小売企業がメーカーや物流企業などと効率的に取引できるようにする「インターネット取引所」が,いよいよ日本でも立ち上がる。米シアーズ・ローバックなど欧米の大手小売が組織する「グローバルネットエクスチェンジ(GNX)」はこの7月末に,日本の大手小売や卸の数社がGNXに参加することを発表する見通しだ。すでにジャスコが参加を表明しているライバルの「ワールドワイド・リテール・エクスチェンジ(WWRE)」より先んじる考えだ。

表1●2000年以降に相次いで発足する,小売業向けの主なインターネット取引所。現時点で運営を開始しているのはGNXだけである
 「大変なことになりそうだ」。今年6月20日,米カリフォルニア州に本社を置く小売業向けインターネット取引所「グローバルネットエクスチェンジ(GNX)」が都内で開催したセミナーで,大手小売企業の情報システム部長はこうつぶやいた。

 GNXは米シアーズ・ローバック,仏カルフール,独メトロなど,欧米を代表する大手小売企業6社が共同で組織するインターネット取引所で,今年3月に運営を開始した。6社は,米オラクルのインターネット取引所構築ソフト「Oracle Exchange」で構築したシステムを使い,約100社のメーカーや物流企業と取引している。

 冒頭のセミナーは,GNXがインターネット取引所の長所を具体的に説明し,日本企業に参加を促すためのもの。これが奏功して,GNXはこの7月末に,日本の大手小売や卸の数社がGNXに参加することを正式発表すると見られている。

 日本では現在でも,大手小売企業がVAN(付加価値通信網)などの電子発注システムを利用し,取引先に専用端末を設置してもらう方法が一般的だ。「そんな“ムラ意識”はもう通用しない。グローバル・ビジネスでは,競合企業同士がシステム・インフラを共有してコストを削減することは当たり前だと痛感した」とこの部長は打ち明ける。

続々登場する小売業向け取引所

写真1●仏カルフールからGNXに出向しているクロード・ドンピエールGNX副社長。「インターネット取引所は小売企業のビジネスを変革する。カルフールはそれを傍観するのでなく,主導することを選択した」
 自動車や鉄鋼などの業界で始まったインターネット取引所設立の動きが,小売業界にも急速に波及し始めた(表1[拡大表示])。欧米でのサービス提供で先行したGNXに続き,今年3月末には米Kマート,英テスコなど欧米の大手小売企業16社が「ワールドワイド・リテール・エクスチェンジ(WWRE)」の設立計画を発表。日本からはジャスコがいち早く参加意向を表明した。世界最大の小売企業である米ウォルマート・ストアーズも,独自のインターネット取引所「リテール・リンク」を立ち上げる。

 小売以外の企業や業界団体が主導する小売業向けインターネット取引所の構想も持ち上がっている。石油メジャーで,ガソリン・スタンドに併設したコンビニエンス・ストアを経営する米シェブロンは,ウォルマート子会社の物流会社であるマクレーンと組んで,7月中にも「リテーラーズマーケットエクスチェンジ」を立ち上げる。米国の主要な食品メーカーや小売企業,物流企業が加盟する業界団体である食品マーケティング協会(FMI)と食品ディストリビューション・インターナショナル(FDI)も,今年8月をメドにインターネット取引所の運営を開始すると表明している。

 小売業向けインターネット取引所が乱立するなかで,現時点ではGNXに一日の長がある。GNXのCEO(最高経営責任者)であるジョセフ・E・ラフリン氏(シアーズ・ローバック上級副社長)は,「現在,インターネット取引所のシステムを稼働して,実際に取引を行っているのはGNXだけだ。開設からの3カ月で,すでに約5000万ドルの取引があった」と説明する。これに対して,参加企業の数でGNXを上回るWWREは,2000年末に取引を開始すると見られている。

