イトーヨーカ堂とセブンーイレブン・ジャパンの銀行子会社「アイワイバンク銀行(IYバンク)」が5月7日にも開業する。IYバンクが使う勘定系システムの開発は難航した。だが,他行接続を巡る手数料の設定に時間がかかり,銀行の設立が遅れたため,開発プロジェクトをなんとか開業までに収束できた。

 IYバンクの設立を巡って最後までもめたのは,IYバンクのATM(現金自動預け払い機)を利用した他の銀行が,IYバンクに支払う手数料の額だった。だが,手数料問題による銀行免許取得の遅れは,IYバンクの情報システム開発プロジェクトにとって“神風”となった。勘定系の開発が難航しており,手数料問題が起こらなかったら,システム開発の遅れが原因で,新銀行が開業できないという事態に陥るところだったからである。

写真●4月6日にアイワイバンク銀行の事業計画を発表したイトーヨーカ堂の鈴木敏文社長(写真提供:日本経済新聞社)

 イトーヨーカ堂は新銀行の情報システムを2000年10月に本稼働させる予定だったが,いったん2000年12月に延期した。関係者によると,延期した理由は,免許申請の遅れに加え,「銀行業務の手続きとシステムが合致していない」ことだった。

 勘定系アプリケーション(日立製作所製メインフレームで稼働)と,ATM(NEC製)を接続してテストしたところ,うまく動かなかった。勘定系アプリケーションは日立が,ATMと勘定系を接続する「スイッチング機能」は野村総合研究所(NRI)が,それぞれ開発している。日立機はNRIのセンターに設置し,NRIが運用を担当する。

 スイッチング機能は,IYバンクのATMを,IYバンクと業務提携する銀行に直接接続する仕組みでもある。IYバンクのキャッシュカードをATMに入れたときは,IYバンクの勘定系につながり,IYバンクと提携した銀行のカードを入れたときはIYバンクではなく,そのカードを発行した銀行の勘定系に直接,ATMを接続する。IYバンクと提携する三和銀行やあさひ銀行がこうした直結方式を採用する。

 これに対し,IYバンクと提携していない銀行のカードを入れた場合は,いったんIYバンクの勘定系につながり,そこから都市銀行間の提携ネットワークであるBANCSを経由して,他の都銀に接続する。

 一連のシステムの中でとりわけ開発が難航したのは,IYバンクの勘定系である。関係者によれば,当初は地銀で開発されたパッケージをカスタマイズして使おうとしたが,うまくいかず,かなりのアプリケーションを新規に開発し直した。また,BANCS接続機能など一部のプログラムについては三和銀行のものを流用したと見られる。

 計画修正後の本稼働時期としていた2000年12月になっても,勘定系はまだ安定しなかった。しかし,手数料問題で銀行の免許も取得できなかったので,さらにテストとシステム改良を続けることができた。その後,2001年に入るとシステムの問題はおおむね解決に向かった。現在,IYバンクは5月7日の開業に向けて最終テストを重ねている。ただし,5月7日には,BANCSや提携行との直接接続は見送ると見られる。勘定系の稼働を見極めてから,段階的に接続する銀行やネットワークを増やしていく。

表●イトーヨーカ堂とセブン―イレブン・ジャパンが4月10日に設立した「アイワイバンク銀行」の概要
5月7日の開業を目指す。セブン―イレブンが1999年9月20日に発表し,その後立ち消えとなった「ATM共同運用会社」の概要を並記した。

ビジネスモデル作りにも苦労

 システム開発にとどまらず,ビネスモデル作りも二転三転した。さかのぼると1999年9月20日に,セブン―イレブンが,「1999年12月に複数の銀行とATMの共同運用会社を設立し,2000年8月からサービスを開始する」と発表したことが発端だった([拡大表示])。

 ところが,1999年11月に入ってセブン―イレブンの親会社であるイトーヨーカ堂が突然,銀行業務に乗り出す方針を明らかにした。ATM共同運用会社へ出資を表明していた銀行にとっては寝耳に水だった,セブン―イレブンは各行に対し,「イトーヨーカ堂がやることになったので,ATM共同運用会社の計画は凍結する」と通告した。続いてイトーヨーカ堂が,「セブン―イレブンにATMを置き,皆さんに使っていただく構想は不変」と説明した。

 しかし,イトーヨーカ堂が銀行業務そのものを手がけるとなると,銀行にとって話が違ってくる。しかも,イトーヨーカ堂がスカウトしてきた銀行出身者と,共同運用会社に出資を表明していた企業とで意見が衝突し,交渉が進まなくなる事態も起こった。この結果,当初は積極的だった銀行の腰が引け,最終的に三和銀行がIYバンクに全面協力する形になった。三和銀はシステム開発やIYバンクの後方の事務処理の体制作りに協力するとともに,IYバンクへ取締役を送っている。

 結局,イトーヨーカ堂が金融庁に予備免許の申請を出せたのは2000年11月だった。申請後も,新銀行がBANCSに接続する意向を表明したことで,都銀の間で手数料を巡り論争が起こった。最終的には,イトーヨーカ堂が都銀の意向を受け入れた。BANCS接続が可能になったことを受けて,2001年4月6日,金融庁は予備免許を与えた。

開業2年目に単年度黒字は可能か

 ようやく開業にこぎつけたものの,多くの金融機関は,「ATM利用による手数料だけで,IYバンクを運営するのは不可能」と口を揃える。

 IYバンクの収入源は,他行から受け取る手数料である。本誌の調べによれば,提携銀行の顧客がIYバンクのATMを利用するたびに,IYバンクは提携銀行から150円を受け取る。提携していない銀行の顧客がIYバンクのATMを利用したときは,BANCS経由でその銀行へ接続し,銀行はIYバンクに50円を支払う。さらにBANCSを使うケースでは,IYバンクが顧客から100円程度を徴収する。つまり,どちらのケースでも他行顧客が1回ATMを使うと,IYバンクには150円が入る。問題は1日の利用件数である。

 ATM設置で先行しているエーエム・ピーエム・ジャパンやファミリーマートの状況を見ると,ATM1台当たりの維持にかかる月額コストは20数万円とされている。この価格には,ATMのリース料,現金の運搬費,警備費,センターの運用費をすべて含む。

 IYバンクも20数万円だと想定すると,1日60件前後の利用で収支とんとんになりそうだ。しかし,IYバンクの場合,他のコンビニATMと違って,勘定系業務のコストが大きくのしかかる。もっと利用件数を増やさないと損益分岐点を超えられないはずだ。IYバンクはATM1台の1日の利用件数を「60件以上」と見込んでいる。セブン―イレブンという強力なブランドを使って,どこまで利用件数を引き上げられるかがカギだ。

 一方で,IYバンクは利益率の高い小口ローン事業に乗り出すことを検討している。しかし,そのための業務の仕組みとシステムを用意する必要がある。前例のない挑戦だけに,IYバンクの前途はまだ多難と言える。

(谷島 宣之)