ICタグ導入における最大の懸案事項の一つ、「プライバシ問題」が解決に向け一歩前進した。ICタグ関連の標準化団体である米オートIDセンター(現EPCグローバル)は10月末、プライバシ侵害を防止するためのガイドラインを策定。日本政府も11月中に独自のガイドラインをまとめる。

図1●オートIDセンターが策定したプライバシ保護のためのガイドライン
写真●ICタグ関連の国際会議「Smart Labels Asia 2003」の会場風景
図2●ICタグ導入を推進している各社のプライバシに関する発言
表●「Smart Labels Asia 2003」で発表された世界各国でのICタグの主な利用状況

 オートIDセンターは10月28日、会員であるユーザー企業やベンダーの担当者によるボード・ミーティングを東京で開催。ICタグによるプライバシ侵害を防ぐためのガイドラインを公表した(図1[拡大表示])。この種のガイドラインを正式に公表したのは、世界で初めて。

 ICタグは(1)タグを特定できる固有IDを持つ、(2)情報を無線で読み書きできる、(3)ID以外の情報の収容も可能、などの特徴を備える。企業はICタグを使うことで、商品の所在や流通経路をきめ細かく把握できるようになる。

 ところがICタグが持つこれらの特徴は、便利さを生み出す一方で消費者のプライバシ侵害につながる可能性がある。「商品と消費者の情報を関連づけて管理すれば、行動を追跡されるかもしれない」、「見知らぬ人がICタグのリーダーを使ってカバンの中にある所持品を盗み見るのではないか」などと懸念する声は、世界的に大きくなっている。オートIDセンターのガイドラインは、このプライバシ問題に対する解決の糸口を与えることを狙ったものだ。

あくまで基本的な考え方にすぎない

 ガイドラインは、四つの項目からなる。第1に、消費者への告知を徹底する。企業は、ICタグが付いていることを示すロゴなどを商品やパッケージに表示する必要がある。第2に、ICタグの機能を利用するかどうかを消費者が選択できるようにする。消費者が希望すればICタグの機能を停止させたり、商品からICタグを簡単に取り外せるようにする。

 第3に、消費者に対してICタグの関連技術や利用方法を啓もうする。ICタグに格納するデータの内容やICタグを使ったアプリケーション、享受できるメリットについて、企業は消費者に正しく説明しなければならない。第4に、ICタグに関連する情報の取り扱い方を公開する。ICタグのデータをどのように管理し、利用するかをWebサイトで示す。

 このガイドラインは、あくまでもプライバシ問題解決への第一歩にすぎない。スイス フィリップ モリスのウィリアム・スウィーニー新技術研究所主席研究員は、「ガイドラインに実効性を持たせるには、各企業がICタグの使い方に応じて、より具体的な規定を設ける必要がある」と指摘する。英小売業大手のテスコやフィリップ モリスなどオートIDセンターの会員企業は、今回のガイドラインに基づき独自のプライバシ・ポリシーを策定する考えだ。

不買運動を起こした消費者団体と議論

 オートIDセンターは継続してガイドラインの内容を詰めて、実用性を高めていく。そのために10月末のボード・ミーティングで、プライバシやセキュリティ問題について協議する委員会「Security&Privacy Action Group(SPAG)」の新設を決めた。11月15日にはSPAGと消費者団体による会議を米国で開き、ICタグによるプライバシ侵害の可能性や防止策を議論する。

 オートIDセンターはこの会議で、消費者団体として「C.A.S.P.I.A.Nカスピアン.」への参加を打診している。C.A.S.P.I.A.N.は、イタリアのアパレル・メーカーであるベネトン・グループや米かみそり大手ジレットの商品を対象に不買運動を起こしたことで知られている。同センターは、ICタグによるプライバシ侵害に最も高い関心を示している消費者団体から直に意見を聞くことで、不安の原因を正しく理解し、ガイドラインに反映する考えだ。オートIDセンターでプライバシ問題に取り組むエリオット・マックスウェル国際パブリック・ポリシー・アドバイザリ・カウンシル委員長は「ICタグの普及は、消費者ときちんと議論して信頼を勝ち取れるかどうかにかかっている」と強調する。

