「無料」を売り物にして多数の利用者を獲得し,バナーやメール配信の広告で収益を確保する。インターネット・ビジネスを成功に導くといわれた「無料サービス」の方程式に,ほころびが見え始めた。収益の伸び悩みや,利用者を一気に拡大したことに起因するトラブルやクレームの急増,といった事態に,無料サービスを手がける多くのネット事業者が苦戦している。根本的な問題の解決は不可能と判断して,有料化を決断するケースも増えてきた。

 大手ポータル・サイトの一つであるエキサイト(東京都渋谷区)は2001年3月,自社サイトにある複数の掲示板を,突如削除し始めた。公序良俗に反する書き込みが増え,利用者同士のトラブルが発生する可能性が高くなった,というのが理由だ。利用規約に従い,該当する掲示板の利用者には,削除する旨を事前に通告しなかった。

 エキサイトの掲示板は,利用者自身が自由にテーマを設定し,無料で開設できる点が受けていた。そのため,今回のエキサイトの措置に複数の利用者が反発。「非民主的ではないか」と抗議したり,同社を批判する電子メールを多くのメディアに送りつけた。

 こうした抗議に加え,実際に掲示板の利用者が減るなどの影響が出てきたため,危機感を抱いたエキサイトは掲示板削除の方針を変更。同社のサイトに「お詫び」を掲載した。エキサイトの小幡進メディアデベロップメントシニアプロデューサーは,「公序良俗に反する書き込みを削除することは利用規約に明記している。しかし,今回は特定の語句を含む掲示板をほぼ無条件に削除してしまうなど,行き過ぎがあった。利用者からの指摘を受けて,内容のチェックを慎重にすることにした」と語る。

 こうした無料のインターネット・サービスは広告への依存度が高いため,利用者の数を増やすことが最優先される。利用者が増えれば,それだけトラブル発生の可能性も高くなる。エキサイトは,トラブルの芽を摘み取ろうとして強引な手段を採り,より大きなトラブルを招いてしまった。

オークションで詐欺や違法出品が続出

 無料サービスの展開でつまずいたネット事業者はエキサイトだけではない。各社は,サービスの利便性を損なわず,トラブルを排除しながら,同時に収益を確保しようと,試行錯誤を重ねている。しかし,この難題を解決することはもはや不可能と判断して,無料サービスの有料化に踏み切るネット事業者も出てきた。その代表例がポータル・サイト最大手のヤフーだ。

 ヤフーは5月中旬から,これまで無料だった「Yahoo!オークション」の参加費用を有料に変更すると同時に,決済口座などによる利用者の身元確認を行う。後を絶たない詐欺や違法な出品を減らすのが狙いだ。ヤフーは有料化の計画を今年1月に発表し,4月中旬から実施する予定だったが,システム開発の遅れを理由に実施を1カ月遅らせることにした。

 従来は,メール・アドレスや生年月日,性別,郵便番号などを申告するだけで,Yahoo!オークションへの参加に必要なIDを取得できた。そのため,利用者が身元を偽ることはそれほど難しくなかった。利用者の抵抗が予想されるにもかかわらずヤフーが有料化への転換を決めたのは,こうした身元確認の甘さが悪質な取引の元凶になっていると判断したからだ。

 ヤフーの殿村英嗣シニアプロデューサーは,「約200万点もの出品があると,悪質な取引は無視できない数に上る。当社は,利用者同士の決済を代行するエスクロー・サービスを導入するなどしてトラブル防止に努めてきたが,無料サービスを続ける限り悪質な取引をなくすことはできない。この問題を根本的に解決するには,サービスの有料化によって利用者の決済口座を把握し,身元確認の精度を高めるしかなかった」と話す。

 しかし,身元確認のためとはいえ,無料サービスを有料化すれば,利用者の減少は避けられない。実際,いち早く2001年1月に有料化を実施した米ヤフーのYahoo!オークションでは,出品数が有料化以前の約1割にまで激減した。日本でもYahoo!オークションの利用者が大幅に減少する可能性は十分にある。このような状況を好機と見て,競合会社であるイーベイジャパン(東京都千代田区)やディー・エヌ・エー(同渋谷区)は,これまで有料だったオークションの手数料を無料化する方針を打ち出した。

 独り勝ちだったYahoo!オークションが,大きなカベに直面することは間違いない。ヤフーは,「当社が指定した銀行を決済に使えば参加費用を1年間無料にする,というキャンペーンなどによって,有料化による影響を最小限に食い止めたい」(ヤフーの殿村氏)としている。

(中村 建助)