写真2●独メトロのグループ企業であるゲメックス・トレーディングのエルンスト・ヴィーマン部長。「20カ国に店舗を展開するメトロにとって,世界中からの商品調達を一元管理できるGNXは極めて有効なツールだ」
 参加企業の意気込みの大きさもGNXの強みだ。「仏カルフールは今後2年以内に,年間550億ドルにおよぶ取引全体の75%をGNXに移行することを決めた」(仏カルフールからGNXに出向しているクロード・ドンピエールGNX副社長)。カルフールだけでなく,GNXに参加する大手小売企業はいずれも,GNXを使った取引を拡大していく方針を打ち出している。

オークションなど多様な取引に対応

 GNXの取引の流れを見てみよう。インターネット取引所のシステムは,米カリフォルニア州のGNX本社に設置したサーバーで稼働している(図1[拡大表示])。このシステムに対して,小売企業6社と,その取引先である約100社のメーカーや物流企業がインターネット経由でアクセスする。

 GNXのシステムが備えている機能は,大きく二つに分けられる。

 その一つが,「定番商品の補充発注」機能だ。小売企業が専用線などを使って構築した既存のEDI(電子データ交換)システムの機能を置き換えるものである。従来から継続的に取引しているメーカーに対して,定番商品を簡単に発注できるようにする。発注の数量やタイミングをシステムが自動的に決定することも可能だ。

図1●GNXにおける取引の仕組み。GNXは,メーカーがマスター登録した商品情報から電子カタログを作成する。小売企業は電子カタログを見て取引先や商品を選ぶ。オークションなどの機能も実現している
 もう一つは,「カタログ販売」や「オークション」など,WebブラウザからGNXのWebサイトにアクセスして利用する機能である(図2[拡大表示])。

 「カタログ販売」は,小売企業が仕入れたい商品の条件を指定すると,GNXに登録された商品の“電子カタログ”から該当商品を検索し,表示する。例えば「原価5ドル以下の洗濯用洗剤」と指定すると,GNXに参加しているすべての日用品メーカーを対象に検索する。小売企業にとっては,これまで取引のなかったメーカーの商品を仕入れることが容易になる。

 一方,「オークション」は,メーカーが出品した特定の商品に対して,複数の小売企業が購入価格を提示し,最も高い価格を提示した小売企業が落札する仕組み。グローバルな規模の“せり”を実現できる。

 米シアーズは,同社がGNXに参加した場合のコスト効果を定量的に試算してみた。それによれば,GNXの「定番商品の補充発注」機能を利用すると,既存のEDIシステムを利用する場合に比べて,システム運用コストを2500万ドル削減できることが分かった。さらに「カタログ販売」機能や「オークション」機能を利用すれば,商品の仕入れ原価を2億5000万ドル削減できる。在庫削減の効果も加えれば,合計で3億3500万ドルのコスト削減が可能になるという。

業界標準のコード体系を採用

 GNXに参加するメーカーにとっても大きなメリットがある。例えば商品情報の登録作業の効率化である。

 GNXの「カタログ販売」や「オークション」で利用する電子カタログは,商品マスターから自動生成する。メーカーは自社の商品情報を商品マスターに登録する際に,国際標準の「UC-EANコード」を使うことができる。特に欧州ではこれまで,メーカーは小売企業がそれぞれ独自に決めたコード体系に従わなければならないケースが多かった。「GNXに登録する国際標準のコード体系と小売企業固有のコード体系の対応付けは,小売企業自身が行うことになっている。メーカーは複数の小売企業のコード体系に対応するための手間を軽減できる」(ドンピエールGNX副社長)。

図2●GNXのWebサイトの画面例。「カタログ販売(Catalogs)」や「オークション(Auctions)」を選択すると,商品の画像も参照できる
 国際標準のコード体系を採用することで,小売以外の業界のインターネット取引所と連携することも可能になる。GNXは,米P&Gや米コカ・コーラなど,食品や日用品とその原材料のメーカー各社が2000年10月をメドに立ち上げるインターネット取引所「TRANSORA」と連携する計画だ。これにより,小売企業にとっては,原材料まで含むサプライチェーンの管理が可能になる。メーカーにとっては,GNXに参加するだけで,原材料メーカーと小売企業の双方と取引できるという利点がある。

