トヨタ自動車のBtoC(企業対消費者)のWebサイト「Gazoo」が注目を集めている。トヨタが自動車メーカーの枠を越えた情報や商品の品ぞろえを進めているからだ。Gazoo事業を担当している豊田章男氏に,事業の狙いや体制,今後の戦略について聞いた。「基本的にGazooの軸は自動車」としながらも,さまざまな企業と組んで,会員にとってよいと思われるサービスをその都度提供することに意欲を見せる。収益を上げることより,「お客様がどんなことに興味があるのかを“感じる”」ことがGazoo事業の狙いだと語る。

写真撮影:高島誠次
――Gazooサイトは自動車関係の情報だけでなく,旅行や本,CDなどさまざまな商品を扱っていますね。

 いろいろな商品を提供させていただいていますが,私は基本的に軸は自動車だと思っています。例えば,JTB(日本交通公社)と組んで旅行商品を販売している「トラベルモール」では,自動車で行く旅を中心に載せてもらっています。最新のバイク情報や中古車情報を提供する「バイクモール」もそうです。自動車のユーザーの3割はバイクからの乗り換えなんです。最近の日本ではバイク市場自体がちょっと縮小しかけていて,このままでは自動車市場も先細りになる可能性があります。そこで,二輪車メーカーの協力を得てモールを開いているわけです。

 では,Gazooで扱っている本はすべて自動車雑誌なのかと言われたら,そんなことはありません。Gazooで本を買ったユーザーが1年後には絶対に自動車を買ってくださる,とは思っていません。ただ,本とかCDを普段は別のところで買っていて,あるとき突然にトヨタで自動車を買っていただくよりは,「本やCDを買った延長線上に自動車がある」というふうにしておいたほうが現実的だと思っているわけです。

――今後,どういった商品の拡充を図るのですか。

 私どもが「これこれの商品を提供しよう」と言っても,必ずしもそれにぴったりのパートナがタイムリに来てくださるわけではありません。私や部長がマーチャンダイジングをしているわけではなく,いろいろな方から引き合いをいただく都度,ドタバタやっているのが現状です。「Gazooの会員の方々にとってこういうサービスやこういう商品はよいのかな」と考えて,1+1が2ではなく,3か4になる可能性を秘めているパートナと一緒にビジネスをさせていただいてます。

 トヨタは将来的に,三つのブランドでインターネット・ビジネスを手がけようと思っています。一つはトヨタ・ブランドの「TOYOTA INTERNET DRIVE」,もっと幅広いお客様はGazoo。そして三つ目が,2000年12月31日開催のインターネット博覧会(インパク)に出すトヨタパビリオンです。インパクのほうは,大げさに言うと自動車産業全体に対して責任を持てるようなサイトにする考えです。これら三つがうまく連携し合うようにしたいと思っています。

自動車のネット直販はしない

――10月にネット限定車を発売しましたが,この自動車の実際の商談は販売店ですることになっています。トヨタがWeb上で自動車を直販する可能性はないのですか。

 日本における自動車販売は,在庫を売るという部分もあるのですが,基本的に受注生産みたいなところがあります。需給のバランスというのは絶対に合わないんですよ。販売店に在庫を持ってもらいながら,メーカーがお客様から直接,注文を聞いて届けるようなことをしたら,私が販売店の立場だったら怒ると思うんです。販売店は非常に重要なパートナです。パートナを裏切るようなことはしません。

 米国では「ネット・ディーラ」は第三者から出て来ます。しかしトヨタの場合,ネット・ディーラは既存の販売店の中から出てくると思います。そういうふうにもっていこうとしています。

――Gazoo事業を将来的に収益の柱にしようと考えていないのですか。

 トヨタというと生産者指向が強いイメージがありますが,消費者指向の強い部分,お客様がどんなことに興味があるのかを“感じる”ための事業がGazooなんです。ですから,Gazoo事業の収支はとんとんであればいいと思っています。ただしGazoo事業には,外部の方が思っておられるほどお金はかけていません。いくらぐらいとは申し上げられませんが。トヨタはそういう点はしっかりしていますからね(笑)。

