米トランスメタが開発した新型プロセサ「Crusoe」を搭載するノート・パソコンが,ついにベールを脱いだ。米IBM,NEC,日立製作所の3社が,それぞれB5サイズの試作機を発表。富士通もCrusoeを搭載した,ノート・パソコン向けのマザーボードを公開した。Crusoeの特徴は,インテル・プロセサに比べて消費電力が少なく,発熱量を抑えられること。これにより,きょう体が小さく,駆動時間の長いノート・パソコンを実現しやすくなる。
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写真1●トランスメタはPC EXPOで,ライバルであるインテルの隣にブースを構えた |
トランスメタはPC EXPOで,3社の試作機を並べた自社の展示ブースを,ライバルである米インテルの隣に設置し,真っ向勝負を挑んだ(写真1[拡大表示])。その狙い通り,CrusoeはPC EXPOの目玉として脚光を浴びた。
PC EXPOに先立つ5月末には,米ゲートウェイが,米アメリカ・オンラインと共同開発するインターネット専用端末へのCrusoe採用を表明。米コンパックコンピュータも,ノート・パソコンにCrusoeを採用する方向で技術評価を進めている。両社は今回のPC EXPOには試作機を出展しなかったものの,今後もCrusoe採用の波が広がっていく可能性は高い。
消費電力を従来の3分の1に
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表1●米トランスメタの「Crusoe」を採用すると表明したメーカーと,Crusoe搭載製品の概要。米コンパックコンピュータと米ゲートウェイは,今回のPC EXPOには出展しなかった |
この仕組みによって消費電力を抑えられるので,インテル・プロセサやその互換プロセサに比べ,発熱量が少ない。その結果,冷却ファンを小さくして,ノート・パソコンのきょう体を小型にできる。駆動時間も長くなる。ただし,ソフトによる翻訳処理のために,同じ動作周波数帯のインテル・プロセサに比べて,処理速度は若干落ちる。
トランスメタによれば,Crusoeの消費電力は,同じ動作周波数帯のインテル・プロセサの3分の1程度。その結果,インテル・プロセサを搭載したノート・パソコンでは一般に2~3時間,長くても5時間程度のバッテリ駆動時間を,Crusoe搭載機では最長8時間程度にできる。「Crusoeのインパクトははっきりしている。バッテリが長持ちし,きょう体が小さいノート・パソコンを実現できることだ」(トランスメタのデビッド・ディッツェルCEO)。
Crusoeが備える電力管理機能も,消費電力を低く抑えるのに効果を発揮する。Crusoe搭載パソコンの利用者は,パソコンで動作するGUI方式の管理ソフト「LongRun」を使って,Crusoeの動作周波数の上限と下限を設定できる。設定はアプリケーション単位ではなく,パソコン単位で行う。Crusoeは処理の負荷に応じ,あらかじめLongRunで設定した範囲内で動作周波数を自動調整する。プロセサの処理能力をそれほど必要としないアプリケーションを利用する場合は,動作周波数の上限を低く設定して消費電力を抑える,といったことが可能になる。
インテルも「SpeedStep」と呼ぶ電力管理機能を備えたノート・パソコン向けプロセサを提供している。ただし,動作周波数の調整は「AC電源利用時」と「バッテリ利用時」の2段階しかできない。
日立は8時間駆動と高性能をアピール
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写真2●大手メーカーが出展したCrusoe搭載ノート・パソコンの試作機(左から日立製作所,NEC,米IBM)。いずれもB5サイズ |
PC EXPOにノート・パソコンの試作機を出展した3社のうち,日立とNECはTM5400を,IBMはその上位プロセサであるTM5600を採用した。OSはいずれもWindows98だった。
試作機という位置づけのためか,3社は既存のノート・パソコンのきょう体をそのまま利用していた(写真2[拡大表示])。日立は個人向けモデルの「Priusノート220」。NECと日本IBMは,それぞれの企業向けモデルである「VersaPro VA40H」シリーズと「ThinkPad 240」シリーズをベースにしている。
3社のうち,デモに最も力を注いでいたのは日立だ。同社のデモ担当者はバッテリ駆動時間の長さを強調するとともに,DVDの映画ソフトを再生するデモによって,Crusoeの処理性能がインテル・プロセサに比べてそん色ないことをアピールした。「内蔵バッテリだけで,最長8時間程度もつ。DVDソフトの再生という“重い”アプリケーションでさえ,Crusoeとインテル・プロセサとの性能差は数%程度しかない。ワープロや表計算といったビジネス・アプリケーションなら全く問題はない」。小型ノート・パソコンの主な用途が,Webページの閲覧やオフィス・ソフトの利用であることを考えると,Crusoe搭載機の性能は十分に実用的と言えそうだ。
