多額の費用をかけて構築したシステムも活用が進まなければ、“宝の持ち腐れ”になる。情報化投資の目的が「業務の単純な効率化」から「新たな価値の創造」に変わりつつある今、システムを使いこなすための教育はますます重要性を増している。導入時研修、マニュアル作りなどシステムの効果をいち早く引き出す極意を探った。

(栗原 雅)

 使ってナンボ――当たり前のことだが、情報システムは利用者が活用してこそ投資に見合った効果が得られる。計画通りにシステムを稼働させただけでは、そのプロジェクトは成功とはいえない。

 利用者にシステムを活用してもらうための教育は、情報システム部門にとって昔から悩みの種だった。だが、プロジェクトの現場はどうしても予算の枠内で期日通りにシステムを完成させることに気を取られがちだ。

 これではいけない。システムの導入目的は業務効率の向上による「省力化」から、社員一人ひとりの生産性を高める「増力化」にシフトしつつある。このため利用者の使い方によって、システムの導入効果に大きな差が出る。

証言1
ソニー生命保険
せっかくの機能がホコリをかぶる

 「従来は営業担当者のシステム活用を支援する体制が不十分だった。そのせいか訪問履歴や活動内容を管理/分析する機能はほとんど使われていなかった」。ソニー生命保険の竹尾香奈男 営業推進本部 営業支援部 営業支援課 統括課長は告白する。保険商品の設計や申込書作成など業務を進めるうえで欠かせない機能はみんなが使っていたが、訪問履歴を分析して新規契約に結びつけるといった使い方をする営業担当者はほとんどいなかった。

 同社は知る人ぞ知る情報化先進企業。1995年から約4400人いる営業担当者(ライフプランナーと呼ぶ)にノート・パソコンを携帯させ、オーダーメイド型の保険営業に役立ててきた。

 ところがノート・パソコンの配布と同時期に導入した営業支援システムのうちの一部機能は、いつまでたっても利用が進まなかった。システムに入力した訪問履歴や活動内容を分析し、今後の営業活動に生かす機能を積極的に活用する営業担当者が思ったように増えなかった。

 開発担当の営業システム課や利用者教育を手掛ける営業支援課は導入時、営業担当者を集めてシステムの機能を一通り説明した。もちろんマニュアルにも訪問履歴や活動内容の管理/分析機能の使い方は記載してある。

 だが、「使わなければ仕事ができない」といったたぐいの機能ではないだけに、興味を示す営業担当者はそれほど多くなかった。営業システム課や営業支援課は、同機能の効果的な利用方法を継続的に指導していたが、なかなか実を結ばない。その結果、「営業担当者自らが販売活動の状況を正確に把握し、弱点を補強してもらう」という当初の目標を十分に達成できなかった。

 「この一件で、利用者教育の重要性を痛感した」と語る竹尾統括課長らが、2000年に営業支援システムを刷新する際、利用者教育の充実に力を注いだことは言うまでもない。

 情報化投資のROI(投資効果)が厳しく問われている昨今、わざわざ工数をかけてシステムに盛り込んだ機能がホコリをかぶるのは許されない。開発作業に追われて、利用者教育をおろそかにするようでは、システムの活用は進まない。ROIは確実に悪化する。

 最近は新システムの導入に伴って、業務プロセスが大きく変わるケースも珍しくない。こうしたシステムの場合、不十分な利用者教育は大きな混乱を招くこともある。

証言2
デンセイ・ラムダ
利用者の無理解でデータを修正

 「何てことをするんだ!」。デンセイ・ラムダの熊澤 壽執行役員管理本部長は経理部門に怒鳴りこんだ。2002年9月初旬のことだ。経理担当者が月末処理をする際、8月分の売り上げデータの一部の日付を勝手に変更し、9月分として会計システムに登録しているのを発見したからである。

 無停電電源装置やスイッチング電源を製造・販売する同社は3カ月前の2002年6月から、国内で新しい基幹系システムの利用を始めていた。新システムはERPパッケージ(統合業務パッケージ)の「Baan ERP」を使ったもので、会計システムは購買や生産管理をはじめとする他システムと密接に連動している。このため会計システムに正しくデータが入力されないと、他部門の業務にも大きな影響が出る。

