標準ISO9001の認証を獲得、2003年3月にはソフトウエア開発プロセスの評価モデル「CMM(能力成熟度モデル)」のレベル2を取得するなど、一定の成果を上げていた。

 しかし、最近の業績を見る限り、一連のプロジェクトマネジメント力強化に向けた取り組みが実効を伴っていたとはいいがたい。「ISO9001やCMMに沿って活動しても、赤字プロジェクトは減らなかった」と原田PMOセンター長は認める(図1[拡大表示])。

図1●アルゴ21の赤字プロジェクト発生率と撲滅に向けた取り組み

 例えば、ISO9001が規定する品質保証プロセスを順守して開発作業を進めているかをチェックするルールは形骸化していた。「極端に言えば、ルール通りに承認済みのハンコが押されていればよしとしていた」。PMOセンターの木村雅信プロジェクト監理部長は悔やむ。同社はISO9001に基づくチェックを兼任の担当者1人に任せていた。これでは本当に品質が確保されているかどうか中身まで判断できるはずもない。

 CMMの活動も似たようなものだった。アルゴ21が取得したレベル2は「顧客の要求を文書化して制御する」、「仕事を実行するための計画を定める」といったルールを定めている。だが、赤字プロジェクトの削減には直接結びつかなかった)。

 事態を深刻に受け止めたアルゴ21は昨年4月以降、プロジェクトマネジメント力の“再”強化に取り組み始めた。佐藤会長や大岡正明社長の指揮の下、組織と制度の改革に乗り出した。「その後、受注した案件では、今のところ赤字は出ていない」(原田PMOセンター長)。

ブームの裏で赤字案件が増加

 日本のIT業界でプロジェクトマネジメントの重要性が声高に叫ばれはじめてから数年が経過した。その間、収益力の向上を目指すシステム・インテグレータ各社は、こぞってプロジェクトマネジメント力の強化に着手した。これまでの属人的なやり方では、複雑化・短期化するシステム構築プロジェクトをマネージできないと考えたからだ。

 そこで各社は相次いで国際標準の「PMBOK」に沿ったプロジェクトマネジメントの適用を現場に促した。プロジェクト・マネジャ向けの教育・研修も強化した。

 その結果、今、プロジェクトマネジメントは“ブーム”の様相を呈している。書店の棚にはプロジェクトマネジメントに関する本が並ぶ。国際資格「PMP」の国内取得者数は、この1年で1.7倍に増えた(図2[拡大表示])。

図2●プロジェクトマネジメントの国際資格「PMP」の国内取得者数は急増している

 だが、ブームの裏で、赤字プロジェクトの数はいっこうに減らない。プロジェクトマネジメントの定着は道半ばというのが現状だ。

 冒頭で紹介したアルゴ21は決して珍しい例ではない。ここにきて、プロジェクトマネジメントの不備を理由に業績を下方修正するインテグレータが、規模の大小を問わず増えている。需要低迷による価格競争のあおりで受注条件が悪化し、赤字プロジェクトが発生しやすくなっている。

 例えば中堅のNECソフトは今年度(2004年3月期)の業績見通しを昨年9月と今年1月の2回、下方修正した。大規模な赤字プロジェクトが発生したことが原因だ。同社の関 隆明社長は「プロジェクトマネジメントがいたらず、不採算案件がなかなか収束しない」と理由を説明する。今年度の経常利益は55億円と、期初の予想(106億5000万円)の半分程度になる見通しである。

 大手の富士通も例外ではない。同社が今年1月29日に発表した今年度第3四半期(2003年10月~12月)の決算は、ソフトウェア・サービス事業の営業利益が76億円と前年同期より89億円も減った。CFO(最高財務責任者)を務める小倉正道専務は、その理由の一つに「一部の大型プロジェクトにおける採算性の悪化」を挙げている。

 こうした状況を前に、インテグレータ各社は、プロジェクトマネジメント力のいっそうの強化に懸命だ。各社とも「プロジェクトマネジメントを企業文化として定着させなければ、厳しい経営環境を乗り切れない」と焦る。