 オートIDセンターと軌を一にして、日本政府もプライバシ侵害の防止に本格的に取り組み始めた。経済産業省は11月中に「氏名や住所など個人を特定できる情報をICタグに格納しない」や、「商品購入後にICタグの機能を停止するか否かを消費者が選択できるようにする」といった項目を盛り込んだガイドラインをまとめる。経産省は今後、オートIDセンターと協力してガイドラインの内容を詰めていく。「ISO(国際標準化機構)にも働きかけて、ICタグに関するプライバシ侵害を防止するガイドラインの国際標準にしていく」と経産省の新原(にいはら)浩朗 商務情報政策局 情報経済課長は話す。

不安を抱く消費者に使ってもらう

 ICタグの導入を進めるユーザー企業やベンダーのなかには、プライバシ侵害に対する消費者の不安を解消するために実施した施策の内容を公表するところも出てきた。10月30~31日に東京で開催されたICタグの国際会議「Smart Labels Asia 2003」の講演で、世界各国から集まった企業が自社の取り組みを披露した(写真[拡大表示])。

 店舗でICタグの効果を検証したテスコは、プライバシ侵害を心配する消費者に対し、「ICタグの導入目的は、物流業務における検品作業や店舗内の在庫管理の効率向上と盗難の防止。消費者のプライバシを侵害するつもりは全くない」と説明(図2[拡大表示])。そして店舗でICタグを利用したシステムを実際に使ってもらった。ジョン・クラークCTO(最高技術責任者)は「システムを実際に利用した消費者の多くが『ICタグはこんなに便利なのか』と理解を示してくれた。プライバシの保護を求める運動は徐々に沈静化しつつある」とみている。

 関東圏で食品スーパーを展開するマルエツの高橋晋商品本部物流部部長もSmart Labels Asia 2003の演壇で、消費者の不安を取り除くための施策を紹介した。同社は10月から東京都江東区の店舗で商品にICタグを取り付け、商品の生産地などの情報を消費者に提供する実験を行っている。この実験でマルエツは、消費者がひと目でICタグの有無が分かるように、商品パッケージの表面にシール状のICタグを張り付けた。ICタグが付いていることに不安がある消費者のために、ICタグをはがせるようにもしている。

導入検討段階から施策を練る

 これからICタグの検証を始める予定の企業は、当初からプライバシ侵害に対する消費者の不安を解消する対策を練っている。その代表例が英国の通信会社であるブリティッシュ・テレコムである。同社は携帯電話のリサイクル業務にICタグを利用できないかを検討している。携帯電話にICタグを内蔵し、すべての構成部品についてリサイクルが可能かどうかの情報を記録しておく。製品を回収したときにICタグの情報をリーダーで読むことで、リサイクル部品を瞬時に判断できるといったメリットがある。

 ところが携帯電話にICタグを内蔵すれば、プライバシ侵害を懸念する消費者の抵抗を生むことは必至である。この点についてデニス・ルケット戦略プロジェクト部長は、「ジレット製品の不買運動などを見て分かるように、プライバシ侵害に対する消費者の心配が大きいことは十分認識している。消費者が携帯電話を所有しているときはICタグの情報を暗号化しておく。あるいはICタグがリーダーと通信できないようにする仕組みを取り入れるなどの対策を講じて、消費者の理解を得たい」と語った。

 ICタグ・ベンダーの米エイリアン・テクノロジーは、ICタグに格納してある情報を必要に応じて消去する「キル・タグ(kill tag)」と呼ぶ技術や、情報を消去できたかどうかを確認する装置などを開発している。ステイブ・プロドロモウCEO(最高経営責任者)はSmart Labels Asia 2003で、「プライバシ問題に対するICタグ・ベンダーの使命として、キル・タグの技術を可能な限り安価に提供できるようにしたい」と抱負を述べた。

 Smart Labels Asia 2003では、世界各国の企業や政府によるICタグの検証結果も具体的に紹介された。例えば、英国のシステム・インテグレータであるイノビジョンはリーダーとの無線通信に使う周波数によって、読み取り率が変わるかどうかを検証した。その結果、13.56MHzで通信するICタグは複数重ねると、重ならない場合に比べ読み取り率が約10%低下するが、UHF帯を使うと変わらなかった([拡大表示])。

 ブリティッシュ・エアウェイズは、空港における手荷物の管理業務を効率化する目的で、手荷物に付けたICタグの読み取り率を調べた。その結果、ほとんど漏れなくICタグを読めた。バーコードの場合は、全体の4~15%の手荷物を読み落としてしまうという。

(栗原 雅、松浦 龍夫)