図1●新規開発のソースコードの規模と設計品質上の問題の相関
10万行以上の新規開発の組み込みソフトでは,90%以上の確率で設計品質上の問題が生じるという製品が10%を超える。出典:経済産業省,『2004年版組込みソフトウェア産業実態調査』,2004年
図2●新開発のソースコードの規模と手戻りの相関
10万行以上の新規開発の組み込みソフトでは,手戻りがほぼ確実に(90%以上の確率で)発生するという製品が約15%に達する。出典:経済産業省,『2004年版組込みソフトウェア産業実態調査』,2004年
図3●ソフトウェア組み込み分野における産業政策で重要と考えるもの
重要度の高いものから1,2,3として回答してもらった。「研究・開発を支援・促進し,技術標準化の推進」と「企業での技術者教育を支援・補助する」への期待が際立って高い。出典:経済産業省,『2004年版組込みソフトウェア産業実態調査』,2004年
 過去2回,組み込みソフトウェアの概要と品質について述べた。組み込み機器に搭載するソフトウェアの爆発的な規模増大と品質を維持することの難しさがお分かりになったことと思う。

 もちろん,品質の維持が難しいからといって,手をこまねいている訳にはいかない。世界規模の大競争時代に突入している携帯電話やデジタル家電,自動車といった領域で立ちすくむことは,競争からの脱落を意味するからである。当然,企業あるいは業界ぐるみで,対応策を打ち始めている。

業界あるいは企業全体でソフト部品化

 図1[拡大表示]は新規に開発するソースコードの行数と製品出荷後に発見された設計品質上の問題との相関を示したものである。開発量が大きくなるほど,設計品質における問題が発生することを裏づけている。図2[拡大表示]は,製品出荷前の開発工程で手戻りが起こっている状況である。これも,図1と同様の傾向を示す。製品出荷後の設計品質の問題はもちろんだが,開発における手戻りの発生もコストを押し上げる大きな要因となる。同時に,納期遅れ(出荷時期の遅延)といったビジネス上の大きなトラブルを引き起こす。

 図1や図2の傾向が存在することは,これまでも経験的あるいは直感的に認識されてきた。しかし,定量的なデータで裏づけられると,組み込みソフトウェア開発現場で起こっている事態の深刻さを改めて思い知らされる。

 昔から,「バグを作らない最善の方法は新しいプログラムを作らないこと」と言われている。動作の保証されたソフトウェア部品を組み合わせて所望の機能・性能を実現できれば,作る工数,テストする工数を削減できるし,安定した品質の製品になる可能性が高くなる。この仕組みがうまく機能すれば,ソフトウェア規模の拡大への対応と高品質の両立という,現在の要求への解になり得る。

 ソフトウェアの部品化と書くと,「そんなことは既にやっている」と,おしかりの声が聞こえてきそうだ。確かに個人レベルあるいは開発現場レベルでは,再利用を考慮した設計への努力や工夫は,今までもなされてきた。しかし,まったく新しい製品の開発時や組織横断的な活用には対応できていないというのが,現状の姿だろう。

情報家電向けに統合プラットフォーム

 こうしたなか,企業全体あるいは業界全体を巻き込んだ広範囲な開発標準化(ソフトウェアの部品化)への取り組みが国内で始まっている。ここでは松下電器産業と自動車産業の取り組みを例として紹介したい。

 松下電器産業は2004年9月に,「UniPhier(ユニフィエ)」というデジタル家電向けの統合プラットフォームを開発したことを明らかにした。

 UniPhierは,ハードウェア・プラットフォームとソフトウェア・プラットフォームで構成する。前者のルートウェア・プラットフォームは,携帯電話,車載AV機器,家庭/パーソナルAV機器向けハードウェアの基盤となる。ここでいうハードウェアには,マイクロプロセッサ,デジタル信号プロセッサ(DSP)などを含んでいる。具体的には,携帯電話系,車載AV機器系,家庭/パーソナルAV機器系のシステムLSIを用意。これまで製品ごとに開発していたハードウェアを,大きく3系統に集約する。

 後者のソフトウェア・プラットフォームには,OS,ミドルウェア,デバイス・ドライバなどが含まれる。これらのソフトウェアの統合プラットフォームを用意することで,デジタル家電のソフトウェア・アーキテクチャとインタフェースの共通化を図る。共通化によってソフトウェア資産の再利用を促し,生産性と品質を高めていくというのが狙いである。

 ソフトウェアの開発効率は,UniPhier導入によって従来比で5倍になると,松下電器は見積もっている。ちなみにUniPhierにおける「統合化」の取り組みには,並外れた投資が必要だった。「3年では回収できない」規模とも言われている。逆に言えば,ここまでの投資を決断するほど,松下電器は組み込みシステムの開発生産性に危機感を抱いていたと見ることもできる。

 なお松下電器は,UniPhierの外販も視野に入れている。標準化そのものが商品になり得るという事実は,組み込み業界にとって今後,大きな意味をもつことになりそうだ。

自動車業界はJASPARで標準化

 時を同じくして自動車業界でも,標準化への取り組みが発表された。トヨタ自動車と日産自動車が中心となって,業界団体のJASPAR(ジャスパー)を設立したのである。10月にはホンダが参加を表明したこともあり,標準化は国内の自動車業界を挙げての取り組みの様相を呈している。

 JASPARの目的は,(1)車載基盤ソフトウェアの仕様および評価方法の標準化,(2)社内ネットワーク仕様の共通化,(3)車載ソフトウェアの部品化と共通化を目指す業界団体AUTOSAR,次世代車載ネットワーク仕様FlexRayといったグローバルな標準化活動への技術的貢献である。車載LANワーキンググループや標準化ワーキンググループなど七つの作業部会を設け活動を行っている。

 JASPARは,標準化の対象を「非競争領域」としている。つまり,差異化を図る必要のない領域は共通化しても何の不都合もないし,ソフトウェアの開発効率や品質向上の観点から見れば,むしろ好都合。もはや,個々の企業で組み込むソフトウェアを一から開発する時代ではないということである。

 こうした標準化の動きは,デジタル家電や自動車の業界にとどまらない。組み込みシステムにかかわる産業全般に広がっている。図3[拡大表示]は,経済産業省が行った2004年版組込みソフトウェア産業実態調査の結果だが,最も重要となる今後の産業政策として「研究・開発を支援・促進し,技術標準化の推進」が挙がる。本来競合関係にある企業同士は,標準化の土俵に乗りづらい面がある。国や筆者の所属するソフトウェア・エンジアリング・センター(SEC)といった機関の果たす役割は大きいと考えている。SECの進めている標準化については,稿を改めて述べたいと思う。

(室 修治=情報処理推進機構 ソフトウェア・エンジアリング・センター)