大日本印刷は2004年4月にかけて、グリッド・コンピューティングの技術を業務システムに取り入れる。これまで1台のサーバーやパソコンで実行していた処理を数台のパソコンで分散処理する。10万円前後のパソコン数台で印刷工程のボトルネックを解消し、工場の稼働率向上をねらう。
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印刷物の検査をグリッドで処理
グリッド技術を導入するのは、製品検査、ファイルの作成・変換、シミュレーションの3分野(表[拡大表示])。グリッド構築用のミドルウエアには、大日本印刷が独自開発して、外販もしている「AD-POWERs」を利用する。大日本印刷の中沢亨技術開発センター生産総合研究所研究開発第1部主任は、「昨年10月に『日経コンピュータ』で紹介されたりして、社内での認知度が高まった。その後、『この業務で使えないか』という要望が社内から相次いだ」という。
製品検査工程では、画像処理技術によって印刷物の品質を調べる(次ページの図[拡大表示])。まず試し刷りした印刷物をスキャナで読み取り、その画像データを印刷元のデータと比較する。従来は1台のパソコンで処理していたが、一つの印刷物(5版、5色)を調べるのに15分程度かかっていた。このため「時間に追われているときは、印刷物のチェックと並行して印刷を開始していた。品質に問題があったときは、印刷物を破棄せざるを得なかった」(大日本印刷の伊豫田(いよだ)一成技術開発センター生産総合研究所研究開発第1部グループリーダー主任研究員AD-POWERs担当)。
この検査工程を3台のパソコンで構成するグリッド・システムで分散処理すると、5分ですむ。さらに「従来のパソコンは、大容量の印刷データを読み込むために、2Gバイトのメモリーを搭載した高価なものを利用していた。しかし、グリッド・システムでは画像を分割するので、メモリーが512Mバイト程度の安価なパソコンでも性能は十分なことがわかった」(中沢主任)。
大日本印刷では最近、多品種少量印刷になっているうえ、色数が多い印刷案件が増えていた。これに伴って検査する版の数が増加し、検査工程がボトルネックになっていた。
大量のファイル作成を高速化
グリッドのもう一つの主な用途は、大量のファイルを作成、変換することである。大日本印刷では、携帯電話会社などからデータを受け取り、請求書を印刷、封かんして郵送するサービスを提供している。さらに請求書をWebサイトで閲覧できるようにするため、PDFデータに変換するサービスも行っている。これらの印刷用のデータやPDFファイルの作成に時間がかかっていた。
ここにグリッド技術を使い、データの作成処理を高速化する。「性能評価では、パソコン6台を利用して、従来3時間かかっていた処理を55分に短縮できた。印刷用データの作成の高速化は、稼働率向上を追求している24時間稼働の印刷工場にとってメリットが大きい」(中沢主任)という。印刷用データ作成の時間が短くなったことで、1時間当たり2万ページの印刷ができる印刷機の稼働率を高められる。これまで、急ぎの印刷案件が入ったときは、印刷データができるまでの間、1台約2000万円と高価な印刷機を待たせておくしかなかった。
このほか、ホログラムの作成や、半導体製造用のマスクの検査にもグリッド技術の適用を目指している。ホログラムは偽造防止に利用する用途が拡大しており、注文も増えているという。ホログラムは立体のCGデータをコンピュータ処理して作成するが、現在ではこの処理に1日以上かかっている。「見え方が異なる数パターンのホログラムを作成する必要がある。1パターン当たり6~12時間程度で作成できるようにしたい」(中沢主任)という。
運用管理面でもメリット
グリッド技術の利用は、システムの運用管理にもメリットがある。請求書の印刷データの作成では、従来は北海道地区、東北地区などと顧客の地域別にデータを分割し、別々のパソコンで処理して負荷を分散していた。しかし地域ごとの処理件数が異なるため、負荷を平準化しきれなかった。「作業ごとに各サーバーの処理数を調整するのは手間がかかり、運用ミスにつながる可能性があった」(伊豫田主任研究員)。
グリッド技術を使うとこうした問題を解決できる。ファイル作成処理が終了したパソコンに、次々と新しい処理を送り込む仕組みになっているので、自動的に分散処理ができる。処理速度を増やすには、グリッド構築用ミドルウエアをインストールしたパソコンを増設するだけでよい。
大日本印刷は今後、グリッドの適用範囲を社内で拡大する一方で、蓄積したノウハウを基にしたグリッド・システムの外販を進める。