想定外のコストも発生

 逆に,この試算に含まれていないコストも存在する。たとえば,住基ネットの運用にかかわるコストである。総務省は,住基ネットの運営事務費として年間32億2800万円が必要になると試算している。だが,この中には職員の人件費の増加分は含まれていない。

 住基ネットは,全国3241の市町村で転入・転出などに伴う情報の変更を受け付け,各市町村に設置するコミュニケーション・サーバー(CS)に情報を入力する。CSに入力された情報は47都道府県にある都道府県サーバーを経由して,全国センターに設置した全国サーバーとの間でデータの同期を取る。全国センターは地方自治情報化センター(LASDEC)が運営するが,市町村や都道府県のサーバーを管理するのは各地方自治体である。全国センターの運営資金は,都道府県が負担している。

 ある地方自治体のシステム部門によれば,「住基ネットのサーバーには,バグの修正ファイルなどが大量に配布されている。予想していなかった量だ。運用は簡単ではない」。システム部門の負担は確実に増えている。

 111億8200万円を計上した既存住基システムの改修費についても,目に見えないコストがかかっている。住基ネットに連動させるために既存の住基システムを再構築した自治体もある。老朽化したシステムの機能アップという目的もあるので,具体的なコスト換算は難しいが,もし住基ネットを導入しなければ,システム再構築に踏み切る自治体は減っていたはずだ。こういった費用は総務省では改修費用に含んでいない。

 行政側のメリットとして挙げられている,カード・システムの開発経費の節約分が93億円というのも本当だろうか。全国の地方自治体が行政サービスのためのICカード整備をバラバラに進めるよりも,全国の地方自治体で利用できる住基カードを利用したほうが,開発コストを削減できる。全国の自治体のコスト削減分を合計すると93億円になるというのが根拠である。

 だが,地方自治体のICカード導入意欲はそれほど高くない。ICカードの効果的な利用方法がまだ見つかっていないからである。独自にICカードを利用した行政サービスを手掛けた自治体の中には,サービスを大幅に縮小した例もある。こういった現実があるにもかかわらず,まだ開発が決まってもいないシステムのコストが節約できるというのは少し乱暴だろう。

離脱自治体増加でメリットは減少

 今後,住基ネット導入によるコスト・メリットがさらに減少することも考えられる。住基ネットから離脱する自治体が増える可能性が高いからだ。まだその影響は軽微だろうが,総務省は試算時に,住基ネットから離脱する自治体があるとは想定していなかった。

 9月11日には,東京都中野区がいったん接続していた住基ネットから離脱した。「個人情報保護の安全性確保が確認できない」というのが理由である。中野区の離脱によって,住基ネットに不参加あるいは限定的参加という立場をとる自治体の数は五つになった。

 総務省の高原企画官によれば,「地方分権を進めるために,国は違法行為があったとしても,地方自治体を訴えることができない」という。各自治体が住基ネット参加の条件として掲げる,個人情報保護の安全性の確保もいつになるか分からない。不参加自治体問題は,短期間には解決できない可能性も残る。

(中村 建助)