 一部で明るい兆しが見えるものの、ユーザー企業のIT投資がV字回復する見込みはあまりない。「短納期で採算スレスレの案件は今後もますます増える」と新日鉄ソリューションズの大力 修取締役システム研究開発センター所長は警鐘を鳴らす。「短納期の案件は工程ごとにきっちりとカタをつけにくい。その分プロジェクトマネジメントの難しさは増す」。

 TISの在賀良助専務は、「プロジェクトのリスクは高まる一方」と危機感をあらわにする。「オープン系はいつまでたっても技術が枯れない。極端に言えば、プロジェクトのたびに新しい組み合わせを試している状態だ」。

“やったつもり症候群”が蔓延

 しかし、これまでの延長線上で、プロジェクトマネジメント力強化を漫然と叫ぶだけでは、永遠に赤字プロジェクトは減らないだろう。これまでのインテグレータ各社の取り組みは“うわべ”を整えただけで満足していた側面があるからだ。組織面でも人材面でも、“やったつもり”で終わっていた。

 組織面でいうと、ここ数年でインテグレータ各社は社内のプロジェクトマネジメント標準を定めたり、プロジェクトの進捗状況を定期的にレビューする制度を整えた。これらの活動を担当する専門組織「PMO(プロジェクトマネジメント・オフィス)」を設置したインテグレータも今では珍しくない。

 こうした活動がプロジェクトマネジメント力の強化に一定の役割を果たしたことは否定しない。しかし、最終目的である赤字プロジェクトの削減には、いまだ効力を発揮できていないのが現状だ。

 厳しい言い方をすると、これまでの各社の取り組みは“仏”を作っただけで“魂”が入っていなかった(図3[拡大表示])。

図3●プロジェクトマネジメント力の強化に取り組んでも、赤字プロジェクトが減らない要因。インテグレータは、組織と人の両面で問題を抱えている

 「悪い報告が入ってこず、PMOによるレビューは十分に機能していなかった」。住商情報システムのPMOであるプロジェクト監理部の向井 清部長は打ち明ける。同社は「PMOと現場の間の信頼関係が欠けていた」と判断、レビュー担当者の態度や人選を見直した。

 「プロジェクトマネジメント標準を支社レベルまで徹底できなかった」。富士通ビジネスシステム(FJB)の平出 宏関西システム統括部長は反省する。同社は1997年にプロジェクトマネジメント標準の最初の版を作った。だが、「ドキュメントを配布しただけだったので、現場が標準をきちんと守っていたとはいいがたかった」。

 FJBは昨年末、プロジェクトマネジメント標準を改訂したのを機に、支社レベルでの定着活動を始めた。今年1月からは平出部長をはじめとする改訂版の策定委員会メンバーが全国行脚し、利用を強く働きかける。

研修だけでは育たない

 “やったつもり症候群”は、人材育成に関しても見られる。ここ数年、インテグレータ各社はプロジェクトマネジメントの教育・研修制度を整備したが、敏腕マネジャを組織的に育成できるまでには至っていない。現場では、「優秀なマネジャは教育では育てられない」といった意見が根強く残る。

 そもそも各社が教育・研修の下敷きに使っているPMBOKは「何をすべきか(what)」だけで、「どうやってすべきか(how)」は書いてない。どうしても「PMBOKを学んだだけでは役に立たない」となってしまいがちだ。

 敏腕マネジャに欠かせないコミュニケーションやリスク察知などの能力も、通常の教育・研修では伸ばしにくい。プロジェクトマネジメントの教育事業を手がけるアイ・ティ・イノベーションの林 衛社長は「プロジェクトマネジメントの能力は、マネジャ個人の素質に依存することは事実」と明言する。

 だが、そこであきらめていたら、いつまでたっても敏腕マネジャは育たない。結果として企業のプロジェクトマネジメント力も向上しない。林社長も、「研修や教育のやり方を工夫すれば、一定レベルのマネジャは組織的に育成できる」とみる。

 こうした考えに基づき、教育・研修制度を見直すインテグレータが最近は増えている。敏腕マネジャが後輩をマン・ツー・マンで指導する「メンタリング制度」を導入するなどして、不足していた部分を補う。