図1●センサー・ネットワーク
広域と狭域の二つがある。前者は米国,後者は日本や欧州で研究が盛んである。
図2●センサー・ネットワークの拡大
小さなセンサー・ネットワークがゲートウェイを介して結び付けば,遠隔地の状態をセンサーで知り,アクチュエータを使って環境に働きかけられるようになる。
写真●センサーで人の行動を解析する実験
東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻佐藤知正教授のグループが研究している。ユーザーの欲求をセンサーのデータから解析するのが目的である。
 センサー・ネットワーク──。数年前に登場したこの言葉に,未来のコンピューティング形態が隠れている。

 一見複数のセンサーが連動したシステムにすぎないようだが,実際は違う。無数の多様なセンサーをあらゆる場所に設置して,環境やヒトの動向をリアルタイムに取得する。その情報を基に,これまでとは一線を画したきめ細かなサービスを提供する。だから大量のセンサー同士がつながり,互いに連携しなければならない。ヒトの動きやモノの流れに応じて,動的につながり方が変わる。それがセンサー・ネットワークだ。

使い道は狭域と広域の二つ

 センサー・ネットワークには,大きく二つのアプローチがある(図1[拡大表示])。一つは,森や砂漠,都市,海など広いエリアを覆うようにセンサーノードを設置する「広域」のセンサー・ネットワーク。もう一つは部屋やビルなど狭い範囲にセンサー/アクチュエータ・ノードを配置する「狭域」のセンサー・ネットワークである。

 前者は万単位のセンサーノードをつなぐことを想定している。基本的に使われるセンサーノードは1種類。特に米国において軍事や環境監視目的での研究が進んでいる。

 後者はネットワークに参加するセンサーノードの数が,数十から数百と少ないが,利用されるセンサーノードの種類は多い。人の行動をモニタリングし,人にとって快適なサービスを提供することに主眼がおかれる。一般にコンテクスト・アウェアネスと呼ばれる研究分野である。日本や欧州で研究が盛んなのは,こちらのセンサー・ネットワークだ。

柔軟でオープンが合言葉

 数十~数百程度のセンサーを束ねたシステムはこれまでにもあった。例えば,ビルの空調システムや工場の制御システムである。ただし,こういったセンサー・システムは柔軟性に欠ける。それ以外の用途に転用できるものではない。回線の敷設や電源の確保に手間がかかるし,通信手順も独自なので新たな機器を追加するのも難しい。

 センサー・ネットワークが目指しているのは,もっと柔軟でオープンなシステムである。回線の敷設や電源の確保などの作業に煩わされることなく好きな場所にセンサーノードを設置でき,すぐに周りのセンサーノードとつながる。しかも,ネットワークに散らばるセンサーノードを必要に応じて動的に組み合わせて利用できる。さらにその先には,こうした数十~数百のセンサー・ネットワークがつながりあい,巨大なネットワークへ発展することも考えられる(図2[拡大表示])。

センサーネットが不便を減らす

 センサー・ネットワークが普及した世界。それはさながらSF映画のようだ。

 例えば,家中にセンサーが張り巡らされていれば,人間の行動に先回りしてあらゆるものを準備してくれる。優しいお母さんのようなシステムだ。「朝,住人が起きそうになったらコーヒーを入れる」「出かける際,携帯電話を忘れそうになったら指摘する」「帰宅時,最寄の駅に着いたことを検知すれば,風呂を沸かし始める」といった具合である(写真[拡大表示])。

 また,街中にセンサー・ネットワークを張り巡せれば,行き先を指定すると空いている道を選んで走る無人タクシーが実現できる。支払い行為は不要で,料金は利用者の口座から自動的に引き落とされる。よく通う居酒屋に行けば別に頼まなくても「いつもの」メニューが出てくる。

 山奥での遭難救助でもセンサー・ネットワークは役立つ。ヘリコプターなどで遭難したと思われる付近にセンサーをバラまき,人がいないかを探索する。

普及に立ちはだかる三つの壁

 とはいえ,こういった世界はまだ絵空事に過ぎない。そこまでに克服すべき課題は多い。

 第1の課題は,大量に配布できるセンサーノードを作ること。場所を選ばず設置するには,無線でつながることが望ましい。また,大量である以上,いちいち個々のノードを保守していては成り立たない。大型のセンサーも考え難い。設置場所が限定されるし,数が多くなれば本来あるべきものを隠してしまう。長寿命,できれば永遠に動いてほしい。

 次の課題はセンサー同士が動的に連携すること。まずノードは,設置すれば周囲のノードとネットワークを構成しなければならない。さらに,大量のセンサーから状況に応じて必要なものを選び出して結び付ける。いちいち人手で指定するのではなく,自動化するのが望ましい。

 そして,恐らく一番重要な課題がセキュリティの確保だろう。センサー・ネットワークはその性質上,利便性と引き換えにある程度プライバシーを侵害する存在である。さらに,センサーで得られる情報が不正に利用されるとかなり危険だ。このため通信を暗号化して,流れるデータを盗聴から守る。ところが,センサーノードのプロセッサは複雑な暗号を処理するには非力な上に,鍵を管理しきれないほど大量に設置される可能性がある。こういった要求を満足する仕組みが必要になる。またセンサーノード自体は「その辺にあるもの」なので,物理的な攻撃に耐えるものでなければならない。

中道 理