課題はWebサイトの日本語化

 「GNXの組織とシステムはオープンであり,参加を希望する小売企業はすべて受け入れる。規模が拡大すれば,メーカーの参加を促すこともできる。その結果,取引所としての価値が高まるし,1社当たりのシステム・コストも低減できる」(ラフリンCEO)。GNXが日本企業の参加を求める理由もそこにある。「GNXはグローバルな取引だけで効果を発揮するわけではない。日本の小売企業が日本のメーカーから商品を仕入れる場合でも,従来のシステムに比べて,コストの安さや導入のしやすさで勝っている」(ラフリンCEO)。

 ただし,課題も残っている。日本語への対応だ。冒頭のセミナーでも,多くの参加者が「商品情報の登録などを,すべて英語で行うのは非現実的」と指摘したという。

 こうした声にこたえるため,GNXはインターネット取引所のWebサイトを日本語化する方針を固めた。また,小売企業と卸との連携など,日本独自の商習慣に対応したシステムのカスタマイズも行う予定だ。日本の参加企業へのサポートは,日本オラクルがバックアップすると見られる。

 競合企業と同じシステムを利用することを嫌う日本の小売企業が,GNXやWWREに参加せず,独自にインターネット取引所を開設する可能性もないわけではない。しかし「インターネット取引所の複雑なシステムや大規模なネットワークを独自に構築したり運用していくのは採算が合わない。システムはツールにすぎないのだから,他社と共有しても問題はない。小売企業は商品の品ぞろえや販売促進などで正々堂々と競争することができるはずだ」(独メトロのグループ企業であるゲメックス・トレーディングのエルンスト・ヴィーマン部長)。

(小林 暢子)

スピードで優位に立つ

(写真撮影:福田一郎)
グローバルネットエクスチェンジ(GNX) CEO(シアーズ・ローバック上級副社長)
ジョセフ・E・ラフリン氏

問 GNXを設立したきっかけは何か。

 他業種が取り組んでいるインターネット取引所の進展だ。特に自動車業界からは大きな影響を受けた。

 小売業界と自動車業界は,世界規模で企業の合併や買収が相次いでいる点や,全世界から商品を調達することで品質向上とコスト削減を両立させなければならない点が,非常によく似ている。自動車業界を参考に,米シアーズが米オラクルとインターネット取引所の構想を検討し始め,仏カルフールが賛同したことでGNXの土台が固まった。

問 参加企業の数で比較すると,GNXは競合するWWREより小規模だ。

 小規模だからこそ,WWREをはじめ他のインターネット取引所に先駆けて取引を開始することができた。GNXに参加しているメーカーは,各小売企業の重要な取引先であり,いわば戦略的なパートナだ。まず少数のパートナと取引を始めて,問題点やその解決策を発見する。これをインターネット取引所のシステムに反映し,小売企業のニーズに合わせてカスタマイズしていくことができる。こうしたプロセスを踏んで取引の実績を積み重ねれば,参加企業はおのずと増えていく。

 インターネット・ビジネスで何よりも重要なのはスピードだ。せっかく多くの企業が参加しても,成果を早く生み出せないのでは何にもならない。

問 インターネット取引所は,小売企業にとっては大きなメリットがある。しかし,メーカーにとっては販売価格が引き下げられるといったデメリットがあるのではないか。

 メーカーにとってもさまざまなメリットがある。最大のメリットは,顧客と接する小売企業からGNXを通じて,顧客の動向に関する最新情報を得られることだ。消費者と生産者の距離が縮まることで,商品開発に顧客の好みを反映させることも可能になる。さらに,サプライチェーンを改善し,在庫を圧縮できる。

 ただしGNXは,メーカーと小売企業が情報を共有するコミュニケーション機能がまだ弱い。現在,この機能を開発するための専門チームを設けて,検討を進めている。

問 企業としてのGNXは,利益を出すことを目的にするのか。

 GNXは独立した企業として,取引に伴う手数料を徴収し,利益を出していく。将来は株式公開を目指す。GNXが独立性を保たなければ,参加企業に対して公平なサービスを提供することができない。GNXは今後,明確な意思決定の基準や取引のルールを確立し,参加企業に従ってもらうつもりだ。