6月12日、元請け会社の不当な扱いから下請け会社を保護する、「下請代金支払等遅延防止法」(下請法)が改正になった。今回の改正により、ソフト業界も対象に含まれた。これまで野放し状態だったソフト業界の取引関係にルールが生まれる。しかし、法律の不備や運用の難しさを指摘する声もある。
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図●6月に改正された「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」の概要 |
下請法の改正案が成立したのは6月12日。下請法とは、要するに下請け会社に対する“いじめ”を防止するための法律だ(図[拡大表示])。もともとは製造業を対象にした法律だった。産業のソフト・サービス化が進むなかで、今回の法改正によってサービス業全般を対象とするようになったのである。物品だけでなく、ソフトウエアなどの「情報成果物」の取引が同法の対象に加わった。新・下請法の施行時期は未定だが、2004年4月の見通しである。
野放しのソフト業界にメス下請法では、元請け会社は委託した業務の内容、金額、支払期日、支払方法などを盛り込んだ書面(注文書や契約書)を作成し、下請け会社に渡す必要がある。さらに、下請け会社が成果物を納品した日から60日以内に、元請け会社は代金を支払わなければならない。元請け会社の禁止事項として、代金の支払いを遅らせる、あらかじめ決めた代金を減額する、下請け会社に責任がないのに返品する、といった行為を明記している。
今回の法改正で、罰則を強化した。以前は「3万円以下の罰金」だったが、「50万円以下」に引き上げた。さらに、公正取引委員会からの勧告処分だけで、社名を公表される可能性がある。これまでは勧告に従わない場合にだけ、社名が公表されていた。社名の公表によるイメージダウンの影響は大きい。
改正された下請法の施行に合わせて、元請け会社は業務を整備する必要がある。営業から受注、仕様確定、設計・開発に至るプロセスを整理し、どのタイミングで下請け会社に注文書を作成し、代金を支払うのかというルールをきちんと決めなければならない。
MCEAの横尾理事長は、「この法律だけで下請け問題のすべてが解決できるわけではない」と前置きしたうえで、「それでも、この業界で取引ルールが定まることは意味がある。すべての商売は契約から始まる。契約書のきちんとしたやり取りがほとんどなかった、いい加減なソフト業界で、これを義務化し、不当な行為を律する法律の存在意義は大きい」と期待を隠さない。
業界団体も法改正を歓迎している。情報サービス産業協会(JISA)の尾形彰 事務局次長は、「ベンダー間の取引の適正化は、JISAの重要な取り組みの一つ」と話す。これまでJISAは、開発委託取引のガイドラインを策定するなど、取り組みを進めてきた。しかし「ガイドラインには強制力はないため、限界があった」(尾形次長)。尾形次長は、「法改正で、ソフト業界における取引の公正化は大きく進むだろう」と語る。
2001年秋ごろには、NECや富士通、日立製作所など大手ベンダーが下請け会社へのソフト外注費をカットした。すでに契約書を交わした案件についても、料金を下げて再契約するよう要請してきたと言われている。もし今後同様のことが発生した場合は、「詳しく調べないと正確な判断は難しいが、条件が揃えば下請法違反になる可能性は高い」(公正取引委員会の高橋省三 事務総局取引部企業取引課長)。
業界に馴染まない点もあるただし、下請法をソフト業界に適用するうえでは課題もある。もともと製造業向けの法律だったため、ソフト業界の特性になじまない点がある。特に、検収のタイミングと、契約内容の明文化についてである。
下請法では、元請け会社は下請け会社から成果物を受け取ったら、内容を検査するかどうかを問わず、60日以内に代金を支払わなければならない、としている。しかしソフトの場合は、受領後すぐに完成品かどうかを判断するのは難しい。検査にはそれなりの時間が必要だ。成果物が目で確認できる製造業を対象にして生まれた同法の名残だろうが、「検査するかどうかを問わないというのは、ソフト業界の実態には合わない」(JISAの田畑浩秋 調査企画部主任調査役)。
また同法では、元請け会社は発注後遅滞なく、発注内容や代金の額、支払期日などを記載した注文書を下請け会社に渡す必要がある、としている。だがソフト開発では、プロジェクトの初期段階で、成果物の内容を固めるのは難しい。条文には「正当な理由があれば、初期段階で記載する必要はない」というただし書きがある。しかし、正当な理由とは何なのかという基準はない。また、元請けと下請けの区切りを、3億円という資本金の基準でつけるのが妥当なのか、という疑問もある。
そもそも下請法の適用外になる取引が多いため、ほとんど効果はないという意見もある。中小ソフト会社の仕事の仲介などを手がける任意団体、日本情報技術取引所(JIET)の二上秀昭理事長は、「2次、3次以降の下請けは派遣の形態が一般的。この業界で働く技術者のかなりの割合が、派遣技術者として働いている。派遣契約は下請法の適用外なので、下請法を改正しても中小ソフト会社の保護にはならない」と話す。
ソフト業界の契約形態に詳しいコンサルタントは、さらに厳しい。「この業界では、契約上は請負契約だが、実態としては派遣になっている取引がよく見られる。法律順守の観点からみると健全とは言いがたい。このような取引は、下請法と労働者派遣法のどちらの適用範囲なのか判断しづらい。そのため、言い逃れする余地があり、うやむやになりやすい」という。
取引関係の健全化は業界の義務下請法の保護の対象になるはずの、ある中小ソフト会社の社長は、「結局取引の内容は、元請けとの力関係で決まる。たとえ法律ができても、元請けは法律の抜け道を見つけて、巧妙に手口を変えるだけだろう」と冷めた目で同法をみる。
だが、さまざまな問題はあるとしても、下請法の根幹に流れる「中小企業の保護」という主旨は、ソフト業界全体で守るべきものだ。追い込まれた環境で、下請け企業がソフト開発の実務を手掛ければ、最終的に完成するシステムの質は当然下がってくる。こうした事態を放置することは、元請け企業にとっても、ユーザー企業にとってもプラスではない。
下請法の適応対象となったことを、ソフト業界にとって意味があるものにするために、業界全体で下請法の運用ルールを徹底的に協議すべきではないだろうか。
現在JISAは、下請法の運用ルールについて議論を進めている。しかし、JISAの会員企業には大手企業が多い。中小ソフト会社の代表も議論のメンバーに参加しているというが、中小ソフト会社の取引の実情をどれだけ反映できるかはまだ未知数だ。