日本アイ・ビー・エムは10月4日,メインフレームの新製品「e server」を発表した(IT Pro注1参照)。完全な64ビット・アーキテクチャへ移行するとともに,システムの最大性能を2500MIPSに引き上げた。さらに,メインフレーム用ソフトの料金を,そのソフトが使う処理性能で決める新体系を導入する。

 日本IBMが発表した最新メインフレーム「e server」は,「FreeWay(開発コード名)」と呼ばれていた製品(IT Pro注2参照)。64ビット・アーキテクチャを採用する世界で初めてのメインフレームである。サーバー製品の名称統一に合わせて「システム/390」というシリーズ名を改めた。2000年中に出荷する。64ビット新OSは,2001年第1四半期(1月~3月)に出荷予定である(IT Pro注3参照)。

 日本IBMは新製品を,同社がいう「eビジネス」用の大型サーバーとして位置付けており,「高い拡張性と柔軟性を追求した」(日本IBM)。eビジネスにおいては,不特定多数のユーザーから大量のアクセスがサーバーに集中する可能性があるためだ。そこで,日本IBMは新製品自体を高性能にするとともに,処理が集中したときにシステム資源を柔軟に再配置する機能を盛り込む。

 拡張性追求の具体策は3点ある。単体処理性能が約250MIPSの新プロセサ,64ビット・アーキテクチャの採用,チャネルやネットワークの強化,である。

 新製品に搭載するCMOSプロセサは,0.18μmルールの半導体製造技術を採用し,250MIPSを実現した。従来は0.2μmルールだった(IT Pro注4参照)。これまで単体処理性能が最も高かったのは,日立製作所の「MP6000」プロセサで,同じ250MIPSだった。MP6000はバイポーラ技術を採用している。IBMはCMOSでバイポーラに追いついた。

図1●IBMの最新メインフレーム「e server」と競合製品の処理性能比較。
e serverは,国内最高速のシステム性能を持つ

 新製品はこのプロセサを最大16までマルチプロセサ構成にできる(IT Pro注5参照)。16プロセサ構成のシステム性能は2500MIPSで,国内で販売されているメインフレームでは最高速となる(図1[拡大表示])。ただし,北米市場において,日立が16プロセサ構成で3200MIPSのシステム性能を持つIBM互換機「Trinium」を出荷している(IT Pro注6参照)。

 64ビット・アーキテクチャにより,16EB(エクサ・バイト=100万テラ・バイト)という広大なメモリーのアドレス空間を確保できる。このアドレス空間を利用すると,「メモリー資源をふんだんに使うERPパッケージ(統合業務パッケージ)やEJB(Enterprise Java Beans)仕様のJavaアプリケーションを高速に実行できるようになる」(日本IBM)。(IT Pro注7参照)

 新製品は周辺機器とのインタフェースを拡充する。入出力関連では,ファイバ・チャネルを使ったチャネル「FICON」を,従来機の3倍に当たる96本まで接続できるようにした。これによりディスク装置との間のデータ転送能力を7GB/秒から12GB/秒に増やすことが可能になる。

 ネットワーク関連では,ギガビット・イーサネット用のアダプタ・カードを強化し,1カード当たり2ポートをサポートできるようにする。この結果,LANとの間のデータ転送能力が従来の2倍の最大24Gビット/秒になる。従来は1カード当たり1ポートしかサポートできなかった。(IT Pro注8参照)

プロセサやチャネルを動的に再配置

図2●IBMの最新メインフレームOSが持つ新機能「インテリジェント・リソース・ディレクター」の概要。
論理区画ごとのハード資源の割り当てを動的に変更できる

 一方,新製品のもう一つの強化点である柔軟性の向上については,新OSに「インテリジェント・リソース・ディレクター」と呼ぶ機能を付加することで実現する。処理要求が集中し,プロセサやチャネル・パスなどのハード資源が足りなくなったアプリケーションに対して,動的に新たなハード資源を割り当てる機能である。これまでハード資源の構成を変更するためには,システム運用担当者が設定をいちいち変更しなければならなかった。

 IBMメインフレームは,1台のメインフレームを論理的に複数の区画(パーティション)に分割し,それぞれの区画ごとに異なるOSを稼働させる機能を持つ。インテリジェント・リソース・ディレクターを使うと,OSが各区画におけるアプリケーションの稼働状況を監視し,ハード資源が余っている区画から不足している区画に資源を動的に移動してくれる(図2[拡大表示])。移動の対象となるハード資源は,プロセサとチャネル・パス。今後は,メモリーの割り当ての動的変更も検討する。

