全国47都道府県の知事の中で最もIT(情報技術)への造詣が深いと自他ともに認める,岐阜県の梶原拓知事。昨年からは政府のIT戦略会議,その後のIT戦略本部に唯一の自治体関係者として出席。「生活の現場からの視点」に基づく発言で「e-Japan重点計画案」の決定にも大きな影響を与えた。その梶原知事の地元の岐阜県で,全国でも例を見ない情報関連業務の全面アウトソーシングが始まろうとしている。国のIT政策に対する見方,地方における情報化の課題と取り組みについて聞いた。

写真撮影:深澤 明

――知事はIT戦略本部やIT戦略会議に唯一の自治体関係者として参加されています。そうした立場から我が国のIT政策をどうご覧になっていますか。

 私は,日本政府のITへの取り組みが諸外国に後れを取ってきたことに不満を抱いていました。しかしIT戦略会議を立ち上げたことで,国家戦略も明確になりました。それによって地方でも随分と関心が高まってきています。

 しかしその半面,「なぜITか」という点が若干手薄だと思います。政府としては,「今なぜITか」ということをいろいろな機会に国民に認識してもらう努力をすべきでしょう。つまり歴史の中で,ITをどう位置づけて,何のためのITかという哲学をもって国家政策を進めなければならないと思います。

――それを決めるのがIT戦略会議の仕事であったのではありませんか。

 IT戦略会議では,「焦点を絞る」というコンセンサスのもとに進めてきたのでやむを得ない面がありました。しかし今後は政府が,ITによる幅広い経済政策や社会政策を打ちだすべきです。

――ITによる社会政策とは何でしょう。

 ITを大衆レベルで共有化することで,弱い者が強くなるし,小さい者でも大きな仕事ができるようになります。遠いところも近くなる。障害者も社会参加が可能になりますし,高齢者も重要な役割を果たせます。

 これが社会レベルになると個人個人がネットワークによってお互いに触発されていく。あるいは交流して,より多くしかも多様な生産メカニズムが働いて,新しい知恵が創造されていきます。我々は,このような意識で岐阜県のIT戦略をつくりました。むしろ国のほうにそうした視点が欠けています。

――3月2日にいわゆるIT戦略本部の会議で「e-Japan重点計画案」の大枠が決まりました。これに対してはいろいろな意見がありますが,実際に出席されていた立場からどうお考えですか。

 私は前回の会議で,「国の戦略はいわば鳥の目から見ている」とコメントしました。つまり鳥瞰です。これに対して我々が作っているのは,地べたを這う虫の目から見た計画です。計画づくりの段階で,家庭の主婦や障害者あるいは高齢者,そういう方たちの意見を積み上げてあるので国の視点とは根本的に違います。こうした生活の現場からの視点を常に取り上げていかないと,国民から醒めた目で見られる存在になるのではないかと心配しています。

縦割り行政への不満は自治体の怠慢

――20年ほど前に「高度情報化社会」という言葉が流行りました。いずれ日本中にネットワークが張り巡らされれば,地域格差はなくなるという話でした。それから20年たってみると,何のことはない東京に一極集中してしまいました。今またIT革命などといっていますが,本当に国全体としてバランスの取れた発展に向かうのでしょうか。

 IT革命といっても,例えば渋谷のビットバレーに見られるように,相変わらず東京に一極集中しています。このような集中メカニズムは是正しないと,日本列島全体としての活力が出てきません。

――地方ではどんな政策が必要ですか。

 これからは地方分権が進んで,地域が自立していかねばならない時代になります。地域間の善政競争,いい政治をする競争が米国の都市間のように激しくなると,地方もよくなるし国全体もよくなります。そうなれば,自治体のトップも歴史の流れを読んで的確に手を打つことが不可欠になってきます。

――地域が自立するといっても,現状では中央省庁の力を引き出すことが不可欠でしょう。そうした時に縦割り行政が障害になると聞きます。

 中央省庁の縦割りが問題だというのは自治体側の怠慢です。どんなふうに省庁再編成をしたって縦割りは残ります。それを横に統合するのが総合行政体としての県の役割です。

 我々は以前に建設省の道路と,農林水産省の農道・林道の計画をすべて県レベルで統合してしまいました。下水道に関しても,建設省の下水道と農林水産省の下水道,厚生省の合併処理浄化槽の計画を統合しました。

