住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が稼働して2カ月弱。個人情報を国が管理することの難しさが話題になっているが,その費用対効果にも注目すべきだ。総務省の試算では,住基ネットは膨大な利益をもたらす。ところがその算定方法を眺めると,多くの疑問が浮かび上がる。

表●住基ネットのコストと利益の比較
 構築コストが364億6600万円。年間の維持運用コストが189億6800万円――。話題の住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)を費用面で見るとこうなる([拡大表示])。全国にまたがる行政システムとして,その規模は決して小さくない。

 そもそも住基ネットは,これまで各市町村が独自に管理していた住民基本台帳に,全国共通の住民票コードを割り振ってネットワーク化したもの。目的は「住民サービスの向上と行政事務の効率化」だった。

 住基ネットのデータベースは,氏名・性別・住所・生年月日の4情報と住民票コード,およびこれらの情報の変更履歴を管理する。このデータベースにアクセスすることで,市町村の枠を超えた本人確認を可能にした。今年8月から本運用がスタートしている。

 現状の住基ネットは個人情報保護が不十分であるとして社会的問題となった。運用も当初の予定通りには進んでいない。東京都杉並区のように住基ネットへの接続を拒否したり,横浜市のように住基ネットへの接続を個人の選択制にして,部分的にしか参加していない自治体が出ているのは周知の通りである。

住民側のコスト・メリットは?

 住基ネットの担当者である総務省の高原剛(つよし)自治行政局市町村課住民台帳企画官は,「住民票の写しを請求する必要がなくなるだけでも大幅なコスト削減が可能になる。法整備が進み,現在は住民票の写しを必須としている公的事務手続きで,住基ネットを利用するようになれば,その分だけ住基ネットの導入によって得られるメリットは大きくなる。来年8月になって,住民票の写しを全国どこからでも交付できるようになると,さらにメリットは拡大する」と語る。

 しかし,冒頭に掲げたような費用をかけ社会的な不安をかき立ててまで,住基ネットを構築・運営していくメリットが本当にあるのか。住民サービスの向上や行政事務の効率化は重要な課題ではあるが,それだけでは客観的な数値に置き換えにくい。

 総務省は,これらのメリットが一体どの程度の金額になるのかを試算している。表のように,行政側で年間232億7000万円,住民側で年間267億3000万円を節約できるという。

 この試算が正しいとすれば,総務省が主張する通り,住基ネットによるメリットは,運用コストを続けるにつれて,より大きくなる。だが,この試算には数多くの疑問点がある。

 最大の疑問は,住民側のメリットのコスト計算方式についてである。総務省は,転入転出届の簡素化や住民票の写しの交付にかかわる手続き時間を省略することによって浮いた時間を合計し,これに時給1000円をかけた分だけの金額的メリットをもたらすと試算している。しかし,実際に住民票の写しの交付を受ける必要がなくなったからといって,無駄な出費が減ったと判断する人間がどれだけいるだろうか。現実感に欠ける計算方法だと言わざるを得ない。

 転入手続きの簡素化で発生する時間の計算方法にも疑問が残る。総務省は計算に当たって,住基カードの利用が全体の50%に達したものと仮定している。だが,住基カードは希望者にしか配布しない。住民の50%に普及するには,相当な時間がかかると思われる。「絵に描いた餅」と言われても仕方あるまい。

 総務省の高原企画官も,「行政側だけでなく,住民側の利益をコスト換算していることに批判があるのは承知している」と話す。

(中村 建助)

次回(下)へ続く