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 2月4日,NET&COM2005の講演のため東京ビッグサイトに出かけた。2000年以来,今年で連続6回目の講演だ。昨年までは幕張メッセに隣接する幕張プリンスホテルが講演会場だったが,今年から展示会とともにビッグサイトに移転した。上部が逆ピラミッドのような独特な形をした会議棟6階が会場だ。

 12時半に会場でパソコンのセットアップ。すぐ京都の研究会メンバーKさんをSkypeで呼び出した。Kさんには講演中,つなぎっぱなしにしてSkypeのデモに協力してもらった。私のパソコンには1500円のマイク付きヘッドセットを接続しているのだが,机の上に置きっぱなしにしていても,ちゃんと私の声はKさんに聞こえたという。

 午後1時に,2時間半の講演を開始。先月の本コラムで講演の前半の内容をご紹介した。今回は後半のポイントである企業ネットワーク設計における逆転の発想と,素直な設計の大切さについて述べたい。

三つの逆転

 企業ネットワーク設計での逆転の発想とは,「専用線の消滅」「0AB-J番号の消滅」「ブランドの消滅」の3点だ。これまで,企業ネットワークといえば専用線を使うもの,というのが常識だった。トラフィックが多ければ固定料金の専用線が従量制料金の公衆回線より割安なだけでなく,セキュリティ面でも勝っていた。

 しかし,そんな常識は成り立たなくなった。月額固定料金5600円のBフレッツ「ファミリータイプ」で,常時50M~80Mビット/秒の帯域幅が確保できるのに,なぜ1Mビット/秒の広域イーサネットを月5万円で使う必要があるのか。セキュリティはBフレッツでもIPsecを使って確保できる。80M出る5600円のBフレッツと,1Mしか出ない5万円の広域イーサネットとどちらが良いかと言えば,Bフレッツがいいに決まっている。

 金融機関は広域イーサネットを2重化し,A面とB面のキャリアを変えて「キャリア・ダイバーシティ」といったネットワークを構築していることが多い。もったいない話だ。A面広域イーサネット,B面Bフレッツで十分。もっと踏み込めば,メイン回線はBフレッツ,バックアップは専用線という構成も考えられる。帯域幅が広い回線をメインにし,狭い回線をバックアップにするのは常識。とすれば,1Mビット/秒や10Mビット/秒の専用線は50M~80Mビット/秒出るBフレッツに対してメイン回線にはなり得ない。

 金融機関では,基幹システムである勘定系オンラインに高い信頼性が求められる。しかし,勘定系に必要な帯域幅は広くない。今でも9.6kビット/秒程度の回線で済ませている銀行があるくらいだ。とすれば,メインの回線はBフレッツ,バックアップに128kビット/秒程度のIP-VPNや広域イーサネットを使うのがベストな設計だろう。専用線主役の設計から,ブロードバンド回線主体の設計へ発想を転換するだけで,金融機関に限らず,専用線に高いコストをかけている企業のネットワーク・コストは大幅に削減できる。

 ブロードバンドはコンシューマ向けなどという先入観は捨てなければならない。筆者のオフィスではBフレッツのファミリータイプでIPセントレックスを使っている。使い始めて半年以上になるが,回線障害の経験はない。ファミリータイプだから企業が利用してはいけないという規則はない。品質,速度とも企業ユースに耐えられるかどうか客観的に評価し,良いものはどんどん活用すればいいのだ。

 二つ目の逆転は,固定電話用の電話番号である0AB-J番号(03などの市外局番で始まる電話番号)がなくなっていくこと。最近では,1万人を超える社員がいる大企業でも,代表番号にIP電話用の050番号を採用し始めた。0AB-J番号は遅延時間をはじめとする通信品質基準や位置の固定が厳しく規定されているため,コストはかかるし,モバイル端末では利用できない。一方の050番号は通信品質基準がゆるやかで,番号を付与したモバイル端末は東京から大阪に移動しても同じ番号で使える。ネットワーク・コストが削減できるだけでなく利便性も高い。

