7月11、12日の2日間、2003年度未踏ソフトウェア創造事業のキックオフ・セミナーが京都で開催された。採択された全88件のプロジェクトから、34件の開発テーマについて開発者が自らが発表を行った。実務的なソフトもあれば、なかには成果物を見てみなければ想像がつかない奇抜なソフトもあった。

 「第1回のころに選ばれていた開発者は、7、8割が大学や公的な研究機関の研究者だったのに対し、今では半分以上が学生や民間企業の社員になっている。応募する開発者の層が変わってきた」。

 4度目を迎えた未踏ソフトウェア創造事業について、開発テーマの選択権限を持つプロジェクトマネジャーの一人である、ラムダ数学教育研究所の伊地知宏代表はこう語る。「自分の研究の一部を進めるためというよりも、『成果物として画期的なソフトを作るんだ』という意識を持った開発者が増えている印象を受ける」(伊地知氏)。

 「未踏ソフトウェア創造事業」は、ソフトウエアの開発における独創的な能力を持つ個人やグループを発掘し、ソフトウエアの開発を支援する事業だ。日本では少ないと言われる“天才”プログラマの発掘を目的としている。経済産業省からの補助を受けて、情報処理振興事業協会(IPA)が実施している。

 同事業は、16人のソフトウエアの専門家がプロジェクト・マネジャーとして、自分自身の基準に沿って「面白い」と感じたプロジェクトを採択する。2000年度から5カ年計画で始まって今年度が4年目。昨年度までに合計で201件のテーマを採用した。

Webサーバーを守るソフトが登場

表●平成15年度「未踏ソフトウェア創造事業」に選ばれた開発者と開発テーマの一例
今回発表した全34テーマのうち、企業情報システムに関係しそうなものを以下に示した

 今回のキックオフ・セミナーでは、全88件のテーマのうち34件について、開発者自身による発表があった([拡大表示] )。発表内容は多種多様である。

 XML技術を利用したソフトウエア開発フレームワークもあれば、RFIDタグを利用した電子掲示板システムなどもあった。実務的なソフトがある一方で、人工知能を利用してコンピュータが自律的に絵を描くソフトなど奇抜なソフトも数多くあった。

 情報システムの利便性が向上しそうなソフトとして代表的なものには、「安全なインターネットサーバ実現のための基盤ソフトウェア」がある。大学で助手を務める品川高廣氏によるものだ。このソフトは、各種の不正アクセスからWebサーバーを保護することを目的にしている。

 同ソフトには「サンドボックス」と呼ばれる考え方を用いる。サンドボックスとは、プログラムが限られた特定の領域のデータにだけアクセスでき、それ以外の領域のデータにはアクセスできないようにする仕組みのこと。たとえ不正アクセスを受けたとしても、そのデータ領域以外に被害が及ばないというメリットがある。

 サンドボックスを実現するには、どのプログラムがどのデータにアクセスしていいかという、アクセス権限を制御する仕組みを持たせる必要がある。具体的には、一つのサンドボックスの中にアクセス制御機構と、中にプログラムを持ったもう一つのサンドボックスを置き、プログラムによる処理が発生するたびに、アクセス制御機構がアクセスの可否を判断する。

写真●7月11日、12日に開催された未踏ソフトウェア創造事業のキックオフ・セミナー

 品川氏は、「将来的には、CD-ROMをサーバーに挿入して再起動するだけで、サンドボックス機能の追加や設定を自動的に実行できるものにしたい」と話す。

 しかし、この仕組みはオーバーヘッドが発生し、処理速度が落ちるデメリットがある。品川氏はこのオーバーヘッドをできるだけ減らしたサンドボックスを開発するつもりだ。この点が注目されて未踏ソフトに選ばれた。

 金融ビジネスに関係するソフトもある。尹ユン煕元ヒウォン氏が開発する「ポートフォリオ運用のための相関構造解析可視化ツール」である。尹氏はこのソフトを基盤に、従来の金融工学とは違う、日本発の新しい金融工学を確立しよう考えている。尹氏は証券会社に在籍した後、金融工学の研究開発を行う会社を設立して、現在に至っている。

 ソフトの機能は大きく分けて二つある。一つは、全く異なる企業の株式の関係を分析する機能である。このソフトが対象とする株式は、複数の銀行株のように、ある程度連動して動くものだけではない。例えば「A製薬会社の値が上がった時には、必ずB自動車の株式の値が下がっている」といった異業種間の株式を対象にした分析もできる。

 もう一つは、株式の相関関係の分析をもとに、保有する株式資産全体のパフォーマンスやリスクを可視化する機能だ。可視化することで、より少ないリスクで効率性の高い株式運用ができるというのが尹氏の主張だ。

 「この二つの機能を用いるようになれば、全く新しい日本発の株式運用手法が構築できるのではないか」と尹氏は語る。

状況を可視化する奇抜なソフト

 未踏ソフトだけあって、奇想天外なアイデアも採用されている。現役大学生の坂本大介氏の、「共感する部屋」というテーマなどがそうだ。坂本氏が開発するソフトは、音や光、温度などを小型センサーを用いて感知し、今の状況を映像で可視化する。

 このソフトのユニークな点は、可視化した対象を映すディスプレイについての考え方である。「人は必ずパソコンのディスプレイに正対しているもの」という既成概念を捨て、ディスプレイが部屋の窓でもいいし、壁でもいいのではないかと考えた。

 人の動く音や体温をコンピュータが感じ取り、部屋全体にレイアウトできる“ディスプレイ”に反映する。これこそが坂本氏がテーマに掲げた(人間に)共感する部屋という意味である。

 坂本氏は、「このソフトを通じて、インターネットやメールといった“道具としてのコンピュータ”から、“人間と関係を構築できるコンピュータ”という新しいコンピュータのスタイルを提案したい」と語る。

(松浦 龍夫)