柔軟に組織を変え「サービス」を構築

図3●組織とコンピューティング環境の変遷
組織に合わせてシステムが構築され,構築されたシステムによって組織が変わる。
図4●コンピュータの仮想化
ハードウェアやOSの実体を意識することなく,アプリケーションの使用に専念できる。
図5●グリッドの分類
目的とする仮想化資源によって,大きく四つに分かれる。それぞれの技術の組み合わせによってサービスを構築する。この組み合わせの自由度をどこまで高められるかがグリッド実用化のカギを握る。

 次に社会的側面である。コンセプトとしてのグリッドは社会的あるいはビジネス的なニーズを背景に誕生したと,筆者は考えている。

 メインフレームが主流の時代における業務は,当時の縦割り組織に合致して指揮命令系統が分かれていた(図3[拡大表示])。クライアント・サーバー型のシステムが興隆した時代になると,業務は縦割り組織からプロジェクト型,すなわち指導的なプロデューサーの周りに有能な人を集めて,仕事を分担しながら進めていく手法が当たり前になった。

 今では企業や国の壁を越え,人と人とがネットワーク的に結びつく。個人の能力や知識を最大限に引き出すために,個人や組織同士が連携する。こうして個人や組織,ひいては社会の活力を極大化することが可能となりつつある。しかし活力の極大化には仕掛けが必要になる。ビジネスの様態や個人の嗜好,TPOなどに応じることのできる豊富な情報サービスを構築し,そこからニーズにぴったり合った選択肢を選べるようにする仕掛けが求められることになる。

 この仕掛けこそがグリッドであり,その実現にはコンピュータの柔軟な連携を可能にする「サービスの仮想化」が必要になる(図4[拡大表示])。ここで言うサービスは,計算処理やデータ検索など,コンピュータやインターネットから得られるものすべてを指している。

実現形態は4種類

 コンピュータの歴史から見た必然性と社会的なニーズがあるにもかかわらず,一部の人にはグリッドは科学技術計算の一形態と理解されているかもしれない。それは最初のニーズが科学技術分野にあり,研究者の目の前にあるコンピュータやアプリケーションをどう有効に使うかを考えるのがグリッドの契機となったからである。「このコンピュータとこのコンピュータをつないだら,もっと大きなことができる」というのが科学技術計算の一つの方向だった。

 ただこの方向を目指していたのは,我々だけではない。企業間連携のシステム構築を志す技術者,大規模データベースの構築に挑戦する研究者たちも,同じ志をもっていた。ネットワークが当たり前のコンピューティング環境においては,あらゆる分野の技術者,研究者がコンピュータの連携によってそれぞれの問題を解決しようとしたのである。その結果,仮想化する対象に応じて大きく四つに分類できるさまざまなグリッドが発展してきた(図5[拡大表示])。現時点では,(1)計算グリッド,(2)データグリッド,(3)ビジネス・グリッド,(4)PCグリッドの四つに実現形態は大きく分けられる。そして,(1)~(4)からいくつかを選んで組み合わせたサービスもグリッドとなる。

 (1)は数値演算をサービスとして提供する基盤。特にメモリー容量が重要になる。高速化のためには,すべてのプログラムとデータを物理メモリー上に展開するのが効果的だ。最近ではパソコンやPCサーバーの高性能化によって,16Gバイトや64Gバイトといった大容量メモリーをリーズナブルなコストで積むことができる。そうしたパソコンやPCサーバーでグリッドを構築すると,スーパーコンピュータでも解くのに数カ月かかったような計算が同程度かそれ以下の時間で解けるようになる*1

 (2)は大規模データベースを提供するものである。1カ所のコンピュータやストレージ・システムでは格納や加工が難しい大規模データに対応するデータベースを目指している。

 (3)はビジネスを仮想化して企業間連携を実現する基盤になる。要となる技術は柔軟なプログラム連携を指向するWebサービスである。グリッドを実現するミドルウェアは,Webサービスの実装基盤と重なる部分が多い。グリッドとWebサービスの関係については,次回で詳しく述べる。

 (4)のPCグリッドは,地球外生命体の探索を目的とする「SETI@home 」で有名な形態だ。誰しもが気軽に体験できるグリッドとしてご存じの方も多いだろう。技術的には,サービスを構成するすべてのパソコンに分散処理アプリケーションを配布するだけなので,仮想化と連携という面から見ると(1)~(3)とは性格が異なる。

開発は活発に,標準化は慎重に

 「距離や時間の壁を取り払い資源を有効活用する」。グリッドは,ハードウェア,ソフトウェア,そしてそれらを使う社会が行き着く自然な流れの中で登場した。Grid Computing1の著者の一人である英サザンプトン大学のAnthony Hey教授はこう筆者に話したことがある。「自分の愚かな間違いのひとつは,著書にGrid Computingと名付けたことだ。もはやGridはComputing技術にとどまらず,基本的な物の考え方になってしまっている」と。

 確かにグリッドは,インターネットに続く次世代のインフラとして,活発な開発と慎重な標準化が進められている。次回は,グリッドを実際に使えるコンピューティング環境にするための具体的な活動を見ていくことにする。