 さらに,IBMは新OS,データベースのDB2,トランザクション処理モニターのCICS,ロータスのノーツ/ドミノ,チボリの運用管理製品といった主要なメインフレーム用ソフトを対象に,「ワークロード使用料金方式」という新料金体系を導入した。(IT Pro注9参照)

 これは,各ソフトが実際に利用している処理性能(MIPS)に応じて料金を決める仕組みである。従来はハードのシステム性能に応じてソフトに課金していた。このため,そのソフトが実際に利用している処理性能が同一であったとしても,ハードをアップグレードしたとたん,自動的にソフト料金も上がる仕組みになっていた。ユーザーが納得しやすい料金体系に変えることで,ソフトの利用を増やす作戦だ。

 ソフトが使う処理性能は「MSU」という単位で測定する。1MSUはおよそ5.7MIPS。ユーザーは,ソフトごとに必要なMSUを事前に日本IBMに申告すると同時に,OSの一機能である「ライセンス・マネジャ」に登録する。この申告値によってソフト料金が決まる。(IT Pro注10参照)

 OSは各ソフトの動きを監視しており,4時間の間に使用した処理性能の平均値を算出する。突然,アクセスが集中した場合などに,インテリジェント・リソース・ディレクターにより一時的に申告値を超える処理性能を使うことはできる。しかし,平均値が申告値を上回った場合は,OSがこのソフトへのMSUの割り当て量を自動的に申告値まで減らしてしまう。申告値以上の処理性能を使いたいユーザーは,ライセンス・マネジャにコマンドを打ち込めば割り当てたMSUを増やすことができる。この場合,増やしたMSUに応じた料金を払う。 IT Pro注11参照)

(森 永輔=日経コンピュータ編集)


【IT Pro注】

IT Pro注1:正確には,「eserver」(“e”はご存じのIBM独自ロゴ)のうち,「zSeries 900」がS/390後継のメインフレームの名称。ほかにRS/6000後継の「pSeries 600」,AS/400後継の「iSeries 400」,Netfinity後継の「xSeries 200/300」が発表された。
 このうちインテル・プロセサ搭載の「xSeries」は,今回は下位モデルのみの追加。上位機はNetfinityの現行機種が継続販売となる。日本IBMは発表しなかったが,米国ではWWWサーバー専用機「xSeries 130/135」と,ストレージ・サーバー専用機「xSeries 150」というモデルも発表されている。
 「pSeries」は今回の発表では,RS/6000 S80の上位機「680モデルS85」と,ラック搭載用の薄型機「640モデルB80」の2機種のみを発表した。
 「iSeries」は現行のAS/400のラインアップをそのまま一斉にシリーズ名を変更。強化点はほとんどなく,最上位のモデル840(最大24プロセサ構成)に8,12,18プロセサ構成が選択可能になったことと,論理分割(LPAR)機能の開発意向表明を行った程度である。
 またIBMが99年7月に米Sequent Computer Systemsを買収してラインアップに追加した「NUMA-Q」サーバーは,日本IBMの10月4日の発表会では「インテル・プロセサ搭載機なので,将来のxSeriesに統合される」との発言があった。が,米IBMの資料(下の参考資料1参照)では,「pSeries」の項目で触れられている。ただしこの米IBMの資料でも,「NUMA-Qの後継機はeserver製品の1つとして発表する」としているが,「pSeriesに含める」とは明記していない。

IT Pro注2:米IBMの発表リリース(下の発表資料2参照)では,「eserver」シリーズ全体は「Project Mach 1と名付けられた3年がかりの全社規模の計画から生まれた」と書いている。

IT Pro注3:新「zSeries 900」はハードは日米とも12月出荷。新OSのz/OS V1R1は米国では2001年3月末,日本では同4月出荷となる。
 なおzSeries 900は,現行のOS/390のV2R6以後,VM/ESAのV2R2以後,390 G5/G6用LinuxなどもOSとして利用できる。逆にz/OS V1R1もzSeriesのほか,既存の390 G5/G6とMultiprise 3000でも(当然64ビット・アドレシングは不可だが)利用できる。

