「ブロードバンドのメリットをより多くの人が享受するために,難しい技術をやさしく使えるようにするのが本当のプロだ」。NTTグループのマルチメディア事業会社で,ネットワーク関連のサービスやシステム構築を手がけるエヌ・ティ・ティ エムイー(NTT-ME)の池田茂社長はこう語る。同社は社員1万8000人のうち実に9000人がMCP(マイクロソフト認定技術者)の資格を持つなど,新時代に向けたプロ養成に余念がない。今後は「お客様の“購買代理店”としてビジネスを拡大していく」という。

写真撮影:寺尾豊

――NTT-MEの最近の動きを見ると,立て続けに内外の企業と提携して新規ビジネスを始めるなど,実に活発です。 

 基本的なことから言えば,当社は「モノ」を持たない会社なんです。通信関連の事業をやっていると,どうしても設備産業的なイメージが強いが,ウチには何にもない。例えば交換機とか,建物,土地,回線,電柱など。全部借りてやってます。とにかく「人」しかない会社ということです。

 そうすると,NTTグループの他の会社と性格がかなり違ってきます。我々の行動パターンとしては,今までの「販売代理店」的な,つまりモノがあってそれを売るというマーケティングから発想を逆転して,「購買代理店」という形で仕事をするしかない。お客様のニーズを伺い,お客様のエージェントとなって必要なものを集め,お客様に提案をしていく。

 販売代理店であれば,扱う品目はこれこれと決まるわけです。ところが購買代理店となると,お客様のニーズに合わせて次から次へと非常に速いスピードで変わっていく。必要なものをベンチャーや海外の企業が持っていれば,それを見つけて提案することになる。こうした私どもの動きを外から見ると,何かいろいろなことをやっているように見えるのでしょう。

――「購買代理店」というのは,池田さんの発案ですか。

 まあ,いろいろな人の話を伺ってですね。そのときに思ったのは,これまでは供給サイドが非常に力を持っていて需要サイドが弱かったのですが,インターネットの出現もあって,その力が逆転してきたということです。そうすると,今後は需要サイドを代表する人,仕事,会社が大事になるのではないか。我々はモノも金もない,したがって購買代理店にならざるを得ない。これは今までの論理で言えば弱味だけれども,逆に新しい時代に一番即した会社になり得ると考えました。社員にはこう言ってます。「新しい時代に適した会社なんだ。土地がない,金がないと言って嘆くな」と(笑)。

難しいことをやさしくするのがプロ

――では,その新しい時代,通信ではブロードバンド(広帯域)と呼ばれる時代を迎えて,NTT-MEはどういう役割を果たしていくのですか。

 ブロードバンド時代というのは,すなわち通信に映像が入ってくることです。これまでは帯域が狭くて品質が十分ではなかったが,今後はビデオも含めて情報がやり取りされるようになる。すると,テレビの普及を考えれば分かるように,インターネットも映像によって利用が一挙に広がる。だれでも簡単に入れる世界になっていきます。ところが,多くの人が映像を楽しむためには,その陰で膨大な環境整備が必要なわけです。

 今までのIT技術者というと,難しいことを勉強し,難しいことを難しくやるのがプロでした。アクロバット的な世界ですから,1億人がいるうち,せいぜい20%くらいの人がそういう技術者。しかしブロードバンド時代は,残りの80%くらいの人に向けて,難しいことを簡単に享受できるようにするのが本当のプロです。我々はそういうミッションと責任を持って,環境整備を担っていきます。

――インターネットの渋滞を回避する先進技術を持った米インターナップ・ネットワークサービスと提携して,2001年4月に合弁会社を設立するのも,その一環ですね。

 そうです。ネットワークの中の難しい部分を受け持って,多くの人々がやさしく快適に利用できるようにします。ただ,我々はネットワークには強いけれど,全部自分たちでできるとは思っていません。米国の企業と提携するのも,いいものを持っている企業同士が協調するということです。

第二次ルネッサンスの元年

――2001年はそのほかにどんな新しい事業を考えていますか。光ファイバを活用した新ビジネスとか?

