政府が数十億円を投じてソフトウエア工学の研究機関を設立する検討に入った。大学や民間企業からの出向者で構成する研究機関を2004年度にも設置し、ソフト産業の国際競争力の向上を狙う。米国政府が資金援助する米カーネギーメロン大学ソフトウエア工学研究所(SEI)の日本版を目指す。

図●ソフトウエア・エンジニアリング・センター(SEC)の概要
 経済産業省は、ソフトウエア工学の研究開発を行う「ソフトウエア・エンジニアリング・センター(SEC)」を設立する具体的な検討に入った([拡大表示])。数十億円規模の予算を来年度の概算要求に盛り込む計画で、2004年度中の設立を目指している。

 ソフトウエア工学とは、設計から開発、運用、保守までソフト開発全般の生産性を向上させる研究分野のこと。代表的な成果として、米国政府が支援する米カーネギーメロン大学ソフトウエア工学研究所(SEI)が開発したCMMI(能力成熟度モデル統合)が挙げられる。

 経産省は、「日本のソフト産業の国際競争力を高めるためには、実践的なソフトウエア工学を研究するための基盤づくりと資金提供が急務」と判断。大学と民間の出向者からなる産学協同の研究機関を設立し、ソフト工学の最新技術や手法の民間への移転を加速させる。さらに、高度なソフト工学の技術/手法を取得した人材を育成するための基盤としての役割も持たせる。

 実現すれば、SECはソフトウエア工学を専門に研究する国内初の国家機関となる。すでに欧米では米国のSEIやドイツのフランフォーファ研究所など、政府が支援するソフト工学の研究機関が一般化しており、成果も出ている。

民間企業の技術者を任期付きで採用

 SECの構想は、学術にかたよらず実践的な研究を行うことと、最新のコンポーネント技術やプロジェクトマネジメント手法といった研究成果を、民間へ普及させることに重点を置いている。そのため、大学からの出向者に加えて、民間の第一線で活躍するベンダーの技術者や、ITを高度に活用しているユーザー企業の技術者を、任期付きの専任研究者として採用する方針。

 すでに4月末には、非公式ながらSECの設置検討委員会が発足しており、委員のリストにはNECやNTTデータ、富士通、日立製作所、日本IBMといった大手ベンダーの役員が名を連ねる。ユーザー企業では、トヨタ自動車の役員の名がある。東京大学や慶應義塾大学、早稲田大学といった有力大学の教授も参加している。「具体論になると侃々諤々(かんかんがくがく)だが、総論では皆SECの設立に賛成している」(経産省)。

 情報サービス産業協会(JISA)などがまとめた「ソフトウェア輸出入統計」によると、2000年の日本のソフトウエア輸入額は9189億円。これに対して、輸出額はわずか90億円で、大幅な輸入超過である。

 JISAの佐藤雄二朗会長は「ソフト産業の競争力向上は急務だ。そのためには単なるプログラマではないレベルの人材を育てる必要がある。SECは、そのための試みと理解している。何もやらないより、とにかくやったほう良い」と話す。

 ただし、まだ検討委員会で具体的に何を研究するべきかが見えていない。CMMIやEVM(アーンド・バリュー・マネジメント)といった米国生まれのプロジェクトマネジメント手法などを日本へ移植するだけなら、先を行く欧米との差異化はできない。

(井上 理)