――今年の株主総会でネット事業を定款に加えられました。収益事業にしようと考えてのことではないのでしょうか。

 収益事業にするということではなく,責任を持つということです。Gazooがトヨタの事業であることをはっきりと株主および世間の方々に示したというところです。現在64万人の会員の方を抱え,来年には300万人ぐらいにしようと計画している以上,トヨタとして責任ある態度を見せることは必要だと思うんです。

 今までも,定款の第何条と何条と何条を合わせれば「Gazoo事業を指しているな」と分かったんですよ。ですから,あえて定款を変更する必要はないという意見もありました。ただ,Gazooがこれだけ認知されてきた以上,定款を一つ見ただけで「これはGazoo事業のことだな」と分かるようにするのが重要と考えたわけです。

ネットの主役はユーザー

――今年1月に発足したGazoo事業部の約70人の要員は,どのようにして集めたのですか。

 半分ほどはトヨタ社内から来ていますが,残りの半分ほどはアウトソーシング先の会社からトヨタに出向してもらっています。異なる会社の人間を一つの大部屋に集めて,Gazoo事業部という受け皿でやっています。インターネット・ビジネスでは何よりもスピードが要求されますから,「この仕事はこういうふうに外部に頼まないといけない」とか言っていると,もうそれだけでタイミングが遅れてしまいます。

 Gazoo事業部の要員はみんな「シンガー・ソング・ライター」なんですよ。彼らは「あっ,これって,お客さんが『ノリがいい』と言っているよ。じゃ,もっとこうやってみようか」とか,「あっ,人気なくなっちゃった。ちょっと戻そうか」なんてやってます。私の一番の役目は,シンガー・ソング・ライターである彼らが,自由闊達に仕事ができる環境を一生懸命つくることだと思っています。私がああしろこうしろと言っていては,私の器以上のものには絶対なりません。それでは何十万人,何百万人のお客様に対して本当のサービスは提供できないと思います。

 私と一緒に歩いていただければ分かると思いますが,Gazoo事業部のだれも私を上司だなんて思っていませんよ(笑)。お客様が上司だと,一人ひとりが分かっているんです。ネットの主役はユーザーなんです。「お客様第一」とか,「お客様の声を直接,よく聞きましょう」とか,だれでも言います。ですが,本当にお客様の声を聞くというのは大変なことだと改めて感じています。

 Gazoo事業部には,24時間体制のコールセンターを設けています。わたしがそこへ行けば,今どういう苦情がきているとか,どういうお褒めの言葉をいただいているとかが,100%わかるようになっています。五感を研ぎ澄まして一生懸命お客様の動向を感じ,苦情を苦情として終わらせない,それがGazoo事業部なんです。

かつての「系列」の考え方はない

――ファミリーマートなど「コンビニ5社連合」と共同で「イープラット」というインターネット・ビジネスのインフラ構築会社を設立されましたが,コンビニ最大手のセブン-イレブン・ジャパンとの関係はどうなっていますか。

 セブン-イレブンと協力する計画は現時点ではありません。ただ,イトーヨーカ堂とは以前,岐阜の空き地を利用して一緒にお店づくりをした経緯があります。どっちが敵,どっちが味方,どっちが対抗とか,だんだん明確に言えなくなってきたのではないでしょうか。「イトーヨーカ堂グループとは,コンビニという切り口では競争しましょう,ただし別のところでは一緒に協力してやりましょう」,そういうものだと思います。だれがどっちの陣営か,というほうが分かりやすくて楽しいんでしょうけど。

――米GM(ゼネラルモーターズ)がインターネットをはじめとするIT事業推進の戦略部門として「e-GM」を作って,日本にも進出しようとしているようです。e-GMとはどのような関係になりますか。

 現時点では何も考えていません。その都度,ある面は協力し,ある面は競合する,ということになると思います。かつての「系列」みたいに,「トヨタはGM傘下だから」という考え方は,もうないと思うんですよ。

 e-GMのマーク・ホーガン社長とは,わたしが以前GMとのジョイント・ベンチャーにいたときに非常に親しくさせていただいてました。今でもしょっちゅう意見交換はしていますが,何か具体的なことが決まっているのかと言われると何もありません。

(聞き手=本誌副編集長,中條 将典)