用途はインターネット接続と家庭内LAN

 PLCが高速になると,2通りの利用形態が考えられる。一つは集合住宅の電気室まで光ファイバなどを引き込み,そこから各戸を結ぶ配線として電力線を使う方法。親モデムを電気室に設置し,各戸に子モデムを置く。もう一つは,宅内のパソコンやAV家電をPLCモデムに接続し,電力線で家庭内LANを構築するという使い方である。インターネット接続のように各戸にモデムを1台設置するのではなく,宅内に複数のモデムを設置する。米国ではHome Plug PowerLine Allianceという業界団体がこのような宅内用PLCモデムの規格「HomePlug 1.0」を策定し,既に準拠製品も出回っている。

図3●DLNAの通信媒体として期待
パソコンや家電間で動画や音楽などのコンテンツを共有するためのガイドライン「DLNA(Digital Living Network Alliance)ガイドライン」の伝送媒体としてPLCを使うことが考えられている。現在定義済みのネットワーク媒体には欠点がある。イーサネットだと引き回しが面倒で見た目があまりよくない。無線LANだと無線状況に応じて画質などの変動が大きい。これらの欠点を補うもう一つの媒体として,メーカーはPLCに期待を寄せている。

 家電メーカーは後者の利用形態に期待を寄せる。米Intel社,米Microsoft社,ソニー,松下電器産業など17社が中心となって立ち上げた業界団体DLNA(Digital Living Network Alliance)では,異なるメーカーの機器でコンテンツ共有を可能にする「DLNAガイドライン」の伝送媒体にPLCを追加することが提案されている(図3[拡大表示])。

 現在,DLNAが定める伝送媒体はイーサネットとIEEE802.11a/b/g準拠の無線LAN。イーサネットは確実に伝送できるが,配線の引き回しが面倒で見た目も美しくない。無線LANは配線不要で便利だが,電波状態に左右されリアルタイムの動画などがなめらかに再生できないことがある。「PLCはホーム・ネットワーク向け伝送媒体の決定版ではない。だがどの部屋にも電力線は敷設されているので,イーサネットや無線LANが不向きな場所の選択肢として有力」(ソニー ホームエレクトロニクスネットワークカンパニー商品技術戦略部門総合技術戦略部の中嶋康久担当部長)。

秋までにモデムの共存仕様を策定

 実用化に向けての課題は大きく三つ。異なるメーカーのモデムの共存が難しいこと,PLCモデムや電力線から漏洩電磁波が発生すること,他の無線通信利用者の理解が得られにくいこと,である。

 一つ目のモデムの共存については,規格作りが始まろうとしている。ソニー,松下電器産業,三菱電機の3社は2005年4月をメドに,他メーカーのPLCモデムが共存できる仕様を策定する業界団体「CEPCA(CE-Powerline Communication Alliance)」を立ち上げると発表した。現状では,電力線上で信号が干渉してしまうため,メーカーが異なるPLCモデムは通信できない。同じメーカーのモデム同士で通信していても,ネットワーク上に他社のモデムがつながると通信がストップしてしまう。

 CEPCAは2005年秋ごろまでに,インターネット接続用の親モデムと宅内モデムとの相互接続,および宅内モデム間の共存を可能にする仕様を策定するという。技術的には周波数帯域を分けたり,時分割で通信して信号が干渉しないようにする仕組みが考えられている。

 またCEPCAでは家電などへの組み込みを想定しており,「高速PLCは家電やパソコン間の通信に使う。PLCモデムを機器に組み込むには,家電を制御するためのノウハウやインタフェースの設計などの知識が必要。CEPCAではパソコンおよび家電メーカーがコアメンバーとなって活動していく予定」(三菱電機 電力情報通信部長の伊藤泰之氏)という。

スペインではPLCを屋外で利用

写真●住友電気工業のPLCモデム
右がスペインで使われている最大45Mビット/秒のモデム,中央が今後スペインで導入予定の最大200Mビット/秒のモデム,左が今後の実用化を見据えて日本向けに開発した最大200Mビット/秒の宅内用モデム。
図●スペインにおけるPLCサービスの仕組み
スペインでは屋外の電力線は地中に埋まっている。中圧系統(20kV)に変換するトランス部に親モデム(HeadEnd)を設置し,光ファイバを引き込む。建物との間は中継機(Repeater)でつなぎ,建物ごとにHomeGatewayを,PLCを使ったインターネット接続サービスを希望する各戸に子モデムを設置する。HeadEndに接続するHomeGatewayや子モデムの数が増えると速度が低下する。

 海外に目を向けると,スペインやドイツ,米国など複数の国でPLCをインターネット接続に利用する実験や商用サービスを実施中だ。ただし日本とはブロードバンド環境や,送電線の敷設方法が異なっており,こうした事情が実用化の速度に大きく影響している。

 スペインでは電力会社が,屋外の電力線を使ったインターネット接続サービスを提供している。例えば,Endesa社は2001年9月から実験と試験サービスを始め,2003年10月には商用サービスに踏み切った。同社のサービスで使われているモデムの速度は最大45Mビット/秒。住友電気工業と三菱電機のモデムが使われている(写真[拡大表示])。どちらもスペインのPLCチップメーカーであるDS2社のチップを使う。

 チップの理論上の最大速度は45Mビット/秒だが,実効速度は数百kビット/秒程度にとどまる。親モデムからの分岐数に応じて速度が低下するためだ([拡大表示])。同時接続数に応じて速度が可変するベストエフォートのサービスとなる。サービス体系は保証速度(128k,300k,600kビット/秒)ごとに料金が異なり,128kビット/秒で28.4ユーロ(2005年4月時点で1ユーロ=138.89円)。

 日本のブロードバンド環境からみればかなり低速なようだが,スペインにおけるADSLサービスの通信速度は256k~512kビット/秒程度。「日本に比べ通信事業の開放が遅れている欧州において,電話線に対抗できる通信媒体はコストが安い電力線しかなかった。このような国だからこそ,PLCはその他のインターネット接続サービスに対する競争力を持っている」(伊藤忠商事 機械カンパニーユーティリティ・ソリューション部環境・電力通信室の清水伊知郎室長)。

 今後は200Mビット/秒のモデムが主流になるという。「200Mビット/秒のモデムは,分岐数を増やして提供エリアを広げるのが目的。モデムは小型化が進み45Mビット/秒のモデムよりも安く作れるようになった」(住友電気工業)としてユーザーの増加を期待する。