IT Pro注4:390 G6の「CMOS7S」技術に対して,zSeries 900のプロセサは「CMOS8S」技術とIBMは呼んでいる。
 CMOS8SはCMOS7Sと同じ銅配線技術で,IBMはPOWERプロセサで採用ずみのSOI技術は,今回も使用していない。ただしクロック周波数が向上し,G6の高速タイプ(Z系)が1.57ナノ秒だったのに対して,zSeries 900は1.3ナノ秒クロック(約770MHz動作)になったという。また,390のG5やG6のような,高速版/低速版プロセサの設定は,zSeries 900には存在しないという。

IT Pro注5:実際には,1~9プロセサ構成の「モデル101~109」では,マルチチップ・モジュール上に12個,10~16プロセサ構成の「モデル110~116」では20個のプロセサ・ユニットが,物理的に実装された状態で出荷される。
 IBMが広告などで「640Way」と称しているのは,20プロセサ×32クラスタ接続という意味だが,20プロセサのうちアプリケーションが走るCPUとして使われるのは最大16個。残りはシステム全体の制御を担当するSAP(System Assist Processor)や予備などとなる。
 IBMは390 G5やG6でもこのように,「機能を停止させたプロセサを搭載して出荷」しており,例えばG6では14プロセサを搭載(CPUとしては最大12個稼働可能)していた(下のBizIT「メインフレーム・サイト」での関連記事2参照)。この休眠プロセサを,システムの稼働中にマイクロコードの修正だけで活性化して性能アップができるのが,IBMのご自慢のCUoD機能である。

IT Pro注6:ちなみに,IBM/IBM互換メインフレームのソフト料金の基準となるため,IBM,HDS,Amdahlの3社が公表しているMSU値では,「zSeries 900」は43MSU(1プロセサ)~441MSU(16プロセサ)となっている。
IBMはzSeries 900の単一プロセサ性能を「390 G6の20~30%増し」と公称している。これは上述のクロック周波数の向上などによるもので,従来からの31ビット・アプリケーションでのもの。アプリケーションを64ビット・モード用に書き換えた場合の効果は加味していないという。「64ビットへの書き換えによる性能向上は,環境により異なるが,2割程度の性能向上が見込める」(日本IBM)。
 参考までに390 G6の1プロセサ機は35MSU,AmdahlのGS2000Eの1プロセサ機は32MSU(下のBizIT「メインフレーム・サイト」での関連記事3参照)。HDSのTrinium Nineには正確には1プロセサ機がないが,推定で45MSU(下のBizIT「メインフレーム・サイト」での関連記事4参照)である。
 なお,「zSeries 900」は390 G6と同様に,プロセサからの熱を冷媒に移して,きょう体内の空冷部まで循環させて冷やす,密閉冷却型の空冷方式を採用している。

IT Pro注7:zSeries 900の64ビット・アーキテクチャは,米IBMの資料では「z/Architechture」と呼ばれている(下の参考資料2参照)。汎用レジスタ,制御レジスタとも64ビット,PSW(Program Status Word)も2倍の128ビット長となり,このPSWの中に370時代の24ビット,XAとESAの31ビット,そして64ビットの3つのモードの識別フラグが含まれる。
 24ビット,31ビット,64ビットの3種類のアプリケーションは,当然ながらz/OS上でそのまま再コンパイルなしに,1タスクの中でも混在して稼働できる。
 このアーキテクチャを,「ESAME」(ESA Memory Extension)と表記しているIBMの資料もある。この「ESAME」においては,「ステージ1」として「実記憶64ビット・アドレス,仮想記憶は31ビット・アドレスの多重」,「ステージ2」として「仮想記憶も64ビット・アドレスの多重」となる,2段階があると説明されている。
 このステージ1は,2001年4月のz/OSの出荷と同時に利用可能となるもの。ステージ2の「仮想記憶の64ビット」の利用は,DB2やCICS,IMS,MQなどのミドルウエアが対象となるが,これらもできるだけ2001年4月出荷の予定だとしている。
 従来からS/390のハードには,31ビット・アドレス=2GBを超える実記憶が搭載可能であり,G6の場合最大32GBまで設定されていた。ただし従来は,LPARで分割するなどして,実際には2GB以下の実記憶イメージでしか使えなかった。
 zSeries 900の実記憶容量は最大64GBである。zSeries 900のアドレス・バスは128ビット幅で,S/390 G6時代と変わらないという。
 今回の「64ビット・アドレス」は,既存のメインフレーム・アプリケーションにはほとんど必要性がないことを,IBM自身も認めている。目的は本文中にもある通りERP製品とJavaアプリケーション,中でもSAP R/3の搭載を想定したという面が強そうだ。
 UNIX系サーバーでの64ビット・アドレス用のインプリメントをできるだけ簡単に移植するには,「31ビット・アドレスだが,データ空間/拡張空間などの仮想空間を複数使って広大な記憶領域を取る」390/ESAまでのアプリケーション開発の流儀に固執できない,とIBMは判断したようである。

