新たな入力方式は採用されにくい

図6●携帯電話の文字入力方式
マルチタップ方式が最も一般的だが,ポケベル形式も根強い支持がある。一つ目のキーで行(子音)を,二つ目のキーで段(母音)を指定する。これに対してT9では,1文字を1回のキー打鍵で入力できる。2004年には,漢字を候補として表示するT9ダイレクトも登場した。
画面3●T9ダイレクト
T9ダイレクト搭載の,NEC製のムーバN506iで「1」「9」と入力したところ。ア行とラ行の組み合わせで考えられる漢字の候補が画面の下部に並んでいる。

 一方,携帯電話の文字入力方式そのものの改善も続いている。初期の携帯電話から採り入れられてきた「マルチタップ方式」または「ポケベル方式」よりもキーの打鍵数を減らし,入力効率を高める提案はいくつもあった(図6[拡大表示])。

 しかし,いまだに主流はマルチタップ方式である。その大きな理由は,ユーザーにとって分かりやすいこと。効率的な文字入力方式が新たに提案されたとしても,それがこれまでに慣れている方法と異なるとユーザーは違和感を覚え,分かりにくいと感じる。マルチタップ方式が普及したあとでは,新たな入力方式を安易に導入できない。

 メーカーも,マルチタップ方式が効率的でないことは認識している。「入力方式に改良の余地があることは確か。新たな方式の研究開発も進んでいるが,採用に踏み切るのには勇気が要る。新しい方式を導入して本当に使われるのか,予測がつかない」(東芝の今村氏)。

1打鍵で1文字を打ち込む

 そんな中で唯一健闘しているのが「T9」である。米America Online社の子会社である米Tegic Communications社が開発したもので,主にNEC製の端末が採用している。入力効率のみならず,ユーザーに分かりやすく使ってもらうための工夫が盛り込まれてきた。

 まず,入力効率の向上。T9は,キー打鍵数を減らすため「シングルタップ方式」を採用する。入力したい文字が割り当てられているキーを,1回だけ押せばよい。割り当てられている複数の文字のうちどれを入力したいのか,T9のエンジンが予想してユーザーに提示する。

 ここで,ユーザーが入力したい語が候補になければ意味がない。日本語は「40を超える対応言語の中でも,最も候補の絞り込みが難しい。単語間にスペースがないのでどの単位で入力されるか予想しにくい」(America Onlineで日本担当のGeneral Managerを務める戸野龍氏)。そこで辞書の整備がポイントとなる。「日本語のコーパスを大量に用意して,単語の頻度を解析している。さらに人手による調整も加えている」(AOLモバイルの松尾大樹氏)。

分かりやすさを最優先

 いくら入力効率が良くても,マルチタップ方式に慣れた日本人には,T9はなじみにくい。そこでNECは,2002年に発売された最初のT9搭載端末「ムーバ N504i」に,ユーザーがキーを押した結果,ひらがな文字列の候補を表示する方式を採った。ユーザーはひらがなの中から入力したい文字を選び,変換する。そんな手間をかけなくても,最初から漢字混じりの候補を提示してもよいが,候補に漢字文字列が表示されると,自分が打ったキーとどのように対応しているか分かりづらい。「初めてT9に触れるユーザーの中には,同音異義語が並んでいるのかと勘違いする人もいる」(NECモバイルターミナルソフトウェア事業部の松川裕雄氏)。

 ひらがなを表示する方式にすれば,自分が打ったキーがそれぞれのひらがなに対応していると理解しやすい。ただT9も初搭載から2年以上が過ぎ,「使い方がユーザーに浸透してきた」(NECモバイルターミナルソフトウェア事業部の木曽宏顕主任)。2004年4月に発売された「ムーバ N506i」で初めて,漢字文字列を候補として表示する「T9ダイレクト」と呼ぶ機能を搭載した(画面3)。