図1●曲がるデバイスの主な用途
多結晶シリコンTFTやアモルファス・シリコンTFT,有機トランジスタといった曲げられる素子は,動作周波数が100MHz以下と低速である半面,A4(210mm×297mm)超の大面積に多数のトランジスタを安価に作り込める。ちなみに現状の,高速動作が可能な単結晶シリコンを使ったトランジスタは円盤状のシリコン基板(ウェーハ)の面積が上限となる。現在主流のウェーハの直径は200mm前後で300mmウェーハに移行中。千葉大学のデータを基に作成。
図2●有機トランジスタの電子移動度と動作周波数
有機トランジスタは,液晶や有機ELディスプレイのスイッチング素子として使われるアモルファス・シリコンに匹敵する動作周波数に到達しつつある。ただ現時点で発見されている有機材料を使う限り,多結晶シリコンの電子移動度を超えるのは困難とされている。
 シート状のディスプレイ,スキャナ,そしてプロセッサ。2000年以降,曲がるデバイスの発表が相次いでいる(図1[拡大表示])。筆記具の中に巻き取れるディスプレイや薄く軽いシート型コンピュータ。これまでコンピュータにとって「使えない」デッドスペースに過ぎなかった曲面が、「使える」スペースに変わる。コンピュータやその入出力機器があらゆる場所に存在する。いわゆるユビキタス・コンピューティングを支えるのが曲がるデバイスの役割だ。

 実はこれらの技術開発は,「曲げる」ことだけが目的ではない。その最終目標は,「大面積エレクトロニクス」の実現にある。大面積エレクトロニクスとは,既存の技術では作れないような,大面積のデバイスを安価に作る技術を指す。その第一歩が,同じ技術を使っている曲がるデバイスの開発にあるという訳だ。

 現在主流のシリコン半導体は,直径20~30cmのシリコン基板(ウェーハ)から多数のダイ*1を切り出す。配線や回路を微細化することで,1枚のウェーハから取れるダイの数を増やして1チップ当たりの価格を下げてきた。微細化すれば電子の移動する距離が短くなるので,動作周波数を上げられる。つまり,性能を上げつつコストを下げてきた。

 ところが大面積エレクトニクスの実現に,シリコン半導体は向かない。仮にシリコン半導体でウェーハを丸ごと使ったデバイスを作ろうとすると,100万円超の価格になる。シリコン半導体の製造プロセスは,回路パターンを逆転写する「フォトマスク」に光を当て,回路を焼き付ける「フォト・リソグラフィ」という高コストの工程が必要になるからだ。

 一般に回路を構成しているトランジスタを結ぶ配線は,複数層で形成する。フォト・リソグラフィは層ごとにフォトマスクが必要になる。回路を変更すると,層の数だけフォトマスクを作り直さなくてはならない。フォトマスクの作成とフォトマスクごとの焼き付けがシリコン半導体の高コストの主な要因となっている。

 そこで大面積エレクトロニクス構想では,大面積の基板上に印刷技術によって安価に回路を作り込む。シリコン基板ではなく,ポリイミドやポリエステルといったプラスチックで作成した「フレキシブル基板」に,印刷技術によって薄いトランジスタを作成する。これならウェーハの上限を超える大面積に回路を作り込める。現在メーカーや大学が取り組んでいるのは,大規模な回路を形成するために欠かせない「フレキシブル基板の多層配線化」と,「曲がるトランジスタ」の実用化*2。多層配線は,印刷技術で多層化する技術の開発が進んでいる。曲がるトランジスタは「有機トランジスタ」が鍵を握る。有機物を半導体とした有機トランジスタの実用化が現実味を帯びたのは,米ペンシルバニア大学のThomas N. Jackson教授がペンタセンと呼ぶ有機半導体を1996年に発見したことに端を発する。現在は1M~10MHzの周波数での動作が可能になりつつある(図2[拡大表示])。

 配線の多層化と有機トランジスタを使ったデバイスは,早ければ2007年に実用化に入る予定だ。