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写真3●富士通が出展した,ノート・パソコン向けのCrusoe搭載マザーボード |
3社以外では,富士通がCrusoeを搭載したノート・パソコン向けマザーボードを公開した(写真3[拡大表示])。同社はこのマザーボードを使ったCrusoe搭載ノート・パソコンを製品化すると見られる。
インターネット専用装置も登場
トランスメタのブースでは,Crusoeを搭載したインターネット専用端末の試作機も参考出展されていた(写真4[拡大表示])。OSにはトランスメタがCrusoe向けに開発した「Mobile Linux」を,Webブラウザには「Netscape Navigator」を採用した。無線LAN用のPCカードを装着して,インターネットに接続する。10.4インチ型のTFT液晶ディスプレイを備え,内蔵バッテリで最長6~7時間の動作が可能だという。
このインターネット専用端末は手に持って利用し,マウスの代わりに専用のタッチ式ペンで操作する。Webページのハイパーリンク部分をペンで触れることでリンク先のWebページに移れるほか,画面に表示したキーボードをペンで操作して,文字を入力することもできる。実際に使ってみたところ,ハイパーリンクをたどる操作は容易だったが,ペンを使った文字入力にはややストレスを感じた。
今年5月に米ゲートウェイと米アメリカ・オンラインが開発すると表明したインターネット専用端末の内容は,Mobile Linuxやネットスケープ製Webブラウザを採用する点など,この試作機と非常によく似ている。ただし,トランスメタは,この試作機のメーカー名を明らかにしなかった。
今後の真価が問われる
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写真4●トランスメタのブースでは,Crusoeを搭載したインターネット専用端末の試作機が展示されていた |
しかし,省電力・小型のノート・パソコン市場に目を付けたインテルが,圧倒的な資金力と技術力にものを言わせて,トランスメタ対抗製品を投入してくる可能性もある。今後はモバイル向けプロセサの分野で,主導権争いが加熱しそうだ。
モバイル分野ではインテルに負けない
米トランスメタCEO
デビッド・ディッツェル氏
問 大手メーカーがCrusoeの採用を決め,PC EXPOでも脚光を浴びている。現在の心境は。
答 天国にいるような気持ちだ。私やスタッフが何年も続けた努力が,ようやく実った。
問 なぜ,これだけ注目を集めたと思うか。
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多くのユーザーがこういった問題を解決する技術を待ち望んでいたからこそ,Crusoeが注目を集めたのだろう。Crusoeは今後,劇的に飛躍すると確信している。
問 パソコン最大手のデルが,まだCrusoeの採用を表明していないが。
答 デルの件については,まだコメントできない。しかし,今回IBMやNEC,日立などの大手メーカーに採用してもらった意味は大きい。他のメーカーにも積極的にCrusoe採用を働きかけていくつもりだ。
問 インテルがCrusoe対抗のプロセサを投入したら脅威ではないか。
答 プロセサ業界は自動車業界と似ている。自動車業界には非常に多くのメーカーや商品が存在する。プロセサ業界も同じだ。インテルもいればAMDもいる。
インテルは確かに良い企業で,対象製品もサーバーからデスクトップ,ノートまで多様だ。これに対してトランスメタは,ベストなモバイル機器向けのプロセサという市場に絞りこんでいる。Crusoeは優れた電力管理機能など,インテルにはない特徴を備えている。インテルは手ごわいが,この分野では負けない。
問 今後の不安材料は。
答 特にない。課題があるとすれば,Crusoeの知名度を高めることだ。Crusoeが小型ノート・パソコンのプロセサとして最適な選択肢であることを広く知ってもらうまでには,まだ時間がかかる。
プロセサの生産能力には,全く不安はない。IBMの工場に生産を委託しているからだ。今年と2001年に量産するプロセサは十分に確保できるメドが立っている。
今後も次々に新プロセサを開発する。2001年の初めには,動作周波数が1GHzで,2次キャッシュ・メモリーが1MBの「TM5800」を投入する予定だ。