総務省は臨時国会で,著作権侵害や名誉毀損といったインターネット上の権利侵害に関する新法を提出する。新法の最大の狙いは,一定の措置を講じた掲示板運営者などの免責を認めること。被害者救済という観点では,情報発信者の身元開示を請求する権利を創設するものの,課題は多い。

図●新法による,権利侵害の解決の流れ

 総務省は12月7日までの臨時国会で,「特定電気通信による情報の流通の適正化及び円滑化に関する法律案(仮称)」を提出する。この法案は,権利を侵害された被害者が,プロバイダや掲示板サイトなどのインターネット事業者に対して,「情報の削除」や「発信者の身元開示」を要求できるようにするもの([拡大表示])。

 要求を受けた事業者は,発信者の同意を得た上で削除なり身元開示を行う。同意がない場合はその旨を被害者に通知。情報の削除や身元開示をするか否かの最終的な判断は,司法に委ねられる。以上のルールを守った事業者は,責任を問われることはない。

 この法案はそもそも,「プロバイダなどの免責を目的としたもの」(総合通信基盤局電気通信利用環境整備室の田中普係長)。従来,違法な情報がインターネット上の掲示板やオークションなどに掲載された場合,その責任の所在は明確でなかった。そのため,実際に権利侵害を犯したとされる発信者に加えて,場を提供するインターネット事業者が訴えられる事件も起きた。

 例えば,この9月5日に東京高等裁判所の判決が出たばかりの「ニフティ裁判」では,「フォーラム(電子会議室)内の誹謗中傷発言を放置した」として,原告がフォーラムの運営者とニフティに損害賠償を請求。1997年5月の一審判決では原告が全面勝訴したが,高裁の二審判決ではニフティ側が逆転勝訴した。

 こうした事件を契機に,ルールの明確化を求める声が,インターネット業界から上がった。インターネット事業者が膨大な情報をすべて管理するのは事実上不可能に近く,違法かどうかの判断も難しいからだ。今回の新法で,インターネット事業者は“突然の訴訟の危機”から救われることになった。

 一方,被害者については,権利侵害に対処するルールが明文化されるので,法的な拠り所を得ることになる。「違法な情報発信者の身元開示を請求する権利」が新法で創設されるため,被害者救済という観点からも,一歩前進と言える。これまで,「プロバイダは『通信の秘密』を守る義務があり,それを崩す法的根拠がなかった」(ニフティの山川隆常務取締役)。

 ただし,新法が被害者を完全に救済するまでには,多くの課題が立ちふさがる。まず,匿名掲示板や無料ホームページの運営者は,被害者の削除要求を発信者に対して確実に通知できるのか,という問題がある。

 また,A社というプロバイダの会員がB社の掲示板で権利侵害を犯した場合,被害者はどちらに身元開示を要求するべきか,という問題もある。ニフティは,「発信者の身元開示は基本的人権にかかわること。自分たちのサーバー以外で起きたことに関する身元開示の要求は,勘弁して欲しい」(山川常務)という。

 総務省は10月12日時点で,「法案の細部については,まだ検討中」(田中係長)としている。

(井上 理)