オープンソース・ソフトウエア(OSS)の普及に向けて、日中韓3カ国の政府と業界団体が「日中韓OSS推進パートナーシップ」を正式に設立した。各国は下部組織を設置、日本は日立製作所をはじめ、富士通、NEC、NTTデータなどが「OSS推進フォーラム」を結成した。

写真●11月14日に行われた日中韓オープンソース・ビジネス懇談会と3カ国の業界団体のトップ
人物は右から韓国情報産業連合会の李龍兌会長と、日本情報サービス産業協会の佐藤雄二朗会長、中国ソフトウエア産業協会の陳冲会長
表●日本OSS推進フォーラムの主なメンバー
 本誌1月27日号レポート「次世代OSで日中韓が“三国同盟”」で紹介した構想が10カ月後の11月14日、現実のものとなった。この日、日本・中国・韓国の政府関係者と業界団体トップ、大手IT企業関係者など総勢500人が大阪に集結。「日中韓オープンソース・ビジネス懇談会」が開かれ、日中韓3カ国が官民一体となってOSSを普及させていくことを宣言した(写真[拡大表示])。1月時点では可能性にとどまっていた“OSS三国同盟”への政府支援が、ここに明確になった。

 この懇談会で、3カ国のソフト業界団体、日本情報サービス産業協会(JISA)と中国ソフトウエア産業協会(CSIA)、韓国情報産業連合会(FKII)は、OSSの研究開発と普及促進活動をまとめる国内組織をそれぞれの国に設置すると発表。さらに、それらと連携しながら3カ国の協力関係を保つ「日中韓OSS推進パートナーシップ」を創設することも明らかにした。

 この狙いをJISAの佐藤雄二朗会長は「ソフトウエアの健全な競争市場をつくり、欧米に負けているソフト技術を高めなければいけない。そのためには日本だけではなく、日本にはない技術や市場を持っている中国や韓国との協力関係が不可欠だ。日本はOSSによるシステム開発の設計面で貢献できるだろう」と語る。

 韓国FKIIの李龍兌イヨンテ名誉会長は「なにもこれはWindowsをつぶそうという試みではない。マイクロソフトの大きな貢献は認めなければならない。ただ、LinuxをはじめとするOSSはWindowsに互する利用価値があるのに、それに見合った使われ方がされておらず、利用環境の整備も遅れている。そこでアジアが一丸となってアプリケーションの拡充や、サポート体制など信頼性面の向上に取り組んでいく」と話す。

国内組織に日立、富士通、NECなど

 日中韓OSS推進パートナーシップと3カ国の各国内組織は、標準化ワーキング・グループ(WG)、組み込みWG、サポートWG、人材WGといったグループを設置して、OSS普及への課題の解決にあたる。また、各国におけるOSS関連の活動や組織、企業の一覧を掲載する「ディレクトリ」も作成する。

 各WGの設置やWGの具体的な活動内容、ディレクトリの仕様などは、来年3月に北京で開催する日中韓OSS推進パートナーシップの第1回会合までに大筋を固める。パートナーシップはその後7月に札幌、11月にソウルで会合を持つことがほぼ決まっている。

 中国と韓国に先駆けて、日本は国内組織の概要も発表した。日立製作所の桑原洋取締役を代表幹事とする「OSS推進フォーラム」を12月中に発足させ、事務局を経産省の外郭団体である情報処理振興事業協会(IPA)に設置する。幹事団には、富士通、NEC、NTTデータ、日本IBMなどの社長、会長やその経験者ら大物がずらりと並んだ([拡大表示])。顧問団には、ソニー、松下電器産業、東京ガス、野村総合研究所など大手9社の役員クラスと、慶應義塾大学など2大学の教授が名を連ねる。

 中国と韓国も12月までに国内組織を発足させる。中国政府の官僚でもあるCSIAの陳冲チェンチョン理事長は本誌に「中国産Linuxのディストリビュータである紅旗Linuxや中軟Linuxなどを中心に構成するだろう。事務局は北京市科学技術委員会の北京ソフトウエア促進センターに設置する可能性が高い」と語った。

経産省がOSS三国同盟の支援に本腰

 日中韓OSS推進パートナーシップと各国の国内組織は、あくまで民間レベルの取り組みである。「日本のOSS推進フォーラムは民間の任意団体。IPAでお手伝いはするが、政府とは別」(経産省商務情報政策局情報処理振興課の嶋田隆課長)。

 しかし実際には、3カ国の政府と業界団体が官民一体となって動いており、政府支援も始まっている。14日の懇談会では3カ国の政府関係者が壇上でスピーチを行い、OSSの普及を支援すると明言した。経産省は懇談会を後援したほか、「日本OSS推進フォーラムの組織づくりやメンバー選定にも深くかかわっている」(ある幹事)。

 もともと中国は官民が密接で、CSIAの陳理事長は、中国政府情報産業部(省)電子情報産品管理司(局)の副司長でもある。韓国FKIIの李会長も、韓国政府のIT政策に深くかかわってきた。「盧武鉉ノムヒョン大統領に直接、三国同盟の話をしたところ、すでにOSS普及の重要性を認識しており、非常に熱心に聞いてくれた」(李会長)といい、日中韓ともに政府の協力が事実上、確約されている。

 日中韓OSS推進パートナーシップと表裏一体となる政府同士の協力体制を築くことも決まっている。各国政府は、OSSの普及に関する局長級会談を12月にソウルで行う。日本からは経産省商務情報政策局の豊田正和局長が、中国と韓国からも担当省庁の局長が参加する。この場で「OSS普及に関する政策や、日中韓OSS推進パートナーシップへの支援、OSSの政府調達などのあり方を検討する。政府間の協力体制は、それ以後も続ける」(経産省関係者)。

 ただし、課題は山積だ。JISA、CSIA、FKIIのトップはともに「日中韓OSS推進パートナーシップの動きを具現化するためには、政府の予算面での支援が不可欠」と口を揃える。しかし現状は各国政府とも、そのような予算は確保していない。

 OSSの普及策に関して、3カ国の政府内でいずれも省庁間の縄張り争いが始まりつつあることも懸念される。OSS関連の政策は、日本では経産省のほかに総務省が進めている。同様に中国では情報産業部のほかに科学技術部が、韓国では情報通信部のほかに産業資源部がOSS政策に力を入れている。各国ともに「OSSに関する予算がばらけており、調整機能もない」(各国政府関係者)。

 OSSの普及を政府が支援することに対し、欧米のソフトウエア企業から“外圧”がかかる可能性もある。とくにマイクロソフトはOSSの動きに敏感になっており、日本法人はこの11月、対OSS戦略を立てる専門部署「市場戦略グループ」を発足させた。経産省から大井川和彦執行役員など2人をスカウトし、政府への啓蒙活動をする専門組織も7月に設置済みだ。

(井上 理)