インターネット: 通信路の混雑を動的に回避 |
インターネット分野では生物指向を使うことで,障害に強く,柔軟さを維持しながら,伝達遅延の小さなネットワークを構築する研究が盛んだ。研究として大きく二つの方向がある。一つはネットワークの基盤となるルーティング。もう一つは,ネットワークに効率よくストリーミング・データを流すための研究である。
ルーティングに生物指向を取り入れたものとして有名なのが,1998年に提案された「AntNet」(図6[拡大表示])。AntNetは,蟻が分岐路において最短距離を選ぶ原理を取り入れたものである。AntNetを研究する研究者は多く,現在でも,これを改良したアルゴリズムがいくつかの研究機関から発表されている。
蟻は歩いた後にフェロモンを残し,後から来る蟻はこの濃度が濃いほうを選ぶ特性がある。例えば,図6左上のような分岐路がある場合。蟻が左側と右側からそれぞれ2匹ずつやってきたとする。これまで蟻が一度も歩いていない場所にはフェロモンがないために,蟻がどちらかの道を選ぶ確率は2分の1である。このため図では,同じ方向に歩く蟻は別々の経路を選んでいる。図6右上はある時間経過した状態を表している。経路1は長さが短いため,経路1を通った蟻は分岐路を越えているが,経路2の蟻は途中である。もしこの状態で新しい蟻が分岐路にくれば,フェロモンが多くある経路1を高い確率で選ぶ。
AntNetでは,送信元から送信先までエージェントを送ることで,トラフィックの混み具合を検査し,分岐において高速に届く方向に濃いフェロモン(実際には数値)を残す(図6下)。
エージェントにはForwardとBackwardと呼ぶ二つの種類があり,Forwardがネットワークの混み具合を調べる。Backwardが逆の経路をたどりフェロモン濃度のデータを更新していく。実際のパケットがルーティングされる際は,分岐となるルーターがフェロモン濃度から割り出される確率にしたがって送出先を選択する。
ただし,AntNetではリンクが切れたときや,新しいリンクができたときに臨機応変に対応できないという欠点がある。フェロモンの蒸発などの手法が提案されているものの,今のところベストな解決策は見つかっていないようだ。
需要と供給と刺激でキャッシュ
データ送信の効率化に生物指向を取り入れたものとして,大阪大学大学院情報科学研究科が文部科学省21世紀COEプログラム「ネットワーク共生環境を築く情報技術の創出」の一環で開発した「P2Pメディア・ストリーミング機構2」がある(図7[拡大表示])。P2Pでストリーミング・データを送るときに,中継するノードがキャッシュすることでデータ配信の負荷を分散する。このキャッシュ・アルゴリズムに生物的な特徴を取り入れた。
P2Pでデータの検索を行う際は,周囲のマシンに問い合わせ,その周囲のマシンがさらに周囲に問い合わせるフラッディングと呼ばれる手法が使われる。問い合わせを受けたファイルを持っていれば,逆の方向で応答を返す。
P2Pメディア・ストリーミング機構では,この要求と応答を記録し,統計的に需給のバランスを計算する。需要が多いのに,あまり応答がなければ,供給不足と判断して,キャッシュするのだ。
加えて,蟻や蜂などの社会性昆虫での役割分担決定のメカニズムを使って,キャッシュの効率を上げている。社会性昆虫では,よく働く個体とほとんど働かない個体が必ず一定の割合で存在する。一度仕事をこなした個体は,その仕事のトリガーとなる刺激に対してどんどん敏感になるからだ。
P2Pメディア・ストリーミング機構では各ファイルの要求を刺激と考え,過去に要求を何度も受けたことがある場合は,キャッシュしやすくする。需給のバランス,刺激への感度が合わさることで,最近リクエストされたものをキャッシュするLRU(Least Recently Used)アルゴリズムと比較して,息の長いスタンダードなコンテンツをキャッシュする可能性が高まるという。