 もちろん光ファイバ関連の事業もやっていきますが,もっと大きく言うと,2001年からは「第二次ルネッサンス」だと思っています。1年とか10年単位ではなく,100年,200年単位で考えるべき時代のジャスト・ビギニングです。どういうことかというと,デジタル革命が起こります。

 デジタル革命の本質は,既存の組織や考え方の見直しをするということです。そうすると,お客様はこれからいったい何を要望され,当社はどういうお手伝いができるのか。鉄鋼会社は鉄を作り続けるのか。むしろ環境ビジネスに行くようなことがあり得る。医療やエネルギーの分野もITで大きく変わる。これは予測がつかない。だから,当社が2001年の1年間に何をやるのかは予測がつかない(笑)。

 ただ,これじゃ分かりづらいので,今の仕事に近いほうで言えば,やはりブロードバンドです。ADSL(非対称デジタル加入者回線)や光ファイバ,ワイヤレス,ISDNも含めてすべてやっていきます。モバイルや映像の蓄積という分野もあります。通信と放送の境目がなくなる世界で,我々はプロとして,国家的なミッションを持ってビジネスを拡大していきたい。

MCPの有資格者は9000人に

――NTT-MEはもともとは通信関連のエンジニアリングの会社でしたが,現時点で新旧ビジネスの売り上げの比率はどうなっていますか。

 1999年4月の発足当時,「3年後に50%対50%」という目標を立てました。途中経過はあまり考えない。なぜかというと,当社の売り上げは毎年3月のところで一挙に上がるからです。我々は3年後をターゲットにして,ブロードバンドを含めいろいろな事業をずっとやっています。上場していないので,年度というのもあまり考えない。ただ,発足3年後には50対50にするということです。

――社内の人材育成はどうでしょう。これまで手がけていなかったビジネスを展開するために,苦労も多いのでは。

 現在,1万8000人の社員のうち,9000人がMCP(マイクロソフト認定技術者)の資格を持っています。わずか1年半の間に当初の90人から100倍に増えました。今は世界で最大のMCP保有会社だと思っています。CCNA(シスコ認定技術者)の資格者数も日本で最大のはずです。こうして非常に短期間のうちに,いわゆる電話技術者の集団から,購買代理店というコンセプトに合う集団に変身したわけです。社員には本当に感謝しています。

――具体的にどうやって有資格者を増やしたのですか。資格を取るには費用もかかると思いますが。

 会社が費用を持つかどうかは千差万別。全部,支店長の裁量ですよ。どこかへ行って勉強した人もいれば,電車の中でやった人もいる。1回で試験に通った人もいれば,3回,4回の人もいるし,若い人も59歳の人もいる。もう千差万別。あまり基準を設けてしまうと窮屈になる。僕は結果として数が増えればいいと思っています。

――ただ,MCPなどの資格を持つ人が増えたからといって,即座に顧客のニーズに合った提案をできるわけではないでしょう。

 そうですね。そうした意味で,購買代理店というのは一つの回答なんです。社員には,すべての事業の根幹はCS(顧客満足度)だと言っています。「CSなくして雇用なし」と。購買代理店という宣言をしたからには,お客様の味方になって「よくやった」と言っていただかなければならない。

 そのためにはどうするかと言うと,技術の習得も必要だなとか,仕事のやり方や応対マナー,服装はこうしなければといったことを自然に考えるようになる。それが社員教育ということです。仮にお客様のところへ今まで3人でお伺いしてたのが,1人でご満足をいただけるようになれば,生産性も3倍にアップすることになります。

――社員の平均年齢が48歳と高い点についてはいかがですか。

 当社は,1万人以上の会社で平均年齢が世界一高いんです。しかし,私自身はそのことを誇りにしています。それだけお客様から信頼を得た人材がそろっているということだからです。若い人は信頼がないと言っているわけではありません。ただ,社会の中でいろいろな経験を積んでずっと生き抜いてきた,選りすぐった人間が残っているのだと解釈しています。平均年齢が世界一高いということは世界一幸せである,と私は思っています。

(聞き手=本誌副編集長,杉山 裕幸)