インターネットの国際的な管理組織ICANNが危機に瀕している。資金調達がままならない上に,理事会構成メンバーの内紛もあって,インターネットの安定的な運用が難しくなった。3月10~14日に開かれた会議で,民間主導というポリシーを捨て,政府の支援を仰ぐ方針を検討することを確認した。

 インターネットのドメイン名や,そのルート・サーバーを管理する非営利民間組織のICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)がもめている。ICANNのスチュアート・リンCEO(最高経営責任者)は,「ICANNの運営資金は枯渇し,やらねばならない重要な仕事に手が回っていない。インターネットの安定的な運営を保証できない状況だ」と,“危機的”な内情を告白した。

 つまり,多言語ドメイン名のルール整備が先延ばしになったり,最悪のケースではルート・サーバーに障害が起こってインターネットが機能しなくなっても,ICANNは責任をとれない可能性を示した。

 この危機的状況を打破するために,リンCEOは,「インターネット・ユーザーによる直接選挙での理事選出を廃止し,代わりに政府が15人中5人の理事を選出する」という改革案を,3月10~14日にガーナで開催されたICANNの会議に提出した。

 だが,そもそもICANNはインターネットの運営から特定の政府色を排除し,完全民間主導による運営を目指して1998年に設立された組織。そのICANNが,自ら政府に支援を仰ぐという敗北宣言をせざるを得なかった背景には,それだけの理由があった。

 まず,資金繰りが破たんを来した。ICANNは,各国インターネット管理団体などからの寄付金で運営費をまかなっており,政府機関からの資金援助は断っている。

 しかし,寄付金は思うように集まらず,まともな運営ができる状態ではなかった。例えば,「給与が払えないので専任のスタッフも増やせず,スタッフはみな過負荷の状態。旅費も出ないので理事やスタッフは頻繁に集まることができず,多言語ドメイン名の仕組み作りなど,やるべき仕事をこなせない状態だ」(加藤幹之まさのぶ理事)という。

 さらに,資金不足からいまだにルート・サーバーの実質的な運用・保守を,通信会社など民間企業のボランティアに頼っている。ICANNは人もお金も出していない。インターネットの根幹たるルート・サーバーの稼働はICANNによる保証がなされていないのである。

 そこでリンCEOは,「インターネットの信頼性が政府によって担保され,政府からの資金援助も期待できる」と考え,民間主導のこだわりを捨てて各国政府選出の理事を受け入れる方針を提案したというわけだ。

理事会のメンバーが対立

 実は,この方針転換にはもう一つ裏がある。“異端理事”の排除を狙ったのだ。ICANNは世界にあまねく公平な運営を行うために,理事のうち9人をインターネット・ユーザーが直接選挙で選ぶ公選理事制を定めている。

 だが,これが組織運営上のゴタゴタにつながった。カール・アウアーバック北米代表理事と,自称“ハッカー”のアンディ・ミュラ・マグーン欧州代表理事の2人が強烈なアンチICANN派で,「理事会はとてもまともな議論を交わせないのが実情。運営に支障を来している」と理事の一人はぼやく。欧米代表理事の主張の妥当性はわからないが,このような理事の排除を狙って,リンCEOは公選制を取り止めようとしていると見られる。

 今後ICANNが改革を実行するまでの道のりは険しい。まず,各国のインターネット管理団体やインターネット・ユーザーの支持を得られるのか。さらに,政府がどう調整して5人の理事を選出するかについては,何もアイデアがない。運営資金を調達できる確証もない。依然としてICANNは危機的状況にあるといえる。

 ガーナの会議では,改革委員会を設置しインターネット・ユーザーからの意見を聞いた上で,遅くとも5月末までに改革の骨子とロードマップを理事会に報告することを決議した。さらに,2002年6月28日にルーマニアで開催するICANNの会議で,改革案の採択を目指すことも確認した。

(井上 理)