 これまで企業の代表電話は0AB-J番号が常識だった。筆者も以前は深く考えず,信用第一の企業ではそれが当然と思っていた。しかし,企業の信用は名刺に記された電話番号から生まれるものではない。名刺の番号が050ではいけないという合理的な理由はない。ならば,コストが安く利便性の高い050がいいに決まっている。

 第3の逆転はブランドの消滅だが,ネットワーク機器のブランドは完全に消滅した。筆者が手がけてきた企業を含め,大企業におけるノンブランド製品の実績が増え,品質や性能がブランドに依存しないことを証明した。広域イーサネットだけでなく,IP-VPNもアクセス回線はイーサネット・インタフェースが多くなり,ブロードバンドもインタフェースはイーサネットだ。ネットワークがイーサネット・インタフェースだけで構築できるようになり,ATMやフレームリレーなどの多様なインタフェースを持った高価なルータは不要になった。

 ネットワーク機器がシンプルになったことで,新興のネットワーク機器メーカーでも品質・性能に優れたレイヤー3スイッチやブロードバンド・ルーターを作れるようになった。ブランドにこだわり続けた大手金融機関でさえノンブランド機器だけでネットワーク構築をするようになったのは,10年前なら考えられないことだ。

素直であることの大切さ

 企業ネットワークを取り巻く技術や通信サービスは,これからもどんどん進化する。これまで述べた三つの逆転はその端緒にすぎない。設計者にとってこれからの変化を的確にとらえ,それを実利のあるものとして設計に反映するには何が必要だろうか。筆者は素直さだと思う。

 自分が蓄積してきた技術知識や経験に縛られず,良いものを良いと素直に認め,取り込めることが大切だ。特に重要なのは素人のアイデアに耳を傾けることだ。自分はネットワークの仕事に10年携わり,高度なベンダー資格を持ったネットワークのプロだ,などという高いプライドを持っている人ほど素人のアイデアを軽視しがちだ。

 変化が激しい現在では,先入観のないアマチュアのほうがプロより新鮮な目で変化をとらえ,良いアイデアを出せることがある。そんなときは,「それは良いアイデアですね。技術的に検討してみましょう」と言えばいい。技術的に不安な部分や未検討の部分を並べたてて素人の意見を否定するのは簡単だ。しかし,それではユーザーにとっていい設計はできないし,場合によっては信頼を損なうこともある。

 筆者はつねづね,自分にとって最高の先生はユーザーだと思っている。ユーザーとの会話のなかで,ハッとするアイデアに出会うと嬉しくなる。素直な心を持ち,ハッと気づく感受性があることが設計者には欠かせない。

研究会onSkypeを開催

 話は変わる。2月19日土曜日に「情報化研究会onSkype」を開催した。Skypeのチャット会議を使った研究会だ。東京,名古屋,京都など各地の研究会メンバー21人が参加した。テーマは「Skypeの可能性と疑問」。あらかじめ参加メンバーにSkypeについてのコメントをもらい,まとめたものを題材としてメールしておいた。チャット会議をこんな多人数でするのは初めてで,うまくいくのかと心配したが,次々と発言(書き込み)してくれて退屈しなかったし,モデレータとしての苦労もなかった。

 企業でSkypeを使う上での課題は情報漏洩やウイルス感染をいかに防ぐか,という意見が当然とはいえ多かった。企業には「ピア・ツー・ピア」や「チャット」に対して仕事には適さない怪しいものという先入観があることも知った。音声通話は認めるがチャットは禁止にしている企業もあった。しかし,技術的にチャットだけを止める機能はなく紳士協定だという。

 チャット会議のログ(つまり議事録)はSkypeで簡単に取れる。今回は500行あまりの量になった。全員に配布。議事録もチャット会議の成果だが,Skypeに関心がある人,つまりネットワークに関心があって勉強熱心な人が21人,コンタクトリスト(Skypeのプレゼンス・リスト)に登録されたことが大きな成果だ。いつでも音声会議やチャット会議で情報交換できるコラボレーション仲間ができたということだ。Skype研究に加速度がつくだろう。

 チャット会議の最後に京都のTさんから挨拶が入った。「京都で!」と。毎年4月に開催する京都研究会で会いましょうという意味だ。京都の春がまたやって来る。

(松田 次博)

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