 こうしたインフラと同じように,大垣市を中心に西濃地域を情報都市圏にしようということで,関係省庁の課長さんに集まっていただいて,情報都市圏づくりに協力してもらってきました。中央官庁のどこかが招集すると,抵抗があるんです。県が席を設ければ,みんな来てくれます。そこで縦のものが横になるんです。やればできます。

 こうしたことは現場にいる我々が問題を提起しないと動きません。霞ヶ関で机に向かっているお役人が気づいて改良するなんてことはまずない。現場を知らないんだから無理です。現場にいる者がもっともっと注文を出さないといけない。これも自治体の責任です。

安易な発注傾向の打破にCMMが有効

――次に岐阜県のIT戦略についてお聞きします。煎じ詰めれば,産業振興と,住民サービス・行政の効率化ということが目標でしょうか。

 究極の目標は住民の生活を豊かにすることです。

 地域のことを考えますと,21世紀に最も成長する産業であるITで仕事ができる職場を県内に用意していかないと,人材がどんどん県外に流出してしまう。また県外で教育を受けた者が県内に戻ってこない。ですから若者が県内でITを職業にして生活できる場をつくっていくことが,これからの県政の最重要課題だと私は思っています。

――しかし地方にそんなにITの需要があるのでしょうか。

 地方には地方なりに,行政,教育,文化,産業,生活面でITの大きな需要が潜在的にあります。私はこれを政策的に掘り起こして,IT事業を担う地元企業を育てるべきだと考えています。

 日本全体で考えても,公共サイドのIT需要というのは膨大です。これを地元企業とうまくつなぐことが必要です。その一つが,経済産業省が進めている日本版CMM(本誌注:米カーネギーメロン大学のソフトウエア工学研究所が作った情報システム開発組織の品質管理基準)です。CMMのような一定基準の評価を得ることで,取引のない企業に対しても安心して発注ができるようになります。

――CMMはそんなに有効でしょうか。

 自治体の発注というのは,名の通ったところに丸投げで発注して責任逃れをしているというのが実情です。こうした安易な発注傾向を打破するのには,CMMのようなものが必要です。

アウトソーシングを研究しつくす

――岐阜県は情報システムをアウトソーシングすることを決めたそうですね。県の狙いは何でしょうか。

 一つは県の情報関連事務処理の合理化と高度化です。もう一つは大規模なアウトソーシングによって,県内に情報関連産業を育てることが狙いです。

――契約期間は長期間になるのですか。

 平成13年度から19年度の7年間です。これだけ長期間の契約ですと,業務ごとにばらばらに情報システムをつくっていったらとんでもないことになります。一括してアウトソーシングすれば,そうしたリスクを回避できます。財政的にもメリットがあります。債務負担行為(本誌注:将来の支出分も含めた契約などを行うための予算)が180億円ぐらいの見込みでしたが,120億円弱で発注できました。

――アウトソーシングでは発注側が主導権を握らないと,一方的に不利益を被るケースが少なくありません。

 その点はよく研究しました。発注先のNTTコミュニケーションズとは,業務の質を確保するために65項目に及ぶサービスレベル協定を結びました。

――技術進歩によって,情報システムのコストが下がることも考えられます。

 “コ・ソーシング”ということを我々は常々言っているんです。これは企業努力で,必要経費を圧縮できたら我々とアウトソーシング先で折半しましょうという契約です。仮に5億円のコストを圧縮できたら,2億5000万円ずつ分け合うことになります。

――そういった考え方は,すべて契約に織り込んであるのですか。

 もちろん契約に織り込みました。こうした点については,システム・インテグレータ大手の米EDSの協力を得て3年以上かけて研究しました。

――自治体としてそういった契約を結んだのは,先駆的なことですね。

 ほかの自治体からも問い合わせがたくさん来ています。みんな我々の結果を,固唾をのんで見守っています。それだけにアウトソーシング先の企業も熱心です。ここで成功すれば,全国の自治体すべてに当てはまるモデルケースになると思っています。

(聞き手=本誌編集長,古沢 美行)