入札システムで国交省と総務省が全面対決

中央のつばぜり合いが地方にも飛び火

日経コンピュータ 2003年8月25日号,14ページより

「どちらのシステムを選べばいいのか」―電子入札システムの導入で全国の地方自治体が困惑している。自治体に対して多大な影響力をもつ二大省庁、国土交通省と総務省が異なる入札システムを推奨するという異常事態になっているからだ。中央省庁での両者の対決が地方にも飛び火した。

 総務省は7月末、同省が開発した「電子入札・開札システム」を、地方自治体向けに無償で提供すると発表した。同省の外郭団体、地方自治情報センター(LASDEC)を通して、早ければ10月にも同システムの提供を始める。

 そもそも総務省の入札システムは同省が開発し、中央省庁に無償で提供しているものである。省庁ごとにシステムを作る重複投資を避けるためだ(詳細は本誌2002年9月23日号の20ページを参照)。総務省は「中央省庁だけでなく自治体にも無償提供するのは自然な流れだ」と説明する。総務省が提供するシステムは、工事や測量、設計といった公共事業以外の物品調達などの入札用に構築したものだが、同省は「公共事業の入札にも、多少のカスタマイズで十分利用できる」としている。

 この総務省の決定に対して、公共事業に関する入札システムの統一を進めてきた国土交通省は、不快感を隠さない。国交省は全国の自治体に対して「電子入札コアシステム」を利用するように促してきた。これは同省の外郭団体である日本建設情報総合センター(JACIC)と港湾空港建設技術サービスセンター(SCOPE)が共同で開発・販売しているパッケージ・ソフトである。

表●国土交通省と総務省が推奨する電子入札システム構築用パッケージ(一部推定)

中央省庁のガバナンス欠如が露呈

 国交省と総務省が激突したのは、不毛な縄張り争いの結果だ。政府はこれまで入札システムを二つに分けてきた。一つは公共事業向け、もう一つは公共事業を除く物品や役務(労働)向けだ。

 公共事業向け入札システムについては、国交省(2000年末までは建設省)がCALS/EC(公共事業支援統合情報システム)事業の一環として1995年から取り組んでいた。これがコアシステムの開発につながった。

 物品や役務については、総務省(当時の郵政省)が開発を担当し、全省庁に配布することになった。この方針は1999年12月、当時の小渕恵三首相が本部長を務めていた、高度情報通信社会推進本部が決定したものである。

 入札システムを二つに分けたのは、公共事業には工事希望型指名競争といった、物品よりも複雑な入札方式があることが理由の一つといわれている。ただし、本質的には入札/開札という同一の業務であり、別々のアプリケーションを開発するのは非効率的だ。利用する側にとっても、「二つのシステムをおき運用するのは無駄。かといって、片方を選んだときにそれが主流にならないのも困る」(経済産業省や都道府県のシステム担当者)という声が挙がっていた。しかし、政府は省庁縦割りの体制を打破できず、開発一本化の調整はできなかった。

 その後、事なかれ主義で進んだシステム開発の矛盾が、本格的な普及期を前に露呈した。国交省側のコアシステムが物品調達の機能も備えるようになったのである。JACICは「物品調達システムの仕様を総務省からもらい、昨年10月に提供し始めたコアシステムVer.2にその機能を追加した」(CALS/EC部の寺川陽(あきら)部長)。つまり総務省からみれば担当領域に国交省が踏み込んできたことになる。国交省のほかに、法務省、農林水産省、厚生労働省、文部科学省が物品調達についてもコアシステムを採用し、総務省のシステムを利用しないことを決定した。

 メンツをつぶされた形の総務省は、カスタマイズをすれば公共事業に利用できる同省のシステムを、地方自治体に無償提供することを決めた。総務省は以前、自治体向けに提供するかどうかは「国交省やJACICと調整した後に決定する」と慎重な姿勢を示していた。ところが今回の決定に際して、総務省は「国交省やJACICと折衝しなかった」と認めている。

国交省と総務省の競争に期待する声も

図●電子入札コアシステムの画面

 今年度内に、電子入札システムの構築を検討している中央省庁の幹部は、「コアシステムと総務省システムのどちらを政府の標準と考えればよいのか分からずに困っている」と打ち明ける。ある県のシステム担当幹部が「国交省の公共事業に関する影響力は非常に強い。コアシステムを採用せざるを得ない。一方で電子自治体の構築では総務省の意向を無視できない」と語るように、二つの省の板挟みになる自治体は多い。

 しかし、選択肢が増えたのを歓迎する自治体もある。まずはコスト面のメリットがあるからだ。入札システムを市町村と共同利用しようとするある県の担当者は、「コアシステムの購入費用は当県の場合3000万円程度。同じ金額を支払うのであれば、総務省から無償でシステムを提供してもらい、公共事業入札用の機能を追加するという選択肢もある。いずれか、より良いシステムを選べばよい」と語る。

 性能面に期待する声は非常に強い。実はコアシステムには、開札業務に時間がかかりすぎるという問題点があった。1日当たりの入札件数が多い自治体では、導入すると業務が滞る恐れがあり、コアシステムの導入に二の足を踏んでいた。

 コアシステムの開札業務の所要時間は静岡県、岐阜県などが行ってきた実証実験によれば、1件当たりおおむね十数分程度。だが、入札件数が多い自治体においては、実際の開札業務にかけられる時間は1件当たり3~5分程度といわれる。ピーク時に1日100件以上の開札業務をこなすためには、3分程度で開札を行いたいという。

 国交省や各県の運用状況が明らかになるのに伴い、JACICには各自治体や国交省の担当者から不満の声が寄せられた。コアシステムの仕様策定のためのコンソーシアムに参加するベンダー幹部は、「コンソーシアム内で行われた討論でも、システム性能に問題があるときちんと認識せよという厳しい意見が続出した」と打ち明ける。

 この状況を知った総務省が、自省で実績を持つ入札システムを自治体に提供することを決めたという見方をする関係者も多い。総務省のシステムを利用すれば、「開札業務は5分以内ですむ」(総務省大臣官房会計課)という。

 JACICも手をこまねいているわけではない。パフォーマンス改善作業を進める専門組織「性能向上検討タスクフォース」を3月に立ち上げた。タスクフォースにはNEC、NTTデータ、ダイテック、東芝、日本ユニシス、日立製作所、富士通の7社が参加し、システムのチューニングを進めた。その結果、「性能改善のメドがたった」(JACIC)。

 6月30日にリリースしたコアシステムの最新版(Ver.3)では、開札業務の所要時間は、Ver.2に比べ4~5割減の「7分程度になった」(同)。さらに性能を高めたVer.3.1を10月に出荷する予定である。一部の冗長なセキュリティ機能をカットする。

(広岡 延隆)

本記事は日経コンピュータ2003年8月25日号に掲載したものです。
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