 ところが経理部門は、このことをきちんと理解していなかった。熊澤執行役員の抗議を受けた経理担当の役員も「どうしていけないんだ? 不便なシステムだな」と反論する始末。システム間の連携が“疎”だった旧システムは、経理処理や予算管理処理の関係上、当月分の売り上げを翌月分として計上することを許容していたからだ。

 結局システム担当者は、システム間の整合性がとれるよう、在庫データや販管費データなどを手作業で修正する羽目になった。修正件数は最終的に800件にも及んだ。

 デンセイ・ラムダは2001年1月、基幹系システムの再構築プロジェクトが始まるとすぐに、役員を対象にした2泊3日の合宿を開催。新システムの概要や新しい業務プロセスを念入りに説明したつもりだった。しかし、経理部門にはうまく伝わっていなかった。熊澤執行役員は「経営会議で繰り返し説明したのに」と悔やんだが、後の祭りだった。

 「『正しく使ってもらう』のは『システムを作る』のと同じぐらい、ときにはそれよりも難しい」。こう指摘するのは、IBMビジネスコンサルティング サービス(IBCS)の関根秀昭理事である。「それなのに日本企業は利用者教育に対する意識が低い」と続ける。

 関根理事は「欧米では新システムを構築する際、利用者教育の費用をあらかじめ確保するなど、きちんとした体制で教育に臨むのが一般的になりつつある」と説明する。だが、日本で利用者向けのシステム教育は、「まだシステム部門の“片手間仕事”のイメージが強い」。

従来型の研修とマニュアルは限界

 もちろん日本企業も利用者教育の重要性は承知している。だが「システム開発と違って、利用者の教育については他社の取り組みを聞く機会がほとんどない。他社との比較が少ない分、どうしても改善のスピードが遅くなる」(IBCSの関根理事)。実際、従来型の集合研修やマニュアルの教育効果に陰りが見え始めているにもかかわらず、十年一日のごとく続けている企業は少なくない。

証言3
杏林製薬
数カ月の苦労が報われず

図1●利用者教育はシステム部門の悩みの種。本誌の調査ではシステムが計画通りに利用されていない原因の3位と、中堅中小企業のシステム部門が抱える悩みの3位に利用者教育の問題がランクされている
図2●システムを取り巻く環境が変化したことで利用者教育の充実が不可欠になった

 杏林製薬は2003年6月、MR(医薬情報担当者)向けのCRM(顧客関係管理)システム「KINGS」を稼働させた。全国約70カ所の営業所に所属するMRが医師への訪問履歴を管理したり、外出先から日報を入力するためのものだ。

 杏林製薬の情報システム部はシステムを稼働させるまでの数カ月間、全国70カ所の拠点を回って、研修を実施した。MRを会議室に集め、システムの操作方法などをプレゼンテーション・ソフトを使って説明した。

 だが、システムが稼働してしばらくすると、操作方法に関する問い合わせが情報システム部に多数寄せられようになった。「○○のデータはどうやって消すの?」といった具合に、研修で説明したはずの操作に関する質問が少なくなかった。

 情報システム部は処理の流れが容易に理解できるよう、動画を駆使したマニュアルを作成し、イントラネットで公開していた。ほとんどの質問の回答はマニュアルのどこかに書いてあったが、多忙なMRはマニュアルの細部にまで目を通してくれなかった。イントラネットにマニュアルが掲載してあることを知らないMRもいた。

 ここに至って情報システム部の南里英俊プロジェクトグループ課長は「集合研修をもう一度実施しても効果は薄い」と悟った。そこでパソコンの遠隔操作機能を使ったオンデマンド型のフォローアップ研修を始めることにした。

 ここまで紹介してきたソニー生命とデンセイ・ラムダ、杏林製薬の3社は、決して特異な例ではない。本誌が過去に実施した調査でも、システムの利用が進まない原因や情報システム部門が抱える悩みとして利用者教育を挙げる回答は上位にきている(図1[拡大表示])。最近はシステムを取り巻く環境が大きく変化し、利用者教育はさらに難しくなっている(図2[拡大表示])。

 これまで通りの方法ではシステムの活用が進まないことに気付いた先進企業は、利用者教育の内容を見直し始めている