国内でASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)事業が本格的に始まってから1年半。顧客獲得が思うように進まないことを理由に,サービスの提供を中止するベンダーがついに現れた。このベンダーの経営トップは,「中堅・中小企業の意識が変わらない限り,国内にASPは根付かない」と語る。

写真●アジアパシフィックシステム総研の木庭寛大社長
「社外秘の情報を社外に預けることに顧客の経営層が拒否反応を示した」と語る
 このベンダーは,独立系システム・インテグレータのアジアパシフィックシステム総研(Aspac)。同社は昨年4月から,中堅・中小企業や個人事業者向けに会計や給与計算などのASPサービス「hywebOffice」を提供していたが,この3月末で打ち切った。既存顧客からはサービス中止の了承を得た。希望する顧客には,hywebOfficeの各サービスと同等の機能を持つ,別のパッケージ・ソフトを無償で提供した。

 AspacがASP事業から撤退する理由は,顧客獲得が思うように進まなかったことに尽きる。同社の木庭寛大社長は「サービス開始時には,1年間で最低1000社のユーザーを獲得できないと,採算が合わないとソロバンを弾いていた」と打ち明ける。

 だが,現実は厳しかった。今年3月の段階でhywebOfficeのユーザー数は約100社にとどまった。AspacはhywebOfficeの利用料金をアプリケーション1種類当たり月額3000円に設定していたので,「毎月の売り上げが30万円にしかならず,事業として話にならなかった」と木庭社長は語る。hywebOfficeの提供には,設備費や人件費など,毎月400万円以上のコストがかかっていたからだ。

 年間売上高40億円のAspacにとって,この“持ち出し”は決して小さくない。「今後,hywebOfficeの顧客が増える見込みはなく,赤字が膨らむ一方」と判断した木庭社長は,今年2月の経営会議でサービスの中止を正式に決定した。2001年3月期決算で,ASP事業からの撤退に伴う損失8000万円を計上する。こうしたこともあって,同社は2001年3月期の経常利益見通しを5億6400万円から4億6000万円に下方修正した。

 「私の経営判断が甘かったことも事実だが,中堅・中小企業の経営層がASPサービスに抱く心理的な抵抗感は予想を大きく上回っていた」。木庭社長はhywebOfficeの顧客が目論見通りに増えなかった原因について,こう分析している。hywebOfficeの商談では,現場レベルでは前向きだったにもかかわらず,経営層の承認の段階でとん挫したケースが非常に多かった,という。「中堅・中小企業の経営層は,会計データや顧客データといった社外秘の情報を社外に預けることを,想像以上にいやがった」。

 もちろんAspacのケースが,すべてのASPサービスに当てはまるわけではない。しかし国内でASP事業を手がけるベンダーのほとんどが,思うように顧客を獲得できていない。会計や人事などのASPサービスを提供するメーカー系インテグレータの担当者は「正直に言って,ASP事業が採算ラインに到達する見通しはまったく立っていない」と明かす。

 こうした状況に対して,Aspacの木庭社長は「ASP事業で利益を出しているベンダーはほとんどいないはず。どのベンダーもつまらない意地やプライドだけで,サービスを継続している」と厳しい目を向ける。「結局,中堅・中小企業の経営層の意識が変わらない限り,国内にASPは根付かない」と言い切る。

 ASPに限った話ではないが,システム・サービスの提供に際して,「最後に鍵を握るのは,顧客とベンダーの信頼関係」(Aspacの木庭社長)である。「アプリケーションの機能や料金は,関係ない」(Aspacの木庭社長)と続ける。そうした意味で,これまで取引のなかった企業から,ASPサービスを受託することは至難のワザだろう。大手から中小に至る,無数のベンダーが提供するASPサービスの真価が問われるのはこれからだ。

(戸川 尚樹)