IT Pro注8:ざっくりまとめると,「プロセサ-メモリー間のバス,プロセサ-I/O間のバスともに,合計24GB/秒」となっているという。

IT Pro注9:日本IBMでは2001年第3四半期から適用。

IT Pro注10:実際には,この変動料金「VWLC」を適用する製品はz/OS,CICS,DB2,IMS,MQ,Tivoli製品,Dominoなどに限られる。そのほかのソフト製品(VMなども含む)は,「プロセサ性能によらない一律月額料金」が設定される。また,390 G5/G6でz/OS環境を利用する場合は従来通りの「PSLC」料金(下のBizIT「メインフレーム・サイト」での関連記事2参照),Multiprise 3000でz/OS環境を利用する場合は「GOLC」料金という従来通りの料金体系が適用される。
 変動料金VWLCは,「基本料金」(MSUごとに45以下,175以下など5段階)と,各MSU範囲ごとの「MSUあたり料金」の合計で設定される。この料金カーブは「PSLC」料金と似た形状になる。

IT Pro注11:なお,「zSeries 900」のハードは,「オープン価格」(日本IBM)とのことで,定価が設定されていない。日本IBMは390 G6ですでに,「メインフレームのハードに定価を設定しない」制度を導入ずみである(下のBizIT「メインフレーム・サイト」での関連記事2参照)。
 ただし「コスト・パフォーマンスは年率30%程度向上させた」(日本IBM)とのことなので,実質的にzSeries 900は「390 G6の同等構成機と,価格据え置きで性能を向上した」ものと見られる。

◎関連記事
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スニーカへの履き替えねらうメインフレーム,IBMのブランド統合作戦の行方

◎発表資料
発表資料1へ](米IBMの発表リリース「IBM Reinvents Mainframe and Marketplace」)
発表資料2へ](米IBMの発表リリース「IBM Introduces Servers for the Next Generation of e-business」)

◎参考資料
《ハード本体》
参考資料1へ](米IBMのAnnouncement Letter「eServer Announcement Overview」)
参考資料2へ](米IBMのAnnouncement Letter「zSeries 900」=S/390 G6後継)
参考資料3へ](米IBMのAnnouncement Letter「iSeries 400」=旧AS/400)
《基本ソフト》
参考資料4へ](米IBMのAnnouncement Letter「IBM z/OS」=OS/390後継)
参考資料5へ](米IBMのAnnouncement Letter「IBM Announces Workload License Charges」)
参考資料6へ](米IBMのAnnouncement Letter「z/VM V3R1 Enabled for 64-bit Architecture」)
参考資料7へ](米IBMのAnnouncement Letter「Software Enhancements to IBM AS/400 V4R5」)
《ストレージ関連》
参考資料8へ](米IBMのAnnouncement Letter「Preview: The IBM Enterprise Storage Server -- SAN Solutions for S/390」)
参考資料9へ](米IBMのAnnouncement Letter「IBM Storage Capacity on Demand」)

◎BizIT「メインフレーム・サイト」での関連記事
関連記事1へ](米IBM,S/390 G6サーバーを発表,銅配線技術を導入,12プロセサ構成を実現)
関連記事2へ](日本IBMもS/390 G6を発表,「コスト・パフォーマンスはG5と同等」)
関連記事3へ](米Amdahl,大型メインフレーム「Millennium 2000」を発表,銅配線の1940MIPS機など100モデル以上を投入)
関連記事4へ](米HDS,世界最高速メインフレーム「Skyline Trinium Nine」を発表,実は昨年2月発表モデルの“予定通り出荷”とディグレード・ラインの追加)

(千田